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第10話:抗えない熱と涙目の陥落 ※

 肌に触れた、その瞬間のことだった。 「んッ……!」  不意の愛撫(あいぶ)に、ドノバンの岩のような体がビクリと大きく跳ねた。  その初々しい反応に口元を緩めながら、私の手はそこで止まらない。ごつごつとした肋骨(あばらぼね)を確かめるように()い上がり、鍛え上げられた分厚い大胸筋の膨らみへと到達する。 「……ここ、どうですか?」  私は、筋肉の鎧に守られた、その無防備な(いただ)き――尖端(せんたん)の突起を、人差し指の爪先でカリリ、と弾くように引っ掻いた。 「ひゥッ……!?」  ドノバンの喉から、裏返った悲鳴が弾けた。  ハッ! と息を詰めて腰を浮かせ、狭いベッドの上で重い体をねじって刺激から遠ざけようと激しく動いた。    予想以上の反応だ。……なるほど、合点がいった。  先ほど執拗に攻めたあの首筋も、そしてこの胸の尖端(せんたん)も。  長年、死線と隣り合わせで磨き上げられた貴方の「気配察知」の能力。周囲の僅かな動揺さえ逃さないその鋭敏すぎる神経は、実戦では生存を分ける武器となる。だが、こうして組み敷かれ、逃げ場を失った状態では――肌に触れる指先の熱さえ、抗えない過剰な刺激として脳に叩き込まれてしまうらしい。 「へえ……すごい」  私は、ガチガチに強張(こわば)って震えているドノバンの反応を、愉悦(ゆえつ)の混じった溜息と共に見下ろした。 「岩みたいに(いか)つい体をして、古傷だらけで……なのに、こんなところが、こんなに無防備なんですか」 「ち、違……ッ! た、ただ、驚いただけ、だ……っ!」  ドノバンは顔を真っ赤にして、必死に首を振って否定しようとする。  だが、私はその言い訳を許さない。「驚いただけ」という言葉の真偽を確かめるべく、今度は指先でその尖端(せんたん)をキュッと強く捻り上げ、さらに爪先を立てて、逃げる突起を追い詰めるように執拗に擦り上げた。 「あ、がッ!? 痛、や、めろ……って……ッ!」  激痛に近い鋭い刺激に、ドノバンは逃げ場のない快感に耐えかねたように、その巨躯を丸め、膝を胸元へ引き寄せるようにして私の手から逃れようと身悶えた。 屈強な大男が、私の指先一つに翻弄され、小さな子供のように身体を丸めて震えている。その無様なまでの逃避行が、私をこれ以上ないほどに煽った。  私は、逃げようとする彼の肩を強引に押し込み、耳元で低く、逃げ場を奪うように囁いた。 「……本当に、驚いているだけですか?」 「……っ、ぁ、……はぁ、はぁ……っ」 「本当に驚いただけなら、どうして爪先が触れるたびにそんなに甘い声が漏れるんですか? 拒絶しているはずの身体が、これほど熱く脈打っているんですか?」  否定しようのない生理現象を突きつけられ、ドノバンの瞳は快感と羞恥(しゅうち)でさらに潤んでいく。 「逃がしませんよ」  私は、もがくドノバンの体を自身の体重で押さえつけ、逃げ場を完全に封じた。  そして、無防備になった彼の首筋に、吸い付くような深いキスを落とす。 「ん、ぁ……っ! そ、こ……!」  敏感な首筋から、赤くなった耳朶(じだ)へ。  ジョリりとした無精髭(ぶしょうひげ)の生えた頬へ。  そして、恐怖と快感で涙の(にじ)んだ目元へ。  チュ、チュ、と(いつく)しむような雨音のような口付けを、顔中に降らせていく。 「ん……っ、く……ぅ……」  ドノバンは、もう抵抗する力も残っていないようだった。  突き飛ばそうと上げていた手は、行き場を失ったように空を彷徨(さまよ)い、やがて力なく私の背中に回された。  押しのけない。殴り飛ばさない。  元冒険者の彼なら、本気になれば私を引き剥がすことなど容易いはずだ。  だというのに、今の彼の手には、(すが)りつくような弱々しい力しか込められていない。 (……嫌じゃないんだ)  私は、涙で濡れた彼の(まぶた)に口付けた後、鼻先が触れるほどの至近距離で、とろけるような笑みを浮かべた。 「……ドノバンさん。好きです」  ダメ押しの告白。  その言葉を聞いた瞬間、私の下で極限まで張り詰めていたドノバンの体から、ふっと力が抜けていくのを肌で感じた。  