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§9 影に咲く覚悟

「ゼフィロス王、この度のご尽力、国王に代わり厚く御礼申し上げます」 「こちらこそ、これまでの非礼をお詫びさせてもらいたい。また、ゼフィロスの民がスフェーン王国で何不自由なく生活ができていることにも大変ありがたく思っております」  ギル兄とグレン様は固く握手を交わし、謁見の間の雰囲気は熱気に溢れる。大きな窓からは午後の光が差し込み、二人の姿を照らしている。互いの国益と未来に向けた、熱い意志が伝わる握手だった。  スフェーン王国はゼフィロス王国に大きな借りができたわけだが、今後双方の物や人の行き来が活発になれば民たちにとってより住みやすい国にすることができるだろう。  そういった意味ではお互いに利があるのでお祝いのような雰囲気になっている。 「ささやかではございますが宴の席を用意しましたので、ぜひお寛ぎください。御付きの皆様もどうぞご一緒に」 「それではお言葉に甘えて」  ゼフィロス王国からは兵だけでなく文官の方もお越しになっていたようで、スフェーンの家臣たちと早速歓談を始めている。    グレン様とミレイさんとゼフィロス王国の騎士団長はこれから兄さんたちと会合があるので別室で食事をすることになっている。  部屋は謁見の間よりもずっと小さく、暖炉の火が静かに燃えている。  別室に案内して人払いをすると、ギル兄が口火を切る。   「人払いは済ませました。どうぞ肩の力を抜いてお食事いただければと思います」 「ありがたくいただこう」  こちらも和やかな雰囲気で食事が始まった。ミレイさんは私の隣の席にいて、スフェーンの料理に感激しながら味わってくれている。 「なんて瑞々しいお野菜なんでしょう……! とっても美味しいです」 「お口に合ったようで良かったです。その野菜は私も種植えをしたんですよ」 「ライゼル王子自らですか!」 「ライゼルは一族の中でも特に自然に愛されていて、植物を育てるのが得意なのですよ」  他にも、毎日のように鍛錬を欠かさず、騎士団に混ざっても遅れを取らない強さを持っていて剣の腕では兄弟の中でもずば抜けているのですよ……などと、アド兄がミレイさんに語りまくるので「どうかそのへんで」と止めに入った。 「ライゼル王子はお兄様たちにも民の皆様にも愛されていらっしゃるのですね……」 「えぇ……ゼフィロス王国でもそのように過ごせるのが私たちの願いです」  アド兄の真剣な声色で部屋が一瞬で静かになる。場の雰囲気が、一気に親善から「大切な弟の行く末を決める会談」へと変わる。兄たちの強い決意が肌で感じられ、俺も思わず背筋を伸ばした。  すると、グレン様がカトラリーを置いてギル兄とアド兄を見据える。 「交換条件に関しては、すでにライゼル王子の覚悟を受け取っております。ただ一つだけお二人に誓わせていただく。大切な弟君は命に変えても守り抜き、我が国で幸せに暮らせるよう力を尽くします。……どうか、お二人にもこのご縁、お許しいただきたい」    その言葉は、まるで厳かな儀式での誓いの言葉のように、部屋に響き渡った。  「グレン様!?」    あろうことか、グレン様がテーブルに着きそうなほど低く頭を下げている。王が、他国の王子を伴侶に迎えるために、ここまで深く頭を下げるなど前代未聞だ。その真摯な態度に、俺の胸は熱いものでいっぱいになった。  すぐに辞めさせようと名前を呼ぶがミレイさんに手で制される。その瞳は真剣そのものだ。そして彼女と騎士団長殿も一緒に頭を下げる。 「お二人まで……」 「皆さま、顔を上げてください。ライゼルが困っております」  ギル兄の言葉によってやっと三人が顔を上げてくれる。 「ゼフィロス王、ライゼルは性根が優しく自分を犠牲にすることを厭わない。貴方が守るつもりでいても、御身に危険が及べば、ライゼルは貴方を守ろうとするでしょう。ですがそれは全てライゼル自身が決めること。あなたの懐刀として役に立とうとするならば頑として譲らないと思います」 「意外かもしれませんが自由奔放なところもありましてね。立場などお構いなく民のために走り回ってしまいますので、手元で可愛がるだけというのは諦めた方がよろしいかと」  二人は褒めているのか貶しているのかよく分からない言葉で俺を表現する。複雑な気持ちだ。  苦虫を噛み潰したような顔をしている俺に反し、ゼフィロス王はハハッと笑っている。 「今日、ともに戦ってお二人のおっしゃることが分かりました。私が全力を持ってしてもライゼル王子を閉じ込めておくことはできないでしょう。そしてライゼル王子には自由が似合う。生き生きと好きなことをしている顔がとても素敵だと思います」 「それを分かってくださっているのであれば、我々が言うことはありません」 「ふふ、良かったねライ。ゼフィロス王はお前の気質をすでによくお分かりのようだよ」 「ありがとうございます……?」  その後は二人が俺の昔話をしてゼフィロス王がそれを楽しそうに聞いてくださって時間が過ぎていった。当人の俺はそっちのけだったけれど。  グレン様は、俺の過去の失敗談や、兄たちとの思い出話を、空色の瞳を細めて本当に楽しそうに聞いてくださっている。  もはや先にダメなところを知っておいてもらえるのだからゼフィロス王国へ行ってから幻滅される事もないだろうと悟りを開き、食事に集中するのだった。    

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