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§7 王のまなざし
日が高く昇った頃に決着がついた。
ゼフィロス王が敵将を捕え捕虜とすることに成功した。ノグタム王国軍は一斉に撤退を始め、残ったのは散っていった兵と動けぬ兵のみ。敵意がなく降参した者には最低限の治療を施しこちらも捕虜とすることになった。
騎士団長のドノヴァンの指揮の下、皆よく動いてくれたおかげで戦場の片付けも順調に進んでいる。
戦いの激しい喧騒が嘘のように消え、辺りには土埃と血、そして勝利の熱気の混じった匂いが漂っている。緊張の糸が切れた代わりに、深い疲労が押し寄せてきた。
俺はアリュールと合流し、怪我で動けない者の治療をして回っていた。
失った手足を生やすことはできないが、離れた先の手足があればくっつけてやることくらいはできる。
皆それを知っているので、あちらこちらで「おーい、この腕お前のだろ」「こっちに俺の足無かったか?」などという呑気な声が上がっている。
その陽気な会話が、戦いの終結を実感させ、俺の心をじんわりと温める。
動けずにいる者達の治療はあらかた終え、後は腕や手を持ってくる者たちを待つのみになったのでアリュールに約束の人参を差し出している。
「どうだ、上手いか」
「ブルルッ」
「お前の好きな人参だからと、農家のおじさんたちがわざわざ城の厩舎に持ってきてくれるんだぞ。感謝しなくちゃな」
聞いているのかいないのか、機嫌よさそうに人参を咀嚼する顔が可愛い。
俺はもう一本人参を取ろうと足元の籠に手を伸ばした。が、しかし、視界がぐらりと歪んだ。耳鳴りがして、地面が揺れている。
流石に魔力が減ってきたのもあるが、精神的な疲労から解放されたのが大きいだろう。まあ倒れてもアリュールが誰かを呼んでくれるだろう、とそのまま重力に身を任せた。
「王子!!」
「……ん……?」
「大丈夫ですか!?」
「ぜ、ふぃろす……王?」
予想していた衝撃は訪れず、代わりに温かくふわふわとした何かに抱き止められた。
それがゼフィロス王の腕だと気付いたのは数秒後。頬に触れる場所が彼の厚い胸板だということを理解し、一気に顔が熱くなる。
「……あ、すみませんッ」
反射的に離れようと身体に力を込めるが、脚はぐらつき、全身の筋肉が意志に反して震えた。
「無理に動かないでください。どこか怪我を?」
「いえ、ただの魔力不足です。ちょっと草木や土から分けてもらえばすぐに戻ります……」
力の入らない舌を回して説明したが、得心いってない様子のゼフィロス王。
俺はゼフィロス王に抱き上げられるという情けない格好のまま、草木と土の魔力を少し分けてもらった。スフェーン王国の王族は自然に愛される者が多く、自然が持っている魔力を己の魔力にすることができる。
また、治癒魔法や草木を育てる魔法が得意な者も多く、王族は大なり小なりその能力を使うことができる。
「これは……」
「……お見苦しいところを、すみません、ゼフィロス王。まだしっかりとお礼も言えていませんでしたね。……此度の援軍、誠にありがとうございました。また、戦場では何度も命を救っていただいたこと、恐れ入ります」
この距離で彼の整った顔を見上げるのは、心臓に悪い。早く立たせてほしいと願う反面、もう少しだけこの温もりの中にいたいという身勝手な欲望が芽生える。
「約束は違えぬ。私も貴殿と共に戦えたこと、嬉しく思う」
「ありがとうございます」
「ひとつ、頼み事をしても?」
「ええ、何なりと」
「……名前で呼んでくれないだろうか」
言いにくそうに喉の奥から絞り出された言葉は意外なものだった。
……名前? 名前、ということはゼフィロス王の名前ということか。俺も俺でようやく酸素が行き届き始めた脳みそで必死に考える。
「……グレン、フローライト様……?」
「グレンでいい」
彼の空色の瞳が、期待と少しの焦燥を帯びて、俺を見つめ返している。
「……まずは、グレン様とお呼びすることをお許しください」
「ふむ……分かった」
予想の斜め上をいく頼み事だった。ゼフィロス王……グレン様は満足そうな顔をすると、ようやく俺を離して立たせてくれた。
俺もそれなりに鍛えているし防具もつけているので相当重いはずなのだが、子供を抱き上げるように軽く持ち上げられてしまって驚いた。
「それでは城へ挨拶に参ろう」
「ご足労おかけいたします」
「王子のお兄様たちに会うのも楽しみだ」
兄たちはあまり来客を楽しませられるような性格ではないが大丈夫だろうか。
ギル兄とアド兄ならなんとか上手くやるだろう、と俺は疲れた頭で難しいことを考えるのは諦めることにした。
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