私の背中に回され、(すが)るようにシャツを握りしめていた指先が、諦めたように、あるいは許すように、ゆっくりと緩んでいく。  その(かす)かな、けれど決定的な変化。  それを感じ取った私は、確信した。  ――もう、彼に私を拒絶する意思は残っていない。  内心、ドノバンも気づいているに違いない。  私に抱きしめられ、求められることを、拒絶しきれない自分がいることに。  親子ほども年下の男からの求愛。  その熱量と、真っ直ぐすぎる情熱に、彼の枯れかけていた心が、どうしようもなく(ほだ)されているのだ。  抵抗する気がないという、微かな諦めと戸惑い。  それを肌で感じ取った瞬間、私の心は、歓喜に打ち震えた。  勝利の予感が、背骨を駆け抜ける。  私は、ドノバンの耳元に、もう一度唇を寄せた。今度は、吐息を吹きかけるように、ねっとりと。 「……あんたが嫌がらないなら、嬉しい」  私は、素肌に()わせていた手を使い、邪魔な寝間着(シャツ)(すそ)を一気に胸元まで(めく)り上げた。  月光の下、無防備に(さら)される分厚い胴体。  無数に刻まれた戦士の勲章と、それを包み込む雄々しい筋肉。その「獲物」の全貌をようやく視界に収めた瞬間、私の内側で、理性がギリリと音を立てて軋んだ。  私はそこに顔を埋め、脇腹から(あばら)に沿って、熱い舌を()わせた。 「ぁ……ッ!?」  ザラリとした舌の感触に、ドノバンが身を震わせる。  私は構わず、古傷の凹凸(おうとつ)を舌先でなぞりながら、ゆっくりと上へ――先ほど指で弄ったばかりの、敏感な胸の(いただ)きへと()い上がった。  舌に伝わる肌の熱さと、硬く引き締まった筋肉が拒絶するように脈打つ感触。そのすべてが、私の空腹をさらに激しく駆り立てる。  そこで私は、あえて顔を埋めるのをやめ、上目遣いにドノバンの顔を見上げた。  自らの指先一つ、舌先一つで、この誇り高き男がどれほど無様に乱されているのか。その事実を、この目に克明に焼き付けておきたかったのだ。 「……っ、お前……」  ドノバンと視線が絡む。  私は彼に見せつけるように、目の前にある赤く充血した突起へ、ねっとりと舌先を伸ばした。  吸い付くのではない。  尖った先端を、チロチロ、と小刻みに舌先で弾き、転がし、慈しむように愛でる。 「……ドノバンさん。ここ、気持ちいいんでしょう?」  私の問いかけに、ドノバンはカッと顔を赤くし、逃げるように首を振った。 「……ち、が……う……ッ」 「何が違うんです? こんなに震えているのに。……まだ、認めないつもりですか」  岩のような胸板の上で、私の柔らかな舌先が踊るたび、ドノバンの呼吸が目に見えて乱れていく。その落差が、たまらなく愛おしかった。 「んン……ッ! あッ……!」  自分の胸が舌で弄ばれる光景を特等席で見せられ、ドノバンの理性が悲鳴を上げる。  彼は耐えきれないというように太い腕を持ち上げた。その腕で顔を覆い、この恥ずかしい現実から逃げ出そうとしたのだ。  だが、その逃避を許すほど、私は寛容ではない。 「隠さないでください」 「ッ、やめろ……見、るな……!」  私はドノバンの手首を素早く(つか)み取ると、強引に枕元へと押し付け、縫い留めた。  逃げ場を失い、潤んだ瞳で泳ぐドノバン。  無骨な監視員としての面影をかなぐり捨て、ただの「感じている男」に成り果てた彼の姿。その圧倒的な無防備さに煽られ、私の舌使いはさらに容赦のないものへと変わる。 「強情ですね。……なら、これでも『違う』と言い張りますか?」  チロチロと弾くだけだった舌を、今度は蛇のようにねっとりと絡みつかせ、先端を口内に深く含み込んだ。  ジュル、チュプ……。  静寂な部屋に、わざとらしいほど湿った水音を響かせて、強く吸い上げる。  私の口腔を充たすのは、男の体温と、あの甘い薬草の匂い。  この男のすべてを、今、自分だけが独占している。その背徳的な事実が、私の脊髄を痺れさせた。 「ひぁッ!? んあ、あ……ッ!」  視覚と触覚、に加え、自身の胸が(むさぼ)られる卑猥(ひわい)な「音」までもを聞かされ、ドノバンはもはや声を殺すことすらできない。岩のような体がガタガタと震え、首筋の血管が浮き上がり、全身を硬く強張(こわば)らせた。 「んぅ……ッ、やめ、音、が……ッ!」 