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 きっかけは父の単身赴任。ちゃんと食べているのか、掃除や洗濯はできているか。そう心配した母は月に一度は県外まで様子を見に行くようになった。  仲の良い両親で、父も積極的に家事をしていた。ひとり暮らしで困ることなんてなさそうだったから、単純に母が父に会いたいだけなのだと思う。  両親がいないとなると、家には俺ひとりになる。とはいえ、ほんの数日。料理が嫌ならコンビニもある。良い息抜きだ。  親がいないとゲームがしやすくていい。そう思ってくつろいでいたら、幼馴染の隆生(りゅうせい)が家まで押しかけてきた。その手にはポテチとコーラ、それにかなりお高いミルクアイス――俺の好物。  一緒にゲームがしたいと言われて、まあ、暇だったし、ダッツがあるならと招き入れた。お互い大学も合格して受験勉強からは解放されたから気楽なものである。  冷蔵庫から麦茶を出して、代わりに隆生が持ってきたコーラを冷やす。もちろんダッツは即、冷凍庫に入れた。 「俺がこのゲームに勝ったら、今夜泊めて」  隆生にそう言われて、少し躊躇った。  だって。ひと晩二人きりなんて。こいつは何も気にしないだろうけど――  プレイしていたのは対戦型のパズルゲームで、俺と隆生の力量は拮抗していた。 「お前さ。泊まるって、ちゃんと親には断ってあるんだろうな?」  ゲームの合間にそう尋ねた。こいつのことだから、家出とかではないと思うけど、一応。 「(とおる)くんの家なら良いよって言われてる」 「そうなの?」 「うん。むしろひとりで寂しいだろうから、一緒にご飯食べておいでって」 「それ、もうゲームの勝ち負け関係なくないか」 「そうかも」  二人でピザでも取りなさいとお金までもらっているらしい。マジか。 「あ」  一瞬の判断ミスで、画面の中ではブロックが積み上がる。 「おっしゃ、俺の勝ち!」  勝ち誇ってにやつく隆生が憎たらしい。  俺はコントローラーを雑に置いた。 「ピザ頼もう、ピザ」  スマホで店舗を検索する。隆生が俺の手元を覗き込んでくる。 「どれにする? なあ、二枚にしよう。二枚に」 「いいけど……あ。一枚はこれにしよ。シーフードバジル」 「透はシーフードピザ好きだよな」 「シーフードピザがって言うか、イカとエビが好きなの」  隆生の母親とうちの母が仲の良い友人同士で、俺と隆生は幼稚園の頃から何かと一緒に過ごしてきた。お互いの好みもわかるくらい。  シーフードピザと照り焼きチキンのピザを頼んで、待つ間またゲームをした。  ピザは美味しかった。ポテチとコーラも。パズルゲームは隆生が、レースゲームは俺が勝ち、大きな差がつかないまま、なんとなく飽きてアニメを見始めた。 「なー。透って、彼女とか好きな子とかいんの」 「…………っ、いない、けど」  不自然に声がつかえて、俺は焦った。  知られたくない。今はまだ。俺が隆生を恋愛対象として好きだなんて。 「キスは? したことある?」  なんでそんなこと聞くんだ、こいつは。 「ない。けど、別にいいだろ、そんなの」  隆生が「んー」と曖昧に唸って俺を見た。 「……そうだね、まあいいか。ところで、風呂どうする?」 「どうするって。それは俺のセリフだよな。俺ん家の風呂だし」 「すぐ入る?」  だから俺が決めるんだって。人の話を聞け。 「……掃除してくるからちょっと待て」 「りょーかい」 「はー、最高」  風呂上がりにダッツ。贅沢だよなあ。 「ひと口ちょうだい」  隆生が擦り寄ってくる。  距離が……近い。顔色に動揺が出ないように必死だ。ダッツの味がわからなくなりそう。 「……なんでだよ。お前、自分の分は。これは俺のダッツだぞ?」  隆生が苦笑した。 「それ、ピザと違って俺の小遣いで買ってきたからさ。二つ買う余裕なくて」 「仕方ないな……」  そういうことなら分けてやろうと、皿とスプーンを取りに行こうとした。 「ああ、それで良いよ」  隆生が俺のスプーンを奪って、そのまま口に含む。気のせいか、わざと見せつけるように。  俺の食べかけを隆生が食べている。そして、そのスプーンで俺にもっと食えと言う。間接キスだよな、これ…… 「食わないの? ほら、あーん」  口元までアイスを運ばれて、流石に顔が赤くなる。 「食べろって。透」  妙に真剣な目をした隆生から逃げられなくて、俺はアイスをぱくりと食べた。  満足そうに隆生が笑う。こいつ、なんでこんな顔するんだ。 「もうひと口」  促されて、口を開いた。  ダッツの最後のひと口を堪能する。 「なあ」  空の容器をテーブルに置いて、隆生が距離を詰めてきた。近い。 「透ってさ、俺のこと好きだよね」 「…………は?」  誤魔化しきれなかった。耳も頬も真っ赤になっているだろう。 「同性の幼馴染とはいえ、好きな相手を家に泊めて、しかも二人きりとか……どんな気分?」 「りゅう、近い……」 「うん、わかってる。わざと」  隆生の指が俺の耳に触れた。 「真っ赤になっちゃって。かーわいい」 「え」  今、なんて。可愛い? そう言われたのか? 「隆生?」  耳の縁をつうっと撫でられる。ゾワッとして体が跳ねた。 「ちょ、やめ……!」 「嫌なの?」  嫌じゃないから困るんだよ!  