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§36-1 暗雲

   翌日、スフェーン王国とゼフィロス王国の同盟が締結された。  有事の際はお互いに援軍を出す。同盟の有効期間は10年とし、それ以降はどちらかの国が破棄したい場合には、1年前に予告すれば破棄できる。  同盟の詳細も双方の利益になる内容で、反対する者なく無事締結となった。  通常であれば年単位で根回しをする内容だろう。だが、ユーディア王国の情勢を鑑みると、足踏みをしている状況ではないと家臣たちも判断を下した。  会議が終わったのは陽が地平線に沈みかけ、空が紫紺に染まりゆく夜が近い時間だった。  ギル兄とアド兄、スフェーン一行は、もう一晩泊まることになった。  さすがにスフェーンの状況が心配になるが、二人曰く、父上が相当張り切っているから大丈夫なのだとか。  おかげでもう一晩ゆっくり食事をしながら話せたのはよかった。  そして昨夜話していた、ティラとアリュールのユーディア王国潜入の件。  ティラを執務室に呼んで相談すると、間髪を入れずに「行きます」と答えた。 「即答か。そんな気はしていたけれど、とても危険な任務だぞ」 「だからこそ行きたいのです。ライゼル様のお役に立てるのであれば本望です」 「よく言った! それでこそライゼルの腹心だ」 「アリュールはちょっと黙っていてくれ」  命に係わる任務だ。いくらアリュールが共に行くとしても、おいそれと送り出すことはできない。  しかしここはティラに頼らざるを得ないのも事実。彼の忠義に胸を締め付けられながら結局は「頼む」と伝えた。  ちなみに、一緒に話を聞いていたブラスはというと、臍を曲げていた。 「ティラだけずりぃなぁ~、俺も行きてえなぁ~」 「お前は旧王族派の監視任務があるだろう。それに、お前は潜入だけはとんと向いていない! 邪魔になるから二人で行くなんて勘弁してくれ」 「ははは……」  ティラは細眉を顰めてブラスに抗議する。確かにブラスは巨躯に見合わぬ器用さを持ち合わせているが、隠密行動は向いていない。  対してティラは、どちらかというと体の線が細く、自分の気配を薄めるのが上手い。また、隠密行動に有利な魔法を複数使用することができる。  ブラスには騎士団と一緒に旧王族派の動向を監視する任務を頼んだ。    昨日の襲撃に使用された暗器の分析結果の状況報告がそろそろ騎士団からあがってくるだろう。 「適材適所ということで許してくれ」 「もちろん旦那の言うことは聞きますがね。ティラに負けないように手柄を立ててやります」 「望むところだ」  この二人はスフェーンにいる頃から何かと張り合うことが多い。同い年ということもあるのか、周りにも比べられる場面が多かったらしい。  二人とアリュールの役目が決まったところで、スフェーンの文官たちと話していたグレンが執務室に戻ってくる。 「お疲れ様。みんな小うるさかっただろう」 「いや、とても有意義な話を聞けた。特に、お前の昔話とかな」 「あーあ、嫌な予感がしたんだよなぁ」  騎士団だけでなく文官たちも腹心の家臣ばかりで、付き合いの感覚としては親戚のおじやおばという感じだ。俺や兄たちの成長を間近で見守ってくれていたので、もちろん昔の失態などは筒抜けだ。 「あと、騎士団からも報告があるようだ。今から行くが……」 「俺も行く」  聞かずとも分かっていたように、グレンは微笑んで頷く。  椅子から立ち上がった俺の後ろを当たり前いう様子でブラスとティラ、アリュールもついてくる。  アリュールが土の神の眷属であることはすでに城内の者には周知しているので、未だにぎょっと目を見開かれることはあるが、大分馴染んできていると思う。  騎士団の隊舎では、魔法兵たちが暗器の解析をしてくれているらしい。また、暗器の材質を調べるためにセントさんはじめ鍛冶職人たちにも意見を聞きに行ったとか。  隊舎に到着すると、フーベルが俺たちを待ち構えており敬礼をする。 「グレン様、ライゼル様、ご足労おかけいたしましたッ!」 「構わん。状況はどうだ」 「ご説明いたします。こちらへどうぞ」  案内された部屋の中では5名の魔法兵がおり、暗器が置かれた台座を円になって囲んでいる。どうやら高度の解術魔法を試しているようだ。  どのような魔法が施されているかわからない時は、様々な解術魔法を片っ端から試すことがある。  魔法の残滓は僅かで、調べるのに労力がかかるので得策とは言えないかもしれないが、今回のように得体のしれない“何か”を分析する場合は取らざるを得ない方法だ。  俺たちが近づくと、魔法兵たちが敬礼をする。 「どうだ」 「様々な解術を試しておりますが、これまで試したものは全滅です」  魔法兵の一人が紙をグレンに手渡す。横から覗き込む。試した魔法の名と、その上に引かれた横線。すでに50近く試したようだ。魔法兵たちの疲れた様子も納得がいく。 「よくやってくれた。今日はいったん休め。鍛冶職人たちからの情報が集まり次第、情報を突き合わせて解析する」 「はっ! 承知いたしました!」  フーベルがグレンの指示にはきはきと返事をして、魔法兵たちも敬礼する。  俺は暗器に近づき、観察する。黒々とした金属が光を飲み込むように見える。  まるで、深い闇そのものを削り出したかのような異様な輝きだ。正直、俺は魔法の解析は不得意。  そういえば、と隣の相棒に声をかける。 「アリュールなら分かるか?」 「む? 我は魔法の解析はあまり得意でないのだが。やってみるか」  じっと暗器を見つめ、アリュールが集中している様子を見守る。  ややあってアリュールが首を傾げる。 「結界を破る類の魔法ではなさそうだな……先ほどの紙を見せてみろグレン」 「あぁ」  ふむふむ、と紙に記された魔法を見る。 「もしかすると、対象が違うのかもしれん」 「対象?」 「この暗器に残っている魔法の残滓は通常よりもずっと少ないのが気になる」  確かに言われてみると、感じ取れる魔法の残滓が少ないようだ。 「暗器ではなく、狙った対象に魔法がかけられている可能性があるのではないか、と我は思う」 「じゃあもしかして……」 「あぁ。グレン本人に何かしらの魔法をかけ、“的”にした。後は暗器を高速で飛ばすだけという寸法だ」 「けど、結界を抜けたのは?」 「グレンよ、あの結界はどちらかというと魔法を防ぐものだろう。単純な物理攻撃はあまり想定していなかったのではないのか」 「アリュールの言う通りだ」

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