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§2 贄と誓い
ふたりの真剣な眼差しが突き刺さる。
アド兄に注意されたのが耳に入らないほど、俺は驚いた。
まさか、ゼフィロス王国への援軍要請が受諾されるなんて……!
どれほどの援軍が来てくれるのかは定かではないが、ゼフィロス王国兵は大半が獣人で構成され、戦にめっぽう強いと評判だ。
だが気になるのは……。
「……見返りは?」
「……もちろんタダというわけにはいかない」
当然だ。援軍を出すだけの利益がある、そう見込んだからこその決定だろう。交渉の場は、戦場と別の意味の冷酷さをもつ。
そしてどうやら、その条件は俺に関係があるらしい。
ギル兄の眉間に深い皺が寄る。まるで、苦い薬を飲み込むような表情だ。
「援軍の条件は、一番腕っぷしの強い王子を……ゼフィロス国王の伴侶として嫁がせることだ」
しばし部屋の中が沈黙で満たされる。室内に響くのは、俺自身の浅い呼吸の音だけだった。
予想だにしない条件内容だったので、俺はギル兄の言葉を噛み砕くのに時間がかかった。「伴侶として」「嫁がせる」という言葉が、石のように重く胸に落ちてきた。
「……と、いうことは?」
「……額面通り受け取るならば、お前に行ってもらうことになる」
「あぁ~! ギル兄とアド兄じゃなくてよかった……!」
俺が城に呼ばれた理由とギル兄がいつになく険しい顔をしている理由が分かり、全身の緊張が一気に緩み、膝の力が抜けてその場にしゃがみ込む。
内容に驚きはしたが、二人の兄や他の誰かが条件になるよりずっと良い。これ以上、兄たちに重荷を背負わせたくはない。まして、この国の誰かの人生を犠牲にするくらいなら。
俺の答えは、すぐに決まった。
「俺はゼフィロス王国の望むように動く。すぐ返事を出してくれ」
「……いいんだな?」
ギル兄とアド兄は一見冷めているようだが弟思いの兄貴たちなのだ。二人が俺のことを心配して神妙な顔つきになっているのを見られただけで十分嬉しい。
「全く問題ない。寧ろそれで強力な援軍を得られるのならおつりがくるさ! 早く返事を出そう!」
「……お前を誇りに思う」
「私たちが唯一無二の兄弟であることに変わりはない。どんな時でもどこにいたとしても、お前の味方だよ」
「ありがとう、二人とも」
ギル兄は俺に重荷を背負わせてしまうと思っていて、アド兄は俺の身を案じてくれている。
けれど俺自身は、やっと役に立てる時が来たのだと喜びさえ感じている。
これまでずっと二人に頼ってばかりだったから。第三王子として、剣を振るうこと以上に、国のためにできることが見つかった。
「実は先方の使者がお待ちだ。このままお通しするぞ」
「え!? 俺、こんな泥んこだけど、いいの?」
「構わん。それにその使者殿はお前と面識があるらしい」
「本当に?」
「ああ、そう言っていた。……お呼びしてくれ!」
ギル兄は部屋の外で待機していた係に合図を出して、ゼフィロス王国の使者を部屋へ通すように言う。
俺は記憶を辿るが、この国にも多くの獣人が住んでいるので見当がつかない。
部屋に入って来たのは黒豹獣人の女性だった。
「……ああっ!」
「お久しぶりでございます、ライゼル様。私はミレイ・ソノラと申します。いつぞやは命を助けていただき、誠にありがとうございました」
「思い出しました~! 良かったです、お元気そうで!」
にっこりと綺麗な瞳を輝かせて笑ってくれる。
思い出したのなら説明しなさい、という視線を向けてくる兄二人に記憶を辿って話す。
数ヶ月前、秋の終わりで、冬の足音が近づいてくる頃だった。吐く息が白くなってきて肌を刺す寒さが迫っていた。
そんな時、ゼフィロス王国とスフェーン王国の国境付近で農家の手伝いをしていたら、少し離れた森の中から悲鳴が聞こえてきた。
