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4)とある可能性とあり得ない夢〈1〉

 何事もジャンケンで決めるのは不公平ではないだろうか、と先ほどの授業で使った学校保管になっている資料集を見ながら、四葉は時々考える。  これの片付けを先生から指示されたクラスメイトが、運ぶ役はジャンケンで決めたいと言い出し、トイレのふりをして逃げようとしたら捕まってしまったのだ。  ──僕が参加したら、ほぼ僕になるって知ってるじゃん。  半ば強制的に参加させられ、案の定一発で負けが決まり、こうして特別教室棟にある、授業の時に使う教材を保管している教材室へ、分厚い資料集を運んでいるところである。  重い本の山を抱えて、トボトボと廊下を歩いていると後ろから声をかけられた。 「四葉くんっ」  振り返ると、長身に長い髪を後ろで一つに結い上げた男子生徒、陽葵の姿。 「あ、陽葵くん」 「こんにちは、当番ですか?」 「ううん、ジャンケンに負けちゃって……」  横に並んで歩き始めた陽葵に、ため息混じりにことの経緯を簡単に説明する。 「ああ、そうでしたか。教材室ですよね? 私も図書室に行くところなんで、手伝いますよ」 「え、でも……」 「お気になさらず」  陽葵はにっこり笑うと、四葉の抱えていた資料集の半分、たぶんそれ以上を軽々と持ち上げた。  重くて腕が痺れ始めてきていたところなので、大変ありがたい話である。  ──腕力、ほしい。鍛えたいなぁ。  どちらかといえば陽葵も、髪型のせいもあるのか華奢に見えるのだが、腕力は自分より全然ありそうだ、と四葉は内心ため息をついた。 「最近は菖と二人きりでのお仕事ばかりですが、どうですか? 慣れました?」  特別教室棟へ向かいながら、陽葵が尋ねる。 「あーまー、なんとか……」  最初こそ分からないことも多かった『祓い屋』の仕事。  お化けすら視たこともなかった自分が、まさか悪霊退治のお手伝いをすることになるなんて思ってもみなかった。 「お化けは気持ち悪いし、怖いこともあるけど、菖くんが助けてくれるので、なんとかなってるかなぁと」 「……そうですか、それは何より」  陽葵がどこか楽しそうに笑う。そして、ああそうだ、と思いついたように口を開いた。 「ああでも。菖、すぐ意地悪するでしょう? 何か理不尽なことされてませんか? された時は言ってくださいね」 「うんっ。まーでも、菖くんもそんなに悪い人じゃないって分かってきたし」  学校で見かけていた時には知らなかった、ツンとすまして静かにしている様子からは想像できない、よく笑ってよく喋る菖のことは、なかなかどうして嫌いになれない。  ──なんだかんだ、いい人なんだよね、菖くん。  最初こそ、上から目線で横暴な王子様だと思っていたのが、家族と離れて一人で努力を続けていたり、ちょっとしたことで笑いが止まらなくなったり。菖も自分と同じ年の、ちょっと意地悪だけど一緒にいると割と楽しい男の子だ。 「……四葉くんは、嫌じゃないんですか?」  ふと、静かな声で陽葵が訊く。 「え?」 「見返りがあるとはいえ、好きでもない人と定期的にキスをしなきゃいけないんですよ?」  言われて四葉はうっ、と言葉に詰まった。  菖との『仕事』を引き受けた理由。  自分には膨大な霊力を生成する力があり、それが原因で災厄を招いていたのだが、逆に菖は霊力の生成量が極端に少ないので、余剰な霊力を提供することで、菖は好きなだけ戦えて、四葉も不幸体質が改善するから、である。  その提供方法が、口移し、キスくらいしかまともな方法がないのだ。 「……ま、まぁ、うん。まだちょっと、恥ずかしい気持ちもなくはないけど、わりと慣れてきちゃったし……。人工呼吸だと思えばいいかな、って感じだから」  正直、学校でも人気者で、びっくりするほど美人な菖とのキスは、最初は本当に恥ずかしくて堪らなかった。  けれど今は、恐ろしい悪霊たちに一人で立ち向かい、霊力切れで疲れ切った菖を回復させなければ、という使命感のようなものでしているので、以前ほどの恥ずかしさはもう殆どない。 「……それに、取り柄なんて何もないと思ってた自分にも、何か人の役に立つことがあったって分かって、むしろ嬉しいというか」  平凡な自分が、美人でカッコイイ同級生の助けになるなんて、思ってもみなかった話だ。  そういう四葉を、陽葵がどこか嬉しそうに見つめる。 「じゃあ四葉くんは、好きな人とかはいない感じなんですか?」 「あはは、うん、それがもうまーったく! 恋愛とかしたことないし、いるとしたら家族くらいだもん」 「……ご家族のこと、本当に大切にしてるんですね」 「うん。昔から運もないし、不幸体質なせいでいっぱいケガとか入院とかしてて、その度に心配ばっかり掛けてるけど」  見た目は似てないけれど、優しくてあったかい家族。 「でも、この『仕事』始めてから、不幸体質がちょっと治って、家族に余計な心配かけなくなったの、すごく嬉しくて」  家族が笑っていてくれるためなら、なんだって頑張れるのだ。  二人は渡り廊下を渡って、本校舎の西側にある、特別教室棟へ入り、一階の端にある教材室へと辿り着く。  それから教材室の本棚に資料集を並べて、任務は完了だ。 「手伝ってくれてありがとう」 「いえいえ」  本棚にしまうところまで手伝ってくれた陽葵に、四葉は改めてお礼を伝える。  教材室を出ようとしたタイミングで、陽葵がああそういえば、と思い出した顔をした。 「あ、今日は『仕事』はありませんので、お昼はクラスメイトの方とゆっくりとってください」 「そうなんだ、分かりました」 「あと、連絡先の交換しておきましょうか。事前に分かってたほうがいいですよね」 「……それもそうだね」  いつも『仕事』が平日だけのせいか、もう二ヶ月近く一緒に行動しているのに、連絡先を交換していなかったのを思い出す。  それから二人ともスマホを取り出すと、メッセージアプリの連絡先を交換した。 「菖の連絡先も教えておきますね」 「えっ、いいの?」 「はい。菖はどうせ必要最低限しか使わないですし、緊急時用と思ってください」 「分かった」  菖の分も登録し、ひとまずこれで、昼休みに突然お迎えがやって来て教室を騒がせる、というのもなくなりそうである。 「それでは」 「うん、またね」  陽葵が小さく頭を下げ、教材室の隣にある図書室のほうへ向かうのを見送って、四葉は教室へと戻った。

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