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§17 新たな大地との触れ合い

「ライゼル様、お初にお目にかかります。私はタイク・リエフと申します。これからライゼル様の執事として仕えさせていただきます。どうぞよろしくお願いいたします」 「こちらこそ。よろしくお願いしますね」  グレン様が手配してくれたのはただの案内役ではなく執事を兼務してくれる人だった。  俺よりも少し背が高く、濃いベージュに白毛が混ざっている犬獣人。銀縁の丸メガネが似合う紳士だ。歩く度にちょっと揺れる折れ耳が特徴的。  その落ち着いた物腰からは想像できないが、耳の動きは微細な感情の揺れを伝えているようで少し可愛いと思ってしまうのは許して欲しい。 「グレン様がようやっと伴侶を迎える気になってくださって、しかもこれほど素敵な方がお相手とは……! 長年仕える身として、これほどまでに喜ばしいことはありません」 「ははは、そんなそんな……」 「護衛のブラス様とティラ様もお強そうですね。これならライゼル様も安心でしょう」 「そうですね。自慢の仲間です」 「お互い同じ主人に仕える身。堅苦しいのは無しにしましょうぜ」 「同感です」 「……! 相分かった。よろしく頼む、ブラス、ティラ」  相性が良いのか馬が合うのか、タイクさんはブラスとティラと固い握手を交わしている。早々に打ち解けてくれたようで安心した。 「ライゼル様、グレン様からお聞きしておりますが、係の名くらいは気安くお呼びになってください。そうしていただけると、皆仕事がしやすいのです」 「分かった」  先手を打つのが上手い。俺の言い訳は許されなさそうだ。郷に入れば郷に従え、だな。  俺は自分の中の認識を改めて、ブラスやティラと同じように城に仕える人たちの名前を呼ぶことにした。 「それでは早速庭の方へ案内いたしますね」 「頼むよ」  タイクに案内され、城の裏側の回廊を進む。ブラスとティラは昨日のパーティーを通じて城に仕えている人たちとすっかり打ち解け、廊下ですれ違うと挨拶をしている。  二人とも人当たりがいいので元々心配していなかったが、新しい環境に慣れ始めている様子に安心した。  到着した庭は思っていたよりも広く、通路や設備は綺麗に整えられている。  早速膝をついて土を触ると、パサついている塊は指で軽く摘んだだけで弾け、さらさらとこぼれ落ちていく。 「なるほど」    事前の知識として、ゼフィロスは日照時間が長く乾燥していることから育つ作物が限定的だと頭に入っていた。土の状態はその知識通りの手触りだ。  この状態のままではスフェーンから持ってきた種も芽を出さないだろう。 「タイク。魔法を使っても?」 「どのような規模でしょうか?」 「ここの土を潤す程度だ。周りに影響は出ないようにする」 「それなら問題ございません」    こういうことを確認するための案内役兼執事というわけだ。長年城に仕えているという経験豊富なタイクに確認すると安心できる。 「それじゃあ、三人とも少しだけ離れておいて。――――ルフ・ヴィエンテ・ユエン〈森の涙よ、波紋となりて〉」  土に魔力を注ぐと、深い眠りから叩き起こされたように自然が驚いているのを感じる。なんなら少し起こし方が雑だと怒っているようだ。  素直に「ごめんなさい」と謝りながら、初めて魔法を注ぐゼフィロスの大地に挨拶をしておく。 「お初にお目にかかります。ゼフィロスの大地よ、空よ、生ける万物よ。現国王グレン・フローライトの伴侶となったライゼル・スフェーンにございます。ゼフィロスの地を守り、民を守るため、我が力の限りを尽くすと誓います。どうかこの地にて生きること、力を使うことをお許しください」  返事は是だった。  「現国王がようやっと伴侶を迎えたのか!」という驚きと喜びの声も聞こえた。あと、力を使うのは構わないがあまり無茶なことはするなよと釘を刺された。  恭しくありがたい返事を受け取り、魔力の流れをゆっくりと止める。 「ライゼル様……今のは……」 「少し魔力を流してゼフィロスの自然にご挨拶をね。俺が力を使うのを許してくれるらしい。よかった~」 「少し……?」 「タイク。そこに疑問を持つのはこれから日常茶飯事になるから、やめたほうがいいぞ」 「そうですね。正直このくらいならもう我々は驚かなくなってきました」 「……善処しよう」  そんな部下たちの会話などいざ知らず。俺は早速目覚めた土を撫でてどの種から蒔こうか考えていた。  土は先ほどの砂のような状態から、僅かに湿気を含んだ柔らかなものへと変わっていた。  指先に伝わる生命の予感に、ライゼルは自然と頬を緩めた。    グレンside    庭の方から強大な魔力の反応があり、執務室の中はちょっとした騒ぎになっていた。 「今のはなんだ! 報告せよ!!」 「はっ、直ちに調査いたしますッ」 「待て、ジェイド。気にしなくて良い」 「何を言うのです! 敵兵かもしれませんぞ!」 「ライゼルだ」 「……は?」  ゼフィロス王国宰相ジェイド・ソノラは、書類を握りしめたまま立ち上がり血相を変えた後、普段の精悍な振る舞いから程遠い抜けた声を出した。  そんな兄弟同然の幼馴染の様子が面白く、グレンは喉を鳴らして笑った。 「城の者たちには今の魔力がライゼルのものだと知らせてくれ。あと、魔力を覚えて“慣れるように”とな」 「……もしや我々はとんでもないお方を王の伴侶としてお迎えしてしまったのでは」 「今更だろう。それに始めのうち俺は反対したぞ」  グレンの指摘に苦い顔をするジェイド。ミレイと結託して事を推し進めた主犯だけに返す言葉がない。  冗談を言っている場合ではなく、背中を嫌な汗が伝っていた。  もし、もしもだ。ライゼル様が王を屠らんとすれば成し得てしまう可能性がある。    武の才だけならばまだしも、これほどまでに強大な魔力を持っているならば話は別だ。ジェイドはそこでひとつの可能性に行き着く。  今回の計画に反対の意を示していたグレン。しかしグレンがスフェーンへの援軍を指揮してノグタムを退却させた後は、今回の交換条件に一度も異を唱えなくなった。  まさか、それは。 「分かっていたのだな……!!」 「さあ? 何のことだ?」  ついつい宰相の皮を脱ぎ、親しい幼馴染として王へ悪態をついてしまうジェイド。グレンはその様子を面白がりながら窓の外を見た。    庭から相当な距離がある執務室でも感じる強大な魔力。  しかし、その力は恐ろしいほどの強大さにも関わらず、どこまでも温かく、清らかな水のように穏やかだった。  すでにグレンにとって温かく穏やかなもので、何ら恐れる必要のない力という認識なのであった。    

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