慌ててその場に駆けつけると、荷馬車が盗賊に襲われているようだったので対処したのだった。
「大丈夫ですか!?」
「ええ……助けていただきありがとうございます……っ!」
「怪我をされたのですか? 見せてください」
供をしている者たちが安否を気にしていた女性は脚を浅く切り付けられたようで、血が流れていた。
俺は女性の脚の傷を治癒魔法で塞ぎ、他の者たちの治療も行った。
「ライゼル様ー!!」
「ブラス! こっちこっち~」
「困りますぜぇ、護衛を放っていかれちゃあ!」
「はは、ごめんごめん」
「してそちらの者たちは……」
「ああ、盗賊に狙われていてな。そこにまとめている奴らだ。ちょうど良い! ブラスが連れて行ってくれ」
「はあー、またウチの隊長はすぐ面倒ごとに首突っ込むんだから……しかし良いんで? 被害に遭ったのはゼフィロス王国の方々では?」
ブラスは熱血漢に見えて意外と冷静だ。俺よりもずっと。指摘され、慌ててゼフィロス王国の方々に向き直る。
「そうだった……! すみません、そちらのご意向も聞かずに! どうでしょう、ゼフィロス王国で裁きたければ国境まで奴らをお届けしますが」
「いえ、彼らはお任せいたします」
「分かりました!」
「……ところで、もしや第三王子のライゼル様……でいらっしゃいますか?」
「ええ、そうですが」
「……荷改めをなさいますか?」
ローブを纏っている黒豹獣人の女性が恐る恐る聞いてくる。俺の顔と名前で出自が分かるということは国の関係者か勤め人なのかもしれないなぁ、などと悠長に考える。
「荷改め? 必要ありませんよ?」
「! 真ですか」
「特にそういった法や取り決めはなかったはずですし、ゼフィロス王国とうちを行き来してくださる方には感謝しているんですよ。ゼフィロス王国の特産品や工芸品、武器などは本当に素晴らしいものが多くて!」
「旦那~、また余計な話してまっせ」
「あ、すみません。……と言いますか、国境周辺の警備が行き届いておらず、お詫びをするのは私の方です。申し訳ない」
「そんなっ……頭をお上げください!」
黒豹獣人さんが慌ててローブのフードを取る。気を使って顔を見せてくれたのだろう。所作に品がある。
「ゼフィロス王国が外交を避けているので、国境付近に騎士団の方がなかなか近づけないのは当然のことでございます。ご迷惑をおかけしているのは私共の方なのです」
「ゼフィロス王国にも事情があってのことだと思いますので良いのですよ。……あ、そうだ! 国境の兵の目が届くところあたりまでご一緒しても? 最近出会ったゼフィロスの特産品の素晴らしさを道中で語らせていただきたいのです!」
「え、ええ……私共は問題ありませんが……」
「ありがとうございます! というわけで、ブラス! そいつらはよろしく!」
「はあ~全く、仕方ない旦那だ。せめてティラが来るまで待っててくだせえよ」
そうして俺はその一団がゼフィロス王国近くまで無事にたどり着いたところで別れたのだった。
「すみませんその節は、無理やり国境近くまで同行してしまって……」
「とんでもないことでございます。ライゼル様は命の恩人ですし、ゼフィロス王国の特産品も評価してくださりありがたく存じます」
話を聞いている兄たちは「なるほど合点がいった」という顔で流れを見守っていた。
「二人の出会いについては分かった。それでは詳しい援軍と交換条件についてお話を」
「……お返事はお決まりになりましたでしょうか」
「……ライゼル」
「はい。ソノラさん……私は条件を全面的に受け入れます。どうか……ゼフィロス王国のお力をお貸しください」
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