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第1話 My love
プロローグ
外廊下の鉄板から、人の足音が響いてくる。
「お、」
ファウストはそれに気がつくと、寝っ転がっていたソファーから起き上がった。
「帰ってきたかしら」
陽気な足取りで玄関まで行くと、すでに一人の男がドアを開けて入ってきていた。彼の姿を見て、ファウストは一段と顔を明るくさせる。
「よーぉ、おかえりぃ! 今日は随分と長いお勤めだったじゃないの。なっかなか帰ってこないから、おじさん心配しちゃって」
そう言いながら相手を抱き締めようとすると、さっと避けられた。勢い余ってドアにぶつかるが、ファウストは怒りもせず、ただヘラヘラと笑って彼の方へ向き直る。
「何よー、ロンちゃん。いつもなら抱き締めてくれんじゃない、寂しいことすんなよな~」
陽気に小突いてみるものの、相手は何も言わず、ただその場に突っ立っているだけだった。
「……どったの」
いつもの様子と違うことに気付き、茶化すような態度を改め、声色を変える。
相手は少しファウストの方へ顔を向けると、消え入りそうな声で呟いた。
「……子供を……」
「うん?」
あまりの声の小ささに身を乗り出すと、相手の瞳が酷く赤く充血しているのが見えた。それを見たファウストは、何かを察したように目を見張る。
「ロナルド」
それ以上は、と声をかける前に、彼は言葉を続けた。
「死なせてしまいました」
ロナルドは肩を震わせながら言うと、堰を切ったように涙を流し、ファウストへ体を預ける。
突然の重みに驚きながらも、もたれ掛かってきた相手をしっかりと支え、優しく抱擁した。だが、ロナルドはただ涙をこぼすばかりで、ファウストを抱き締め返すことはなかった。
窓の外は、どんよりとした曇り空が広がっていた。
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「へー、余命三ヶ月ねぇ。よく半年も持ったな」
ジョニーはカウンターの上へグラスを置くと、台を拭きながらそう言った。ファウストは注がれた酒を受け取ると、軽く口に含み入れた。
「処置が良かったんだろ。あいつ、腕だけは確かだから」
「なんだそれ。褒めるところがそれしかない、みたいに言うな」
「だって、ホントのことだもーん」
グラスをテーブルに置くと、不服そうに肘を立ててあごを乗せた。
「あそこまでナイーブなら、医者なんかやらなきゃいいってんだよ」
「……やっぱり、落ち込んでるのか」
心配そうに呟くジョニーに、ファウストの半ば呆れたような声で返事をした。
「そーよ。もう一ヶ月だぜ? 流石にあの辛気臭い顔も、見飽きちまったってーの」
やれやれ、とわざとらしく肩をすくめると、大きなため息をつく。
「全く、元軍医が聞いて呆れる」
ジョニーはそんなファウストを見ながら、苦笑を浮かべてシンク内の食器をスポンジで洗い始めた。
「そう言うなって。戦場を経験したって、慣れねぇもんは慣れねぇんだろうよ。あの人ほど優しいと、それだけ辛さもデカいんだろ」
「ケ、知ったような口ききやがって」
「知ってるさ」
ジョニーは笑うのを止め、真剣な表情で続ける。
「こんな荒んだ町に似合わねぇ、どこまでも真面目で情が深いドクターだ。うちなんて、家族全員で世話になってる。そこまで信頼がある奴を、知らねぇ方がおかしいぜ」
そこまで言うと、作業の手を止め、ファウストに視線を移した。
「あんただって、分かってるだろ。俺たちより、はるかに長い付き合いなんだから」
「……さぁてね」
ファウストは言葉を濁すと、頭の後ろで手を組んで背もたれに寄りかかり、椅子の足を軽く浮かす。
「ま、あんなバカ正直じゃあ、いつ騙されても文句は言えねーよ」
けらけらと嫌みったらしく笑うファウストを、ジョニーは冷たくあしらった。
「ああ、あんたみたいな奴とかな」
「なん!?」
