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§31-1 結婚式前夜

   窓から差し込む優しい光がベッドに落ちる。  朝がきた気配に、瞼をゆっくり開く。なかなか浮かび上がらない意識の中、隣にいるはずの存在を探して手を動かす。  ぽふっ、と手がふわふわの柔らかいものに包み込まれる感触。  手の感触を頼りに、右側に身体を向ける。うっすら目を開くと、まだぐっすり眠っているグレンが映る。  しばらくぼーっと眺めてから、身体をずらして滑らせてグレンの胸の中に入り込む。ごつごつした胸板の向こうで、心臓の規則正しい鼓動が聞こえる。安心感で心が満たされていく。  朝は大体俺のほうが早く目が覚める。走るのが日課なこともあるが、グレンはどちらかというと朝は弱い方だと言っていた。  目覚めた後、しばらくこんな風にのんびりとグレンの身体に寄り添うのが癖になっている。  朝のグレンの身体からは、石鹸に混じってふんわりと男の香りがする。夜の間に混ざり合った二人の匂いとは違う、彼本来の香り。この匂いに包まれる時間が好きだ。 「……おはよう」 「ごめん、起こしたな」 「いい……走りに行くのか……?」 「今日は剣舞の最終予行があるから、やめとく」 「そうか……じゃあもう少し一緒に居てくれ」  低く掠れた声で、舌足らずな喋り方。まだ眠りの底から抜け出せていないようで、無防備で可愛らしかった。こういう甘える姿を見られるのもこの時間が好きな理由だ。 「うん……グレン、好きだよ」 「俺も、好きだ」 「ふふっ……もう少しおやすみ」 「うむ……」  寝室を一緒にしてから三週間ちょっと経つ。こうして気持ちを素直に伝えるのも違和感がなくなってきた。  すぐに深い寝息が聞こえてくる。再び彼の胸の中で、睡魔に誘われるがまま、もう一度目を閉じた。    朝食を終えた俺たちは剣舞の会場へ足を運んだ。  会場は広い庭園を使い、中央に舞台を作った。長方形のステージにする案もあったが、俺たちの魔法が映えるのは半円型だろうと演出担当が進言し、そちらが採用された。    ステージはすっかり設営が終わり、ステージ横で楽器隊や演出隊の準備が進められているようだ。楽器の試し弾きの音や、演出担当の声が遠くから聞こえてくる。 「ライゼル様、おはようございます!」 「おはよう、ミレイ」 「おっ、旦那、おはようごぜえやす」 「おはようございます」 「ブラスとティラも手伝いありがとうな~」  ミレイ、ブラス、ティラも設営を手伝ってくれている。みんなと一緒にステージを眺め、その完成度の高さに驚く。 「すごい、綺麗だな」 「えぇ、それはもう! ライゼル様とグレン様の結婚の祝いですから、職人たちも張り切って臨んでくれました」 「ありがたいね。本当に、細部までこだわりを感じる。あっちにいるのが職人の方達かな?」 「そうです」 「ちょっと挨拶に行ってくるね。グレンも行く?」 「あぁ」  俺はグレンと一緒に、ステージを指差してああでもない、こうでもないと言い合っている職人たちの元へ近づく。  十数人集まっている中に、見知った顔を見つけた。 「あれ! セントさんだ」 「おおぉ~! ライゼル様、ちょうどよかった! 剣が仕上がったんで、持って行こうと思っておったんじゃ」 「すごい、本当に間に合わせてくれたんですか!」 「あったりめえよぉ。ほれ、試してみてくんろ」    セントさんは持っていた袋から優しく剣を取り出した。その手つきは、まるで生まれたばかりの赤子を扱うかのようだ。    柄の部分は濃灰で、ガードの中心には魔石が嵌め込まれている。剣身の美しさは言わずもがな。日の光を受けてきらきらと輝き、荘厳な雰囲気を纏っている。  手に取り構えてみる。すると、元から持っていたかのように身体に馴染む。俺の掌に、柄の部分のざらりとした感触が伝わる。  一振り、二振り、空を切る音を聞くと性能の高さが分かる。  感動しながらもう一度魔石をよく見ると、グレンの瞳の色と同じだ。 「魔石の色が、グレンの瞳と一緒だ……」 「お、さすが、気付いたな」 「……これは本当に、素晴らしい剣です。セントさん、グレン、どうもありがとう」  セントさんが照れた様子で首の後ろを摩っている。  グレンは柔らかく微笑み、俺の頭を撫でる。 「魔石には俺の魔法を付与してある。いざという時、お前の身を守る」 「綺麗なだけじゃなくて、魔法まで……すごいなぁ、嬉しい」  きっと剣を振る時、グレンと一緒に戦っているような気持ちになれるだろう。  想像すると段々感極まってしまい、目を涙の膜が覆う。それを知ってか知らずか、グレンが俺を抱き寄せて頭の上に顎を置く。  周囲から「ヒュ~!」「お熱いなお二人さん!」などと冷やかされている内に涙も引っ込んだ。 「もう、みんな冷やかさないでくれよ!」 「すまんすまん、幸せそうでつい揶揄ってしもうた」  ちょっと怒った俺の言葉は全くもって響いておらず、職人のみんなはニヤニヤし続けている。なぜか隣にいるグレンまで満更でも無い顔をしているのが解せない。  するとそこで、ミレイからお呼びがかかった。 「お二人とも、最終予行始めますよ!」 「はーい! 今行くよ! じゃあセントさん、みんな、ステージの設営本当にありがとうね」 「明日、楽しみにしておるからの!」  職人のみんなも最終予行を見て行くのかなと思ったが、明日の楽しみに取っておきたいと言って帰っていった。  足取り軽く、グレンと一緒にミレイの元へ歩いていると、――――ふと首の後ろに針が刺さるような感覚。それは、誰かにじっと見られているような、ぞっとする気配だった。  バッ!と後ろを見るが、特に変わった様子はない。穏やかな風が庭園を通り抜けていく音だけが聞こえる。……しかし、こういう時の勘は侮ってはいけないと知っている。 「どうした」  俺の様子の変化に、グレンが眉を寄せる。鋭い視線が、俺の背後を確かめるように流れる。グレンは感じなかったということなら、俺に対するものなのかもしれない。 「今……変な気配を感じて……」 「……十段階でどのくらいだ」 「三、四ってところ。気のせいかもしれない」 「式や剣舞の最中は結界を張るが、警護にもさらに警戒を強くさせよう」 「そうだね、念には念を入れておいた方がいい」  頭の中で引っかかるものが残ってしまったが、ひとまず最終予行を終えなければとステージへ足を進めた。  

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