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§21-1 民との交流

 苦労する側近ズside    その日、執務室の外で聞き耳を立てていたジェイド、タイク、ミレイの三人は、とんでもない歴史的な瞬間に腰を抜かしていた。三人の耳がピクリとも動かないのは、ショックの大きさを物語っている。    神の眷属ふたりと契約するなんて、どこの国でも聞いたことがない。  グレンとサノメとの契約の際も大きすぎるほどの衝撃だったというのに、三人の頭の中では「これからどうしようか」という悩みの種があっという間に芽を出し、つるつると大きくなっていくのだった。その成長速度は、まるでライゼルの魔法がかった作物のようだ。   「妹よ、信じられるか。改めてお前はとんでもないお方を連れてきてしまったようだぞ」 「私だけの責任のように言うのはおやめくださいジェイド兄様。兄様も大手を振って推し進めていたではないですか」 「二人とも、そんな話をしていても何にもならん。先のことを考えるぞ」 「そうだな……」  そして仕事ができる宰相はあっという間に城に勤める全員に通達を出した。  「ライゼル様が水の神と土の神の眷属様と契約したので、お会いするまでに一通り驚いておくように」と。  もちろんこの前代未聞の通達は、ゼフィロス建国以来初めての内容であった。    ライゼルside    契約が無事に終わり、俺は中庭に戻って来ていた。カウカ様の登場で苗を放って置いたまま作業が終わっていない。  グレンも苗を見てみたいと言うのでついてきている。アリュールは身体が大きくて無理だろうと思ったがさすが神の眷属、仔馬の大きさに変身した。出会った時には大きな馬の姿だったので新鮮だ。 「それじゃあ気を取り直して、苗を分けましょう」  明日以降少しずつ農家に渡していく苗を丁寧に土から掘り出して容器に入れる。俺が手本を見せた後、みんなも同じように丁寧にやってくれる。    グレンもシャツの袖を捲ってしゃがみ込み、苗を掘る。引き締まった前腕が露になる。  身体の大きなグレンが両手に持つと苗がより小さく見えて微笑ましい。 「これで合っているか?」 「えぇ、ちゃんとできていますよ」 「子供の頃、大人達の手伝いで畑を耕したが、この作業は初めてで面白い」 「みんなで一緒にやるとより楽しいですよね」 「……ライゼルが居なければ、ここまで楽しい気持ちにはなっていない、と思う」  グレンは目線を上げず、静かな声で呟いた。   「あ……えっと、嬉しい、です、俺も」    しどろもどろになる俺を見てグレンが微笑む。今はまだ、この距離で良いと甘やかされているような気がする。  いつまでも頼ってばかりではダメだ。けれど、もう少しだけこの状況に甘えさせてもらおう……。熱を持つ頬を誤魔化すように作業に没頭した。    翌日、俺はタイク、ブラス、ティラと共に農家の代表の元へ足を運んだ。  代表は「自分が城へ参ります」と何度も申し出てくれたが、俺が現地視察をしたいのでと押し切らせてもらった。    待ち合わせは商業ギルドだ。ゼフィロスの商業ギルドがどのようになっているのか見学するのが楽しみだ。  俺たちは馬車ではなく、身軽に馬に跨ってきた。アリュールはよく知った栗毛の馬の姿。乗り心地も変わらず妙にホッとした。  神の眷属の背に乗せてもらうなんて……と一瞬考えそうになったが、そのように考えることをアリュールが望むとは思えなかったのですぐに忘れた。  先頭を走って案内してくれたタイクが「もう直ぐですよ」と合図をくれる。    ゼフィロスは鉱山が多く、そこで採れる鉱物を使った武具や装備、工芸品が有名だ。  俺がミレイと初めて会ったときに語ったのもゼフィロスの武具の素晴らしさについてだった。  王都は王城をはじめ道や建物がしっかりと整備されていて暮らしやすそうな印象が強い。  目的地の商業ギルドも5階建ての立派な建物だ。  アリュールの背から降り、建物を見上げると太陽が眩しい。春になったばかりだがスフェーンよりも暖かくなるのが早そうだ。肌を撫でる風にも、乾燥したゼフィロス特有の熱が混じっている。 「ライゼル様、お待ちしておりました。王都の商業ギルドマスターをしておりますソルファと申します」  出迎えてくれたのは白虎の獣人。  白毛に濃灰色の縞模様が特徴的で、小さめで形の良い丸い耳に目を奪われる。そして全身から放たれる研ぎ澄まされたカリスマ性。ジロジロ見て不快な思いをさせたくはないので、ちらりと見るだけで我慢する。   「初めましてソルファさん。お時間をいただいてどうもありがとうございます」 「とんでもないことでございます。どうぞギルドの者には、私をはじめ気安く接してくださいませ」 「承知しました。今日はよろしく頼みます」 「では中へどうぞ」  ギルドに入ると職員の方々が拍手で出迎えてくれる。お礼を言って応え、仕事に戻ってもらうように伝える。ソルファの一声で皆素早く持ち場へ戻って行く様は軍隊さながらだ。 「すごい……」 「王都の商業ギルドは、マスターがソルファに変わってから職員の教育制度が充実して統率が取れるようになったのですよ」 「なるほど、敏腕でいらっしゃる」 「タイク様に言われると恐縮です」  タイクがななめ後ろからひょこっと顔を出して付け加えてくれた。揺れる耳が可愛い。 「うひょ~、すごい広さですな」 「スフェーンのギルドの倍近いのではないですか?」 「そうだな、そのくらいの大きさだろう」  ブラスとティラは吹き抜け構造の天井を首が痛くなりそうな角度で見上げている。  暢気な様子だが二人は優秀な騎士であり護衛なので、何かあった時の逃げ道や使える遮蔽物を考えているはずだ。  案内されたギルドマスターの部屋では、熊の獣人が背筋を伸ばし直立不動で待ち構えていた。黒に近い茶色の毛がつやつやしている。体格の良い、山のような男だ。 「ライゼル様、彼が農業部門のまとめ役のビセオです」 「お初にお目にかかります! ビセオと申します! ライゼル様にお会いできたこと恐悦至極に存じますッ!」 「初めまして、よろしくお願いします」  思っていたよりもずっと大きな声で挨拶してくれたので、驚いて吃りそうになった。ビセオは腰が直角に曲がるまで頭を下げてから話し出す。 「お手伝いできることがございましたら、何なりとお申し付けくださいッ!」 「ビセオ。声が大きいぞ。ライゼル様に唾が飛びそうだから抑えてくれ」 「ハッ! すみません!」  謝った声が大きいままで思わず笑ってしまいそうになる。初対面で笑うなんて失礼だから避けたいが、二人の掛け合いがとても面白くて困る。早く本題に入ってしまおう。 「今日は苗と土を持って来ましたので、もし可能であれば魔法をかけてもよい畑に案内していただけますか?」 「もちろんでございます。その前に苗や魔法について可能な限りでお教えいただいてもよろしいでしょうか……」 「構いません。簡単に説明しますね」  俺は土を作物が育てやすい状態にする魔法や種から苗まで育てる魔法について話した。  話を聞き終わった二人の目が大きく見開かれる。

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