思ってもなかった言葉に驚き、椅子を浮かすのを止めては、カウンターにつんのめるようにして体勢を戻した。
「何でオレなんだよ、オレは実直よ!? 死ぬほど一途よ!!」
自分を指差して喚く相手を見て、ジョニーは半笑いで言い返す。
「口だけの奴が、またなんか言ってら」
「だッ、ホントだってーの! どんくらいかっていうとォ!」
手を使ってジェスチャーしようとするファウストに目もくれず、ジョニーは蛇口をさらに捻ると、水量を増やして彼の声をかき消してしまった。
「なぁ~……」
その様子を見て説明を諦めたのか、がっくりと肩を落とすと、つまらなそうにナッツを口へ運ぶ。
その時、ロナルドの横顔がふっと脳裏に浮かんだ。一ヶ月前のあの日に見た、酷く弱った顔だった。
(……なーにが死なせただよ。殺したわけでもねぇくせに……)
彼のことを考えるにつれ、次第にイラついてきたのか、歯に力が入り始め、いきなり小皿を持ち上げると、中身をざーっと口へ流し入れた。その勢いのまま、酒も一気に呷って飲み込むと、グラスをカウンターの上へ叩きつける。
「ジョニーおかわり! つまみも!!」
「叫ぶんじゃねぇよ、うるっせぇなぁ!」
水を止めて怒鳴り返すと、新しいグラスへ酒を注ぎ入れ、ナッツも別皿にあけて突き返した。
「んで、そんな状態のドクターほっぽりだして、あんたは店で飲んだくれか? 良いご身分だな、全く」
刺さる小言を告げてくるジョニーに、ファウストは不満げに眉をひそめると、ポツリと口答えした。
「いーんだよ。別にあいつ、引き籠ってる訳じゃねぇし」
「そうなのか」
ジョニーは作業の手を止めると、少し驚いたように言葉を返す。ファウストは頷くと、ナッツとグラスを受け取り、自分の前へ置いた。
「そ。本日も死んだ顔で起きてきて、用意した飯も食わずに、お仕事へ超特急で一直線。帰ってくりゃあ、オレへの挨拶なんて返さずに、シャワー行って、冷たいパンだけ食って、その後即座にご就寝。いやはや、どこまでも勤勉で結構結構」
酔いが回ってきたのか、ぼんやりとした表情で話を続ける。
「人が色々と気ィ使ってんのに、ほっとんど無視しやがって……終いにゃ拗ねるぞ」
ファウストが寂しそうに呟くと、ジョニーは軽く笑いながら、カウンターの外に出た。
「止めとけよ。あんたの年じゃ痛々しいだけだぜ」
「あんだとぉ!? さっきっから客に失礼だろ、何だァこの店は!? 金払わねぇぞ!」
面倒な絡み方をしてくるファウストをよそに、ジョニーは入り口まで行くと、closeと書かれた看板をひっくり返した。
「愚痴垂れ流すなら、もっと早く来い。こんな時間に来られちゃあ、聞けるもんも聞けやしねぇ」
淡々と奥に置いてあるテーブルを拭き始めたのをみて、ファウストは口を尖らせながら文句をぶつくさと言い出した。
「仕方ねぇだろぉ、今日はオレにも仕事があったんだから。しかも朝からだぜ? こっちが素人だからって、こき使いやがって……もう今ねぇ、とんでもなくグロッキーなの」
「じゃ帰れ」
きっぱりと言い捨てられてしまい、ファウストは大声を上げて駄々をこねた。
「急かすなよ~! 何でそんな追い出したがんだよ~! おじさん泣いちゃうぞ~!?」
あまりのやかましさに、ジョニーはテーブルを力一杯叩いて怒号を飛ばす。
「だから店じまいだっつってんだろ!! いい加減出てけよ、この酔っぱらい!!」
「うわーん!! ジョニーちゃん厳し~!! お~いおいおい」
ファウストが顔を両手で覆いながら嘘泣きを店内に響かせていると、拭き掃除を終えたジョニーがカウンターへ戻ってきた。そのまま彼の隣まで歩み寄ると、テーブルの上でうつ伏せになっている相手に声をかける。
「ここんとこ毎日、酒ばっか飲んでるだろ」
相手の言葉を耳にして、ファウストは嘘泣きをピタッと止めた。その後ゆっくりと顔を上げた彼は、いつもの落ち着いた笑みを浮かべていた。
「ご名答。よく分かったじゃないの」
「酒に飲まれてる奴は、目つきが違うからな。今のあんたもそうだ。大方、毎晩はしごでもしてんだろ」
