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第69話 ラーデン ティエンダ
すごいものを見た。
あれが本物の「婚約者」なのか。
俺達は今まで何をしてきたんだ?
何年も婚約者やって、昨日手を繋いだなんて…。
フロイントは俺を不甲斐ないと思っているのかもしれない…。
変わらないと…。
「フフフフロイント。」
「ひゃいっ。」
しまった、俺が変に呼んでしまったのでフロイントが怯えてしまった。
この後どうしたらいいんだ?
「あ…えっと…部屋まで送ろう。」
「…はい。」
嫌だ。
まだ一緒にいたい。
何故そんなことを言ってしまったんだ。
悔しいが立ち上がりフロイントの部屋まで送ることにした。
足取りは重いのに、フロイントの部屋まで確実に近付いている。
もうすぐ部屋だというときに気付いた。
手を繋いでいれば良かった。
確かグラキエスは出ていく時イグニス様の腰に触れ、流れるような仕草で不快な思い等させることなく相手を引き寄せていた。
そこまでの事は出来ないが、手を繋ぐのは俺にも出来る…はず。
なのに何で手を繋ぐことなく歩いてきてしまったんだ。
談話室から部屋までの距離を無駄にしてしまった。
今から手を繋いでも良いだろうか…。
「フッ…フロイントッ」
「ありがとございます。」
「へ?………あっ」
気が付けばフロイントの部屋の前だった。
終わりなのか?
もう離れなきゃ行けないのか…。
「………。」
離れたくない。
まだ、一緒にいたい。
「…ぁの…少し…寄って…いきますか?」
「い゛い゛のか?」
あまりにも嬉しくて声を強めてしまった。
「…はぃ。」
「お邪魔する。」
「はい。」
扉を開けてくれるフロイントの背中を見つめていた。
「どうぞ。」
「あっあぁ。」
グラキエスの言葉が頭に残り緊張が増していた。
「少しは婚約者らしく…」あの二人を見ていたら、俺は全く婚約者していなかったことを知り婚約者失格だった。
「フフフフロイント。」
俺はいつになったらフロイントをまともに呼べるんだ?
「はいっ」
「手を繋いでもいいか?」
「…はいっ。」
ん?手を繋ぐだけでいいのか?
グラキエスは婚約者を膝の上にエスコートしていた。
おっ俺も…。
「いやっ…」
フロイントの手を迎えに行ったが既の所で拒絶してしまった。
「え?」
困惑したフロイントに気付かず俺は必死に膝へのエスコートを試みた。
「おおお俺の…俺の…俺の…ひひひひ膝に…座らないか?」
「………。」
フロイントからの返事が無いことで、間違ってしまったことを知る。
手を繋いだばかりなのに膝の上だなんて。
いくら正しい婚約者同士を見たからと言って、焦りすぎた。
俺達にはまだ早過ぎた。
「…すまん…急ぎすぎた。」
「いいいいえっあのっすすす座らせてくだひゃぃ。」
「…いいのかっ?」
「…はぃ。」
フロイントの手を取り震える手でエスコートした。
ゆっくり俺の膝に座り体重を掛けないようにしているのかフロイントはとても軽かった。
見つめ合う事は出来ないが「膝に座らせる」ということには成功した。
「「………。」」
座らせてからも緊張は増していった。
落ち着こうと深呼吸するも、フロイントからの香りで脳が痺れていく。
「…重く…ないですか?」
「…全く。」
重くなんか無い。
寧ろ軽すぎて心配になる。
「体重を掛けても大丈夫だ。」
「ん?はい。」
それでもフロイントの重さは変わらなかった…まさか、こんなに軽いのか?
「「………。」」
フロイントについて考えていたら、沈黙が続いていた。
またもや、俺は失敗していた。
会話を…会話…会話…会話。
頭が真っ白で何を話すべきか全く思い浮かばない。
会話がないなら帰ってと言われるのではと不安になり会話を探すも見つからない。
早く会話を…。
まだ一緒にいたいんだ。
「グ…グラキエス様と仲が良いんですね。」
会話をくれた。
フロイントは優しいな。
「仲がいいかは分からないが、最近話すようになった。」
「そうなんですね。」
「グラキエスが調理場で料理している所に偶然居合わせて、彼の料理を少し頂いたんだ。」
「グラキエス様が料理を?」
やはり驚くことは同じだった。
完璧でいて、貴族の中の貴族。
例え記憶喪失だったとしても料理の記憶が甦るなんて事はないだろう。
記憶喪失後に得た知識でもまさかの料理。
やはり彼は記憶があろうと無かろうと秀才なんだ。
「あぁ俺も驚いて見ていたら初めて見る料理に興味が湧いて、少し貰ったんだ。そうしたらとても美味しく店にしたら流行ると思いグラキエスに提案した。」
「お店ですか?」
「あぁ。それからファッセンとリアンも交え、場所や料理人などを探している。」
「そうなんですね。」
「完成したら見に来てくれるか?」
はっ、すんなり誘えた。
「もちろんです。」
「そうか、その時は俺が案内するから。」
「はいっ。」
フロイントとの約束が出来た。
それから途切れることなく会話をした。
何から何までグラキエスのお陰だ。
グラキエスがいなかったら、婚約者出来ていなかっただろう。
明日もお礼しないといけないな。
「ん?もうこんな時間か…。」
しまった…言わなければ気付いていないと言うことでまだ一緒に居る事が出来たのに、いつの間にか大分時間がたっていた事に驚いて声に出してしまっていた。
膝の上での近距離でする会話も抵抗がなくなり、まだ離れたくはないが時間を知ってしまった以上居座ることが出来なくなってしまった。
今日はもう諦めるしかないのか。
フロイントも同じように考えたのか、あっさりと俺の膝から降りてしまった。
名残惜しかったが女々しいことは言えずにいた。
立ち上がりフロイントを視線で追う。
…離れたくない。
扉を開けられ帰るよう促される。
部屋を出て振り向いた。
「明日も来ていいか?」
「はい。」
「なら。また明日。」
「はい、明日っ。」
明日の約束を取り付けた事で安心できた。
フロイントも笑顔だったので俺と同じ気持ちでいてくれたのだろうか?
なかなか扉を閉めないフロイントと見つめ合っていた。
「閉めないのか?」
「…はぃ…ぇっと…おやすみなさい。」
「あぁ、おやすみ…。」
「…気を付けてください。」
「あぁ、フロイントも直ぐに寝ろよ。」
「はぃ…。」
俺達は部屋の中と外で見つめあったまま、なかなか離れられずにいた。
「…じゃあ行くわ。」
「…はぃ」
別れの言葉を言ってもフロイントは扉を閉めることがなかった。
「フロイント危ないから先に扉を閉めてくれ。」
「危ない?」
「心配なんだ、無事なのを見送らせてくれ。」
「それは僕もです。」
フロイントの言葉は嬉しいが先に閉めてほしい。
でないと俺が安心できない。
「「………。」」
お互い譲らず数分見つめ合っていた。
「今日は俺が見届ける。」
「明日は僕にくれますか?」
「あぁ」
俺の強引さが勝った。
「わかりました…ティエンダ様また明日。」
「あぁまた明日。」
………ガチャ
扉は音もなく閉まり、施錠の音を確認した。
がさつな俺なら扉の閉まる音が響くのに、フロイントは全てに優しいんだな。
閉まってしまった扉に触れ、眺め続けていた。
なんて幸せな時間だったんだろうか。
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