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第1話 

「私に触るな」 「あっ……!」 俺は、この世界の主人公(ウケ)階下へ突き落とした。 薄桃色のふわふわな髪を揺らしながらその細い身体が宙を舞い、階下にいた取り巻きたちによって無事にキャッチされる。 よし、予定通り。 「おい、ジョアン! 今、わざとネルロを突き飛ばしただろう!? 下手をしたら、怪我ではすまなかったぞ!」 「ネルロの人気や能力に嫉妬して危害を加えようとするとは、貴族の風上にも置けないやつだ……!」 こちらに向かって、「攻」である取り巻きたちがキャンキャンと吠えた。 俺はその言葉を右から左へと流しつつ、冷たい視線を送るという(てい)でネルロを観察する。 狙って落としたとはいえどこも怪我をしていないようで、心の中で安堵した。 「下賤の者が、許可もなく私に触れようとするからだ」 俺はただそう言ってくるりと方向転換すると、その場を颯爽と去ろうとする。 最近は不眠が続いているから、どこか仮眠できるところへ行きたかった。 「ジョアンのやつ、謝りもしないで……っ」 「僕なら大丈夫だから」 俺から突き落とされたというのに、周りの奴らを宥めようとする、優しい主人公(ネルロ)の声から遠ざかる。 ありがとう、そして悪いな、ネルロ。 お前はそうやって周りの好感度をあげて、しっかりハッピーエンドを迎えてくれ。 俺はこれからも処刑される日までお前を虐め続けて、悪役令息という役をきっちりこなすから。 俺の向かう先では、俺を避けるように、さぁ、と人の波が引いていく。 どこを見ても、男、男、男……女は、いない。 なぜならこの世界は、異世界BLの世界だから。 だから俺は、女性という性別が存在する元の世界に、さっさと戻りたいんだ……!! *** ある日フードデリバリーのバイトをしていた俺は、自転車を漕いでいる最中、車道の中央にでんと構えていっこうに動こうとしない黒猫に気づいてしまった。 後ろから迫る、乗用車。 助けようとしても、間に合わない。 俺は咄嗟に公園の花壇に敷いてあった小石を数個手に握り、驚いて逃げてくれればいいと願って、その黒猫に向かって投げつけた。 黒猫は俺のほうへと真っ直ぐに向かって走り、これで乗用車に轢かれることはないだろうと安堵した瞬間、俺はその黒猫と共に真っ白な空間へと移動した。 「――イイデスネ! ナンノ罪モナイ可愛イ猫ニ向カッテ、石ヲ投ゲツケルソノ行為! 正ニ悪役令息ノ役ニ相応シイ!」 ただでさえ真っ白な空間で唖然としていた俺は、猫がしゃべりだしたことに、更に驚いた。 「アナタヲ男シカイナイ異世界BLノ世界ヘゴ案内シマス! 思う存分、悪役令息トシテ主人公ヲ虐メ抜イテ下サイネ!」 「いやいやいやいや、ちょっと待てよ。むしろ俺、お前を助けたつもりだったんだけど!?」 「……エ?」 黒猫曰く、異世界の主人公を虐める悪役令息という役目を担えそうな男を探していたらしい。 そして俺が石を投げつけたことで、黒猫は俺がその役にぴったりだと誤解をしたらしい。 俺は真っ白な空間に飛ばされた時点で異世界BLの世界とやらに行くことが決まってしまったらしく、元の世界に戻るには、その世界の役目をまっとうしなければならないそうだ。 具体的にどのレベルまで虐めればいいのかを尋ねれば、死なない程度にと言われて俺は頭を抱えた。 悪役令息は主人公が誰かと結ばれハッピーエンドを迎えた時にバッドエンドを迎えることが決まっており、処刑された時に元の世界に戻ることができるらしい。 「いいことが何一つない……」 絶望する俺に、黒猫は一生懸命フォローを入れた。 「デ、デハ特別ニ、処刑サレル時ニハ痛ミヲ感ジルコトガナイヨウニシテアゲマスカラ!」 「俺が拘束される時間ってどれくらいなの? 親の借金を返さないといけないから、逃げたとか思われても困るんだけど……」 「大丈夫、キチントサッキノ時間軸ニ、戻シマス!」 「じゃあ俺、男しかいない異世界とやらでタダ働きした上に殺されて、また借金地獄の世界に戻って来るってことか……」 「ワ、ワカッタ、借金ハ返済シテオイテアゲルカラ!」 「――え? いいの?」 まさかの黒猫の提案に、しおしおとうな垂れていた俺は目を輝かせる。 親の借金三千万がなくなるなら、それはむしろ仕事だと思って差し支えないのではないか。 「因みに、万が一処刑されなかった時は、どうなるんだ?」 「ソノ世界ニ取リ込マレルダケデスヨ」 つまり、元の世界に戻れなくなるらしい。 元の世界に戻れないこともままあるらしく、確率的には五十分の一くらいの確率だそうだ。 それが低いのか高いのか、俺には判断がつかない。 「ジャア、頑張ッテ! タマニ様子ヲ見ニ行キマスカラ!」 人を虐めることを応援されても、こちらとしては複雑だ。 処刑されるレベルの虐めか……靴を隠すとか、虫のオモチャを机に入れるとか、小学生レベルの虐めじゃダメなんだろうな。 「主人公ヨリモ、君ヘノ好感度ガ下ガルヨウニネ!」 「そうか、わかった」 こうなったら、腹を括るしかない。 やってやろうじゃないか、悪役令息。 ――こうして俺は、黒猫から与えられた任務をまっとうすべく、借金返済のため、日々悪役令息役に勤しむこととなった。

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