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プロローグ
この世界には昔から、人間以外の生命体が住んでいると言われている。
否、人間のような姿を持った知的生物というのが正しいのかもしれない。
けれども、この世界に生きる人々はその生命体の正体を知らない。
悪魔なのか、神なのか、それ以外の異界の生き物なのか。
何もわからないまま、その生命体と永き時間を生きてきた。
そしてやがて、得体のしれないそれらを怪奇と呼ぶようになった。
「濃霧に迷うと、鈍色の手が降ってくる」という謳い文句を添えて。
だからだろうか、いつからか大人達が幼子達にある言葉を言い聞かせるようになった。
「霧が出たら家を出てはいけないよ」と。
「霧が出ると、怖い大きな手が攫いに来るよ」と。
小さい頃の僕も律儀にその言いつけを守っていた。
攫われたくないとかではなく、親と離れたくなかったから。
大好きな友達や周りの人達とお別れしたくなかったから。
でもそれももう意味はない事になってしまった。
頑なに守ってきた暗黙の約束だったのに。
僕は出会ってしまった。
鈍色の大きな手と。
会ってはいけない手に。
会いたいと思ったその手に。
深く濃い、不気味な霧の中で僕とそれは会い続ける。
誰にも気づかれない霧の中で。
プロローグ END.
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