「あらまぁ、そこまでバレてら。さっすがマスター、迷惑客に慣れてらっしゃる」
「褒めたって酒は出ねぇぞ」
ジョニーは肩を竦めると、やれやれとカウンターへ入っていった。グラスに水を注ぎ入れると、わざわざファウストの席まで持っていく。
「今日はもう、これ飲んで帰れ。うちに来てくれんのは嬉しいけど、体壊すまで飲んで欲しくない」
それに、と付け加えながら、相手の前へグラスを置いた。
「これ以上、ドクターを不安にさせるんじゃねぇよ」
相手の真剣な表情を見て、ファウストは諦めたように項垂れると、水のグラスに手を付けた。
「へいへい……お心遣い感謝いたします~、と」
「ん」
そっけない返事をしたジョニーは、またカウンターへ戻ると、奥の方へ歩いていった。設置してあるロッカーから掃除用具を取り出すと、すぐに店内へ戻っていく。
「しっかし、あんたが酒を飲むなんて珍しいな。大して強くもないくせに」
ファウストに声をかけたつもりだったが、彼の返事は聞こえてこなかった。
「……おい?」
カウンターから出てみると、もう店には誰も残っていなかった。
先程まで彼が座っていた席には、空のグラスと皿、料金ピッタリの貨幣だけが残されていた。
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外廊下の鉄板に自分の足音を響かせながら、階段を上がる。
「よ、っと」
ふらつきながらも無事に上まで辿り着くと、鼻唄を歌いながら鍵を取り出した。ドアへ差し込もうとすると、解錠される音が内側から聞こえてくる。
「あ?」
一瞬何が起こったか分からず困惑していると、掴んでいたノブが回されて、ドアが素早く開いた。
「……おかえりなさい」
そこに立っていたのは、鬼の形相をしたロナルドだった。
こちらを見つめてくる瞳に光がなく、それでいて鋭い目付きをしており、まるで殺し屋のような表情をしている。受け答えを一つ間違えたら、即座に息の根を止めてきそうな、そんなオーラさえ見えた気がした。
「え、えへ。ただいまロンちゃん、あの……」
何かを言おうとする前に、腕を掴まれてしまい、玄関内に引きずり込まれる。
「おうっ、とっ、ギャ」
勢いよく玄関へ飛び込むと、酔ってせいで足がおぼつかず、べしゃりと倒れこんでしまった。ロナルドはそれを気に止めることはなく、力強くドアを閉めては、鍵とチェーンを即座にかけて振り返る。
「はぁ~あ。久し振りに口きいたと思ったら、手厚いご挨拶だこと……」
痛む個所を押さえてやれやれと起き上がったファウストに、ロナルドが見下ろしながら問いかけてきた。
「随分と、遅かったですね」
問いかける彼の声には、隠せない怒りが大きく乗せられていた。しかし、ファウストは悪びれる様子もなく、だらしない笑顔を見せては、気さくに言葉を返す。
「うん。仕事の後、酒飲んできたからねぇ。最近ハマってんだ、仕事帰りのバー巡り」
「なるほど」
全く納得していない声色で返事をすると、ロナルドはゆっくりとファウストに近付き、目の前でしゃがみこんだ。
「何故」
「へ」
「何故、酒をお飲みに」
「……ぁー……」
聞かれたくなかったことをつつかれ、顔ごと視線をそらした。その瞬間、ロナルドがファウストのあごを掴み、無理矢理に目線を引き戻してくる。
「私の目を見て答えて下さい」
「ろ、ロンちゃんこわい、怖いって」
「いいから答えなさい」
掴んでいるあごに、段々と力が込められていき、ミシミシと嫌な音を立て始めた。痛みに耐えかねたファウストは、彼の腕を両手で握り締めて引き剥がそうとするが、全く離れる気配はない。
「付き合いでも酒に口を付けないようなあなたが……夜な夜な飲み歩くなんて、ありえない」
ロナルドはついにファウストを壁に叩きつけると、自分の足で相手の体を押さえ込み、身動きを完全に封じ込めた。そして、自身の顔を至近距離まで近寄ると、完全に苛立っている口調で言い放つ。
「もしや、新しい出会いでもお探しで?」
