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恋愛はしてないけど結婚した夫夫のお正月【短編】

 白味噌を溶かした鍋に丸餅がぷかぷかと気持ちよさそうに浮かんで煮込まれている。里芋、大根もこれまた温泉でくつろいでいるかのように静かに浮かんでいる。関西風のお雑煮だ。  僕は東京生まれの東京育ちだけれど、生まれが関西の母はお正月になるとこの関西風の雑煮を作った。京人参は桜の形に型抜きをしたのでレンチンをした後に最後に投入した。ぐちゃぐちゃになったら嫌だし。沸騰する直前で火を止めて、漆のお椀に盛り付ければ完成だ。大変、雅で可愛らしい。 「恭平くん、お雑煮食べる?」  恭平くんはこたつの中で猫背になりながらぼんやりしていた。先ほど起きた恭平くんは、まだパジャマのままで寝ぐせも直していない。テレビでは駅伝が中継されている。一応つけてはいるが、真剣に見てはいないようだ。 「うーん…食べる」  食べないと言われても二人分作ってしまったので出すが。僕はシンプルな祝箸とお椀をこたつの上に出した。 「わーい、可愛くできたなー」  僕はスマホで写真を撮る。昔はSNSなんかにアップをしていたが、それも飽きてただ記念に残しているだけだ。恭平くんはいただきますとぼそぼそ言いながらずずっと汁を啜った。 「あー…染みわたる…」  恭平くんは僕より二つ下の三十八歳だが、起きた瞬間から既に疲労困憊だった。まあ、それも仕方ない。昨日、恭平くんは実家に帰り、まだ小さい甥や姪の遊び相手として奮闘していたのだ。恭平くんの親族は多い。元旦は基本的に親族全員が集まって飲めや歌えやの騒ぎらしい。 「お疲れだねぇ。食べたらもっかい寝たら?」 「うーん、それはそれでもったいないしな。初詣、行こうって言ってたじゃん」 「え、一緒に行ってくれるの?」 「行くだろ、それはさすがに…」  僕と恭平くんは結婚している。数年前、同性婚と夫婦別姓が認められるようになり、同性はもちろん異性同士の夫婦やカップルの在り方が変化した。多様性という言葉で括るのもいかがなものかと思うけれど、まさに多様なカップル、いや生き方が爆誕した。  僕たちもちょっと特殊な結婚をしている。結婚しているが、恋愛はしていない。あえてカテゴライズするなら友情婚といったところだろうか。 「僕と出かけるの嫌なのかと思った」  僕がちょっと意地悪を言うと 「あ、お前、そういうの良くないから」  恭平くんはムッとしたように言い返してきた。恭平くんはちょっと精神年齢が子供だ。仕事はできるし真面目だが煽り耐性がない。なんというか気も利かない。それゆえか女性に振られ続けている人生だ。そう、僕は同性愛者なのだが、恭平くんが異性愛者である。今まで付き合ってきたのはみんな女性。同性愛者の仲間にそれをいうとノンケを落としたと羨ましがられるが、別に落としてはない。落ちてもらいたいところではあるが。 「冗談だよ。まあ一緒に近所行けるくらいには成長したんだね」 「…………」  結婚当初、恭平くんは一緒にマンションのドアから出ることすらためらった。同性愛に偏見はないとは言っていても、当事者になるのには抵抗はあったのだろう。もちろん恭平くんのご家族は僕が夫だと知っているが、従兄弟やら叔母やらの親族は知らないのだ。紹介をしてもらってない。別にいいけどね。でも拗ねていないと言ったら嘘になる。 「来年の…正月には連れてくから…親族会」  さすがに何かを察したのか、非常に歯切れの悪い言い方で言う。 「やだなあ、無理しなくていいよ」  と口では言うものの、ちょっと意地悪するくらいは許されたい。  「でも、めちゃくちゃ大変だから。マジで生気吸い取られるから、色んな意味で」 「大丈夫だよ、俺も小さい子のお世話結構得意だよ?」  僕にも年の離れた妹がいて子供の相手は得意な方だった。 「それだけじゃないよ。結婚はまだなの?とか子供はいらないの?とか、そういう圧力…。さすがに言われなくなったけど、じじばばの無言の圧はきついぞ」 「え~、だからこそ俺のこと連れてったら一発で黙らせられるじゃん」 「いや、絶対にああここは子供はないのねって余計な同情の目で見られる」  雑煮をすっかり食べ終えた恭平くんは空になったお椀を手慰みにつつきまわしている。 「それは仕方ないんじゃない?昭和脳ってそんなもんでしょ。俺らも昭和生まれだけど」  僕はお茶でも淹れようと席を立った。 「俺はもう慣れてるけど、(はじめ)が嫌な思いをするのはなんかヤダ」  恭平くんはほんとに嫌そうに顔を顰めた。おやおや?僕の心配をしている?あの恭平くんが? 「あれ?俺のこと、愛しくなってきちゃった?」  僕が揶揄うように言うと恭平くんはちげーよ、ばーかと言ってこたつに潜り込んでしまった。  皿を洗いながらやかんに火をかける。小さなモスグリーンのホーローのやかんは僕のお気に入りだ。緑茶のティーバッグをお揃いの陶器のマグカップにいれてお湯を注ぐ。このペアカップはこの新居に越してきた時に母がくれたものだ。深い青の釉薬がかけてあり、ところどころに金箔が散りばめられている。こういう陶器の良さを、僕は最近やっと分かってきた。湯気と緑茶の香りがふわりと広がる。  今日は晴れていて暖かそうな日差しがリビングに差し込んでいた。僕はこの温かな空間に一人でない嬉しさを知ってしまった。恭平くんといるこの空間が好きだった。 「恭平くん、緑茶飲む?」  僕はこたつの上に二つのカップを置いた。返事がないので、一人でお茶をすする。駅伝の実況が聞こえる。お正月ってかんじだ。緩やかで清潔な空気。  僕は恭平くんの存在を感じながら、お茶をすすっていたがすっかり飲み干してしまった。ぽかぽかと温まった体はこれ以上動くのを嫌がっている。完全に嫌気がさす前に初詣に行きたい。 「恭平くん、初詣行かないの?」 「うーん…」  こたつで丸まっているうちにウトウトしていたらしい恭平くんは、ぐずる子供みたいにうんうん唸った。僕は恭平くんに覆いかぶさるようにすると、耳元で囁いた。 「それとも姫始めでもする?」 「ばっ!!しねーよ!」  恭平くんはこたつから猫のように飛び出してリビングを出て行ってしまった。 「十分後に行くからー!支度しろよー!」  洗面所の方からひげを剃る音が聞こえる。 「はーい」  と言いつつ、いつも恭平くんは出るのが遅い。まあ、今日はお正月だしね。ゆっくりでいいだろう。僕もこたつの電源を切ると、コートとマフラーを取りに立った。

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