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§33-2 剣舞

   ある国に、先祖代々受け継がれる広大な花園を守る一族がいた。その花園は民の病や怪我を癒す薬草を育てており、国の要とも言えた。  さらにその薬草の効能は高く、それを狙った他国から度々侵略を受けていた。  故に、花園を守る一族は強い騎士を育てることを使命としていた。  ある時、一族からとても力のある騎士が誕生した。  そして騎士が大人になったある日、また他国からの侵略が起きた――――  ――――ステージの中央で、腰の鞘から剣を抜く。  鞘から滑り出る金属の冷たい感触。手にした剣は、ずしりと重いが、驚くほど手に馴染む。  会場全体が息を飲んだ空気が伝わってくる。この美しい剣を見れば誰しもがそうなるだろう。  手始めに、客席から見えないように草むらを模した大道具後ろに仕込んでいた土に埋めた種を成長させ、まるでステージに草花が萌えるような景色を演出する。湿った土の匂いと共に、命が芽吹く確かな手応えを感じる。  客席からは「急に草が成長したぞ!」と大きな歓声が上がる。このからくりが分かるのは演者と、俺の兄二人くらいだろう。  序盤の音楽は明るく、平和を讃えるような調子だ。俺もそれに合わせて振りをつけた。音楽に合わせて身体が自然と動き出す。平和の喜びを手足の先まで神経を使って舞う。  続いて場面が転換する。空気が一変し、不穏な影が舞台を覆い始める。他国からの侵略が起きる場面だ。  他国からの侵略者は氷魔法で、花園の騎士たちは先ほどの草を使ってそれぞれの兵士を模した人形をそれぞれ五、六体ほど作る。  人形の数は俺の魔力次第なので、その場で数を決めることになっていたが、十分な数が作れた。  侵略者の氷人形は新しい兵器を手にして花園に襲いかかる。なす術なく花園の騎士たちは倒れていく。  最後の一人になった俺を、氷人形たちが囲む。冷気が肌を刺す。  ここまでか、と思った――――その時!  一本の火矢が全ての氷人形の胸元を連続で突き刺していった。グレンの登場だ。敵を切り裂く一条の光。彼の炎は希望そのもの。観客もこの演出にさらに盛り上がりを見せる。  火矢と言っても本物の矢尻に火をつけたものではなく、グレンの魔法で矢の形をした炎を飛ばしている。  上手から姿を見せたグレンに向かい、氷人形たちが襲い掛かる。  この時はグレンが登場するので彼の動きを際立たせるべく、剣舞というより本当に敵を切り捨てるように頼んだ。氷が砕ける甲高い音と、蒸発する水蒸気が立ち込める。  氷人形を全て倒し、グレンが俺に駆け寄ってくる。  ゆっくりと優しく俺を立ち上がらせて、自己紹介を始める。  グレンの役所は昔花園の薬草で命を救われた隣国の友好国の騎士という設定だ。細かい設定は観客に資料が配られているので伝わるはずだ。舞台上ではグレンが救世主に見えればそれでいい。  グレンは剣舞に合わせて宙に浮かせた炎をさまざまな形に変えて操る。彼が放つ炎の熱波がこちらまで届く。まるで冬を終わらせる春の陽射しのようだ。振り付けを考えたのは俺なのだが、グレンと炎の親和性の高さに恐れ入る。観客の目線も釘付けだ。  彼に魅せられた花園の騎士も心を通わせるように共に舞い始める。グレンの動きに合わせ、導かれるように身体が動く。二人の呼吸ひとつに重なっていく。演奏は穏やかでロマンチックな曲調になり、背景の絵も合わせて差し替えられる。  グレンが俺の身体を持ち上げて舞うと客席から大きな拍手が起きる。ふわりと身体が浮き上がる。彼の強靭な腕が、俺の体重を少しも感じさせない。彼の目を見ると真剣そのもので、少し緊張もしているようだ。 「グレン」 「……ッ!」 「愛してる」 「……俺もだ」  俺の囁きに、グレンの瞳が溶ける。驚きに見開かれた瞳が、次の瞬間、熱を帯びた蜜のように蕩けていく。続く穏やかな破顔。客席から黄色い歓声が聞こえてくる。  二人の心が通じ合う場面に合わせて、袖から花吹雪が飛ぶ。甘い花の香りが舞台を満たしていく。  そもそも剣舞に台詞はなく、もちろん先ほどの小声は即興だ。きっと後で文句を言われるだろう。だが、グレンの雰囲気を変えられたのは事実。  彼のまとう空気が、熱っぽく、それでいて柔らかくなった。してやったり、と心の中で小さく笑う。  続いての場面転換。ここからは終幕に向けて物語が進む。  先ほど切った氷人形が復活する。土を混ぜて色味を変え、おどろおどろしい様相に見せて観客を驚かせる。  俺とグレンが背中合わせに立ち、剣で氷人形と戦っていく。最後の力を振り絞る氷人形は手強く、二人で力を合わせて戦うという筋書きだ。剣戟の音が響き渡る。飛び散る氷の破片が頬を掠めた。  数体の氷人形を切ったところで俺が力を使いすぎて膝をつき、グレンが大きな炎を剣に纏わせ、全ての敵を一掃する流れ。  筋書き通りにグレンが炎を剣に纏わせるため魔力を流し始めた時、上空に何かの気配を感じる。音楽とは異なる鋭い風切り音。肌が粟立つような強烈な殺気。  ――――なんだ……?  疑問を持つと同時に体が動いていた。思考するより早く本能が叫んでいた。グレンを守れ、と。  真っ直ぐにグレンの心臓を狙って飛んできた“ソレ”を剣で受け止めた。  ガンッ!と甲高い金属音が鳴り、足元に黒々とした細長い刃が落ちる。床に突き刺さったそれは、不吉な光を放っていた。ぞわりと悪寒が走る。  膝をついて疲れた演技をしていた俺が動いたので、観客が驚いたようだ。しかし飛んできた刃が早すぎたこともあり、演技の一環だと思ってもらえたらしい。心臓が激しく鼓動している。冷や汗が背中を伝う。  グレンが少し魔力の流れを止めたのが分かったが、すぐに立て直して演技を続けていた。  恐らくグレンも何かが飛んで来ていたのには気づいていただろう。  しかし、まさか結界魔法を破ってくるとは思わなかったはずだ。  もちろん俺も半信半疑で、勘だけで動いていた。もし間に合わなかったら。そう思うだけで、血の気が引く。  庭園周りを警護していた騎士たちが足音を立てずに走り出すのが見えた。客席に気づかれぬよう、影のように動く。グレンが無事だったのは何よりだが、第二の攻撃の可能性は否定できない。  剣舞は結末に近づき、グレンが炎を纏わせた剣で氷人形を全て打ち砕いた。炎が爆ぜる音と共に氷が霧散していく。観客の熱気が最高潮に達した。  氷は炎に溶かされ、水となり宙を漂う。水魔法で作った星型の水が観客席の頭上を浮遊する。光を浴びてきらきらと輝く水滴が、まるで宝石のようだ。  再び平和が訪れた花園で、二人は永遠の愛を誓い合う。これにて終幕。最後の演奏に合わせてもう一度グレンが俺を持ち上げる振り付けで締めた。  大きな拍手と共に幕が閉じる。……なんとかやり遂げた。

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