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§53-1 変怪の暴威
会議室を出ると焦燥感が背中を押すように、自然と足が速まる。
回廊の石畳を蹴るブーツの音が己の焦燥を示している。
サノメ、カウカ、アリュールが城の影から滑り出るように姿を現す。
研ぎ澄まされた空気の中、信頼する彼らの気配を感じていたグレンと俺が驚くことはない。
走りながらグレンが彼らに頼む。
「サノメとカウカは先に飛んで状況を見てきてくれないか。思ったよりも避難が遅れているようであればできる限りの足止めを頼む」
「あいよ! お前らは騎士団と冒険者の奴らと来るのか?」
「率いていくつもりではあるが、恐らく俺とライゼルは早めに到着するだろう」
俺を一瞥する。その空色の瞳に宿る覚悟。無言で頷き返した。
「分かったよぉ~ アリュール、二人を頼んだからね」
「言われずともそのつもりだ。さっさと行ってこい」
ちょうど話し終えたところで城の外へたどり着く。
眩い光と共に、ふたりは小さな竜の姿から本来の大きさへと姿を変える。
炎の揺らめきを体現したような炎龍サノメ。その鱗は燃え盛る紅蓮の如く。
恵みの水を司る水龍カウカ。その鱗は深海の静寂を映す瑠璃色だ。
いつも隣で笑う友として気軽に接してくれていた彼らが、神の眷属としての神秘的な威光を放つ。
清冽な神気が辺りに満ちる。背後の青空がやけに小さく見えるのだから不思議だ。
「じゃあ先に行くぜ」
「待ってるからねぇ」
その絶対的な存在感に圧倒された俺は、乾いた喉で頷くしかできない。彼らの残した笑みだけはいつもと変わらぬそれだった。
「すごくきれいだな……」
思わず漏れた吐息が秋の空気に溶ける。
「ああ。俺たちも行くぞ」
「応!」
厩舎に向かうとグレンの愛馬のウォルスが、主の覚悟に応えるように勇ましく嘶く。危機を悟っているのか、やる気に満ち溢れている。
「頼むぞ、ウォルス」
「ブルルッ!!」
「グレンよ、其奴に少し力を分けておく。いつもより早く走るくらいで後遺症は無いから安心せよ」
「助かる。ライゼルに置いて行かれるわけにはいかんからな」
アリュールが大地そのもののような温かくも力強い魔力を流すのを感じる。
肌を伝う魔力の奔流に、ウォルスが短く身震いした。その魔力に呼応したウォルスの筋肉がさらに張りを持ったように見える。
ウォルスに跨ったグレンは颯爽と駆け出す。
その背中を決して見失わないように、アリュールの背を借りてついていく。
グレンはまっすぐ城を出て、騎馬が使う道を進んでいく。
耳元でヒュウヒュウと風が泣いている。速度が上がり、体に受ける圧が増す。
砂塵の向こうに、程なくして別の騎馬集団を見つける。
「フーベル! バノーテ!」
グレンの声を聴いた騎馬集団が少し足並みを遅くする。
馬の嘶きと金属音が交錯する中、気付いた後列の騎士と冒険者たちが順々に通り道を空ける。
グレンと俺は空けてもらった道を通って先頭集団へ追いついた。
「グレン様! ライゼル様!」
「よお! さすが速いな」
先頭は予想通りフーベルとバノーテの獅子相組が率いていた。彼らは俺たちを「速いな」と言うものの、さすが精鋭の集まりといったところか、誰も息を切らさず速さを維持している。
フーベルとバノーテの後ろにブラスもいる。
「旦那ァ! ティラならもう着いている頃合いですぜ!」
「あぁ、分かっている!」
あの優秀な腹心の顔を思い浮かべる。早めに城を出たティラの脚であればすでに東方領へ到着しているはずだ。きっと避難民が早く逃げられるように最善を尽くしてくれている。
「先に行く! そっちの指揮は任せるぞ!」
「御意!」
「気をつけろよ二人とも!」
「ああ!」
激しく揺れる馬上で内臓が揺さぶられるの中でも、誰も舌を噛むことなく余裕の表情で言葉を交わす。
当然のように声が届いているが相当な大きさでないとここまではっきりとは聞こえないので、すごいことなのである。未知の戦場へ向かうとは思えないほど、彼らの瞳は研ぎ澄まされた刃のように澄んでいる。
土煙が上がる集団の横をアリュールとウォルスはスルスルと抜けて、まるで飛んでいるかのような速さで集団を置いていく。
秋のからりとした涼しい風を纏うようにして走る。早く、早く……!
握りしめた拳が白くなる。胸が張り裂けそうなほどの祈りを込めて。 少しでも多くの民を救うために、グレンと俺は休むことなく走り続ける。
王都から東方領へ行くにはどれだけ足の速い馬でも一刻はかかる。しかし、今日はアリュールと、力を分けられたウォルスの足だ。恐らく一刻かからずに東方領へは入れるはずだ。
走り続け、体感で半刻過ぎた頃、遠くから大きな音と人の声が聞こえてくる。
「グレンッ!」
「あぁ、そろそろだ!」
俺の焦燥が伝わったかのように、そこからさらに足を速めたアリュール。地を蹴る蹄が、俺の心臓の鼓動と重なる。ウォルスも負けじとついてくる。
どんどん人の声が大きくなり、騎馬用の道から少し離れた街道を逃げる人々が埃の向こうに見える。
避難している人たちは慌てることなく、騎士や冒険者たちの案内に従って移動してくれているようだ。統率の取れた動きに、よかったと、張りつめていた喉を僅かにゆるめ、安堵の息を漏らす。
街道の木々が少なくなっていき、ついに東方領の街へと到着する。
グレンと俺は街の外側をぐるりと回っていく道を使い、人々を避けて走る。最初の街を抜けて次の街へたどり着くと、随分と人の数が減ってきた。
道に残る轍や足跡が、つい先ほどまでの喧騒を物語っている。ティラたちの尽力のおかげで、東方領の民たちの避難は予想以上に上手くいっている。
王都からユーディア王国への直線上に位置する東方領の主要な街は3つだ。
俺たちは2つ目の街を通り過ぎ、ついにユーディア王国との国境近くへ迫る。
国境に面した街にはほとんど民がおらず、残っているのは緊張した面持ちの騎士や冒険者たちばかりだ。民がいないのでそのまま街中を走り抜けていくと、中心街に集まっている集団を発見する。その中心に、凛と立つ腹心がいた。
「ティラ!」
「ライゼル様! さすがにお早い」
「状況は」
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