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第29話 薄桃色に咲く、白い花2

◇ 『月本さーん! あ、白藍さんだった! すみません、事故が起きたらしくて、検査機器が回らなくなってるんです。急患の透視お願いできませんか? 休日なのにすみません!』  プルシアンでの幸せな夜が明けた朝、知紀の部屋で彼と那月くんにコウと結婚したことを報告していると、当直の石田さんから応援要請が入った。検査機器が足りないのであれば、命の灯火が消えるか否かは僕にかかっている。否応なしに出勤しなければならないので、僕はすぐに立ち上がった。 「はい、すぐ行きます!」  そう答えてすぐに電話を切った。そして、知紀へ退席を詫びると、彼は 「気にするな。行ってこい」  と言って笑ってくれた。  僕はその笑顔にまた泣かされそうになってしまう。強がりではないその言葉が出るのは、彼が幸せだという証拠だと思ったからだ。 「雪弥さん、俺も行きます」  知紀の隣に座っていた那月くんも立ち上がり、僕と共に救命救急センターへと走る。 「ごめんな! 話はまた改めて。行ってきます!」  バタバタと走る僕たちの背中に、それぞれのパートナーの声が響いた。 「お互い忙しいパートナーを持つと大変だな」  コウが知紀にそう言っているのが聞こえた。知紀はそれを聞いて、嬉しそうに 「そうだな」  と答えている。  二人の間にも、友情が芽生えているようだ。知紀が自然体でいるということが、空気を通して僕にも伝わって来た。 「あの、雪弥さん」  僕の隣を走りながら、那月くんが何かを言おうとしている。それがどんな事なのかは大体想像がついているけれど、僕は敢えて 「何? どうかした?」 と訊いた。  那月くんは涼介と違って、とても控えめで初心だ。恥ずかしそうに唇を引き結び、その頬を真っ赤に染めながら、僕へある決意表明をしようとしてくれている。それは分かっているから、彼のタイミングで話し始めてくれるのを僕は待っていた。 「あの、お、俺が兄の分も、知紀さんのことを必ず幸せにしますから。……雪弥さんもコウさんと幸せになってくださいね」  照れながらもなんとか勇気を振り絞ってそう言ってくれた那月くんは、耳まで赤くなっていた。それを見ていると、その顔に涼介の笑顔が見える気がする。  きっと彼は、この結末を悲しんだりはしないだろう。知紀の幸せを誰よりも願っていた彼だから、那月くんを可愛がっていた彼だから、二人が幸せに生きていくことを許して見守ってくれるに違いない。 「うん。ありがとう」  僕も、ようやく心につかえていた重たいものが、するりと解けて流れて消えていくような気がした。ふっと体が軽くなったのも、きっと気のせいじゃない。長く苦しんだみんなが、少しでも幸せに暮らせるのなら、こんなにいい事はないだろう。 「——やっと少し涼しくなってきたよね」  痛む鼻をつまみながら、僕はそう言って少し高くなった青空を見上げた。 「そうですね」  隣で那月くんも同じことをしていた。赤くなる目を隠しながら、肌を滑る風を受ける。  その中にコウの匂いを感じた。振り返ると、彼はまだ知紀と共に玄関先に立って、僕たちの方を見ている。二人とも穏やかに笑っていた。その姿に、また胸が詰まる思いがした。  両手を広げて、深く息を吸い込む。身体中にそれを巡らせると、五感をフルに目覚めさせた。それでも、もう辛くない。僕はいつも守られているからだ。  コウと僕は、正式なパートナーとなった。夫夫であり、ボンドを結んだ関係。何にも変え難い、大切な存在だ。  お互いの関係はもう何も隠すことはなくなっていて、どこでも自然に二人で寄り添うことが出来るようになった。  それはつまり、二人だけの秘密だったものが無くなったことを意味する。そのことが少し残念だと話した僕に、コウは教えてくれた。 ——「お前の胸の白蓮華を見ることが出来るのは、俺たちだけなんだ。それは、これからも変わらない。いつまでも、ずっと二人だけの秘密だ」  他の誰にもそれを咲かせる事は出来ない、この胸の白い花は、コウにしか咲かせられない、僕の喜びを表す花。 『俺はいつもお前と共にいる』  胸にコウの声が響いた。僕はとても嬉しくなって、振り返りながら大きく手を振った。  鼻先を、ふわりと甘い香りがかすめていく。  今、僕の胸には、また白蓮華が咲いているのだろう。伯林青色の苦い夏は、もう終わったのだから。(了)

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