「音、ですか? ……貴方の身体が、こんなに淫らな音を立てて私を欲しがっているのが、そんなに恥ずかしいんですか」  羞恥に耐えかねたドノバンが、私の拘束を振りほどき、肩を両手で押し返そうとした。  だが、その抵抗は驚くほどに弱々しい。 「はな、せ……ッ! これ以上は……!」 「離しませんよ。……こんなに愛らしい声を出しながら私を誘うのがいけないんです」  私を押し返そうとする彼の掌さえ、今の私には愛撫を求めているようにしか見えなかった。  抵抗すればするほど、貴方は私という毒に深く沈んでいく。  私は押し返されるどころか逆に体重をかけ、割り込ませていた私の膝を動かした。  狙うのは、彼の股間。  ズボンの下ですでに熱を持ち、硬く育ちつつある部分に、グリグリと膝頭(ひざがしら)を押し当て、擦り上げる。 「あぐッ……!?」  下半身への不意打ちに、ドノバンの腕から力が抜ける。  その隙を見逃さず、私は唾液で濡れて尖った胸の先を、爪先でカリリ、と意地悪く引っ掻いた。 「あぁッ!!」  上下からの波状(はじょう)攻撃。  ドノバンの体から抵抗の意志が霧散し、ガクガクとシーツの上で痙攣(けいれん)する。  私はその耳元で、勝ち誇ったように囁いた。 「すごい反応だ。……体は気持ちよさそうですよ」  必死に否定しようとしているが、私の膝が擦れるたびに、甘い吐息が漏れ出てしまう。  私は、涙で潤んだ瞳で私を見上げているドノバンを覗き込み、追い打ちをかけるように問いかけた。 「どこまで触れたら、あんたは嫌がりますか? ……全部、試してもいいですか?」  ドノバンは、真っ赤な顔を背け、固く目を瞑った。  葛藤(かっとう)しているのがわかる。  俺はいい歳のオヤジだぞ。相手は男でここは職場だぞ。  そんな理性の声が聞こえてくるようだ。  だが、肌が感じる熱い快感が、彼の中でせめぎ合い、理性を溶かしていく。  その迷いを断ち切るように、私は逃げるように閉じられたその(まぶた)に、懇願(こんがん)するような口付けを落とした。 「ドノバンさん……こっちを見てください」  甘く、(とろ)けるような己の声。  普段の冷静な冒険者としての声音ではない。恋に焦がれ、愛を乞う、ただの男の声だ。  私の両手は、彼のゴツゴツとした頬を包み込み、強引に、けれど壊れ物を扱うように優しく、自分の方へと向かせた。 「っ……」  ドノバンが観念したように、うっすらと目を開ける。  その瞳に映る私は、きっと酷く必死で、なりふり構わない顔をしているだろう。 「私、おかしいんです。あんたのせいで、あんたの匂いのせいで、もう自分が自分じゃないみたいだ」  私の指先が、彼の無精髭(ぶしょうひげ)の生えた顎を()い、震える唇の端を愛おしげになぞる。  そして、そのまま彼の手を取り、私の胸――早鐘を打つ心臓の上へと導き、強く押し当てた。 「分かりますか? あんたに触れているだけで、こんなに煩いんだ」 「セル、ウィン……お前……」 「遊びじゃありません。一時(いっとき)の迷いでもない。……あんたじゃなきゃ、駄目なんだ」  至近距離で見つめ合う。  私の瞳に宿る、暗く重い執着と、それ以上に切実な熱情(ねつじょう)。  ギルドのエースと呼ばれる私が、地位もプライドもかなぐり捨てて、傷だらけの中年男にすがっている。  私は、溢れる感情を抑えきれず、ドノバンの背中に腕を回すと、その分厚い体を軋むほど強く抱きすくめた。  心臓の音が伝わるほどの密着。逃がさないという意思表示。  その事実を前に、ドノバンの瞳から拒絶の光が揺らぎ、最後の防壁が崩れ去っていくのを私は見逃さなかった。 「お願いです。拒まないで。……私を、受け入れてください」  私の瞳に見つめられ、私の体温に包まれる中、ドノバンの瞳から拒絶の色が消え失せるのを私は確認した。  胸を押し返そうとしていた腕からも、完全に力が抜けている。  もはや彼に「NO」と言う気力など残されていないのは、明白だった。  ドノバンの唇が、数秒間震えた。  やがて、絞り出すような、諦めたような、それでいてどこか甘えるような声が、夜の静寂に落ちた。 「…………好きに、してくれ」  それは、敗北宣言であり、同時に、私への招待状だった。  その一言で、私の中の獣の鎖は、完全に断ち切られた。

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