そう口に出すこともできなくて、俺は隆生を睨んだ。  フフッと笑われる。 「なんだよ。触るな」  手を振り払おうとして、逆に手首を掴まれた。 「透」  隆生が俺の耳元で囁く。 「今夜、泊めてくれるんだよね?」 「……そ、れは、まあ……」  もう約束したようなものだしな。 「ね。キスしてもいい?」 「は!?」  待て、なんでだよ。  俺は隆生から離れようとした。でも、手首は掴まれたままだし、足を押さえるように膝に乗られて、動けない。 「待てって、隆生……」  頬に、ふにっと柔らかなものが触れた。  隆生が笑う。 「口にされると思った?」 「お前……! からかうなよ」 「からかってるつもりはないけど」 「じゃあ、なんでこんな。離せよ」 「やだ」  あいにく、俺より隆生の方が体は大きいし、力も強い。逃げられない俺を見て、隆生が言う。 「嫌なら本気で抵抗して。そうじゃなきゃ、やめない」 「何言って……ひゃっ」  隆生が俺の首筋を舐めた。声が抑えきれない。 「や、やめ……ぁッ」 「ねぇ。透、気持ちいい?」  そんなの、答えられるわけがない。  どうにか抵抗しようとする俺の手を躱して、隆生がべたべたと触ってくる。シャツがめくり上げられて、これ以上は冗談では済まないと、本気で叱りつけようとして――目が、合った。  ギラギラと欲の籠った眼差しに、射抜かれる。 「隆生……」 「ん、何? 嫌ならもっと本気で嫌がってよ」 「なんでこんなことすんの」  なんだか……隆生が、俺に触れて興奮しているみたいに見えて。だとしたら、それは。  隆生が一瞬きょとんとして、俺を押さえつける力が緩んだ。 「え、なんでって……わかんない?」 「だって、お前何も言ってないだろ」 「え、そうだっけ?」  隆生の顔が赤くなる。 「あー。待って。もしかして俺、ヤバいことしてた? なんか一方的に襲おうとした?」 「……そうだな」  隆生が気まずそうに視線を泳がせる。 「いや、なんか、ごめん」 「謝らなくていいけど……言うことがあるだろ」 「うん……」  隆生がじっと俺を見つめた。 「その。透」 「何?」 「……好き。だから、その。触らせて」 「いいよ。俺も好きだよ、隆生」  俺は初めてキスをした。  二人でぎゃあぎゃあ言いながら、男同士の作法を調べた。お互いの小遣いを出しあって、深夜まで営業している近所のドラッグストアに買い出しに行った。  ゴムなんて今まで買ったことはなかった。それも、男二人で店に来たのを見られている。俺はかなり躊躇ったけど、隆生は堂々とレジに品物を出した。店員も余計なことは言わなかった。  なんだか、俺ひとりだけが取り乱しているみたいだ。  家に戻って、どうにか準備をして。緊張しながらベッドに移動する。 「透」  熱を孕んだ目で見られて、落ち着かない。 「本当に、俺がこっちでいいんだな?」  押し倒されて、こくりと、頷いた。  初めてで、なんの経験もない。ただ、お互いに好きなだけ。俺は隆生を受け入れたくて、羞恥に耐えた。けど、指で中を探られても、異物感ばかりで。これが本当に気持ち良くなるのかと困惑した。 「痛くない?」 「痛くはないけど……」  でも、快感があるわけでもないし、狭すぎて繋がるのは無理っぽいし。 「前、触るぞ」  隆生が俺の欲の中心に手を伸ばした。異物感で萎えたそこを扱かれる。あ、気持ちいい…… 「りゅう、」 「気持ちいい?」 「ん、ああ……」  隆生の器用な指が中を広げていく。同時に前を擦られて、だんだんと異物感が和らいでいった。 「あッ……あぁ、隆生……」 「今日は無理せずに気持ち良くなろうな、透」 「ぅん、あァ、気持ちぃ、好き、りゅう、すき」 「ああ。俺も好きだよ」  抱き起こされ、膝に乗せられる。あ、これ対面座位だよなと思ったら、隆生が大きな手で二人分のモノを擦り合わせた。 「ァ、隆生。だめ、無理、もたない……ッ」 「出していいよ、透」 「あ、あ……んっ、ぅ……」  俺が達しても隆生は手を止めず、腰をビクッと震わせて、吐精した。  翌日も休みだったから、俺たちはかなりの時間をベッドでいちゃいちゃして過ごした。 「ねぇ。また泊まりに来ていい?」 「……俺はいいけど。親にバレない?」 「んー」  あまり頻繁に泊まりに来るのも、まずい気がする。そんな俺の考えは、予想外の返事に吹き飛んだ。 「どうせもうバレてるからなぁ」 「……え?」 「俺が透を好きなのも、透が俺を好きなのも、気付かれてるよ」 「……嘘。そうなの!?」  隆生があっさり頷く。 「うん。多分おばさんも知ってる」  隆生が言う「おばさん」はうちの母のことだ。 「いや、え? 本当に?」 「うん」  俺はなんともいたたまれない気分で項垂れた。 「うわあ……マジかぁ……」 「ちなみに、泊まるって言ったら、無理強いするなって言われた。それと、ちゃんとゴム使えって」 「……な」  なんだよそれ。もう公認なのか、そうなのか? 「そういうことだから。これからもよろしく」 「いや、よろしくって……」  全部親に筒抜けとか。恥ずかしすぎる。  隆生が微笑み、耳元に顔を寄せてくる。 「いつか、ちゃんと抱かせて」 「あ、ああ……それは、もちろん」  俺は真っ赤になって頷いた。

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