二人の間に、しばし沈黙が流れる。
「……ふ、ふふ」
やがて、ファウストが乾いた笑いを漏らし、余裕綽々の表情を崩さず、諭すように話し始めた。
「ロンちゃん。酒は大人の“嗜み”よ。飲みたくなる時だってあんの。それにな、酒場に行けば、仕事の宣伝にもなるんです。こーゆーのを止めんのは、正直どうかと思うけどなぁ」
じっと耳を傾けていたロナルドは、ファウストからゆっくりと手を離すと、ようやく冷静に答えた。
「……その意見については、確かに一理あります」
やっと頭が解放されたファウストは、掴まれていた部分を擦りながら、にこやかに返事をする。
「でっしょー。だったら」
「それならば、」
ロナルドは相手の言葉を遮ると、徐に立ち上がり、自分のベルトを緩め始めた。
「今から行う事柄も、そういう理由でよろしいですね」
「え」
ファウストが顔を引きつらせた時には時既に遅く、頭を鷲掴みにされ、口の中へ肉棒が押し込められていた。
「ぐッ!?」
目でロナルドに訴えかけるが、ただ冷ややかな視線を送られただけで、状況は何も変わらなかった。
「どうしたんです。性行為なんて、それこそただの“嗜み”でしょう。止めるのは、如何なものかと思いますが」
「う」
相手の皮肉が籠った返しに、文字通り何も言い返せなかった。
もう逃げられないと悟ったファウストは、諦めたように目を閉じると、口内へ侵入してきたそれをねぶり始める。最初は竿を味わうように吸い付いていたが、次第に相手のモノが勃ち上がってきたのを感じ、口を外した。彼の陰茎は反り立ちつつあるが、まだ完全には勃起していなかった。
「は。ハァ、んっ……」
荒い呼吸をしながら、再び亀頭を頬張った時だった。
突然、頭を掴んでいる腕に力が込められたかと思うと、ロナルドの冷徹な声が降ってくる。
「ちゃんと濡らさないと、もっと苦しむのはあなたですよ」
彼はそう言い放ち、強ばった自分自身をファウストの喉奥まで突き上げた。
「んぐッ」
一瞬意識が飛びそうになるが、辛うじて息が吸えるように頭を前後に動かされ、気絶することも叶わなかった。
「ご、お、ぉあっ……かヒュッ」
合間合間に挟まるファウストの呼吸音は、必死な声へと変わっていき、どんどんか細くなっていく。本格的に目の前が真っ暗になってきた辺りで、ようやく喉から肉棒を引き抜かれた。途端に、世界の色が戻ってくる。
「はぁっ!! ハァ……げほ、げっほげほ、ケホ……ヒ、ひいっ、ひ」
咳き込みながらうずくまり、床に手をついて懸命に空気を肺へ送っていると、下半身がまさぐられ、金具を外す音が聞こえてきた。
「おい、ちょっと待っ――――――――」
制止する間もなく、相手の凶器が自身の体内を貫く。
「あぁあっ!!」
ファウストは挿し込まれた異物の衝撃に、ただ声を上げることしかできなかった。そのまま数回挿抜 され、最後まで飲み込むよう、入念に拡げられていく。
「ぐ、うぅっ……ぅ」
アルコールを摂取していたせいか、あまり感じることができず、快感より痛覚の方が大きかった。逃げ場のない感覚に体を捩らせ、歯をぐっと噛み締めて、襲い来る苦しみに呻く。
ロナルドはファウストの後ろ姿を観察しながら、彼の腰へ両手を置くと、自身の指を下から上へ時間をかけて滑らせた。
「相変わらず、具合の良い体だ。一月もブランクがあったなんて思えない」
「ん……はぁ、あ」
その手付きに反応し、ファウスト自身もやっと疼いてきたのか、先端から粘液を垂らし始めた。外側の心地よい愛撫と、内側からの甘美な刺激に、脳が溶けるような感覚に陥る。
「それで……」
だが、それは束の間の悦びだった。
「こんなになるまで、一体何人咥え込んだんです?」
ロナルドはそう尋ねながら、抜けるギリギリまで腰を引くと、次の瞬間、思い切り自分自身を抉り込んだ。
「あ゛ッ!?」
瞬間、ファウストの身体中を駆け巡る、強烈な快感。一番奥まで穿たれた孔の感触に溺れながら、声にならない声を上げ、彼はただ震えることしか出来なかった。
「……お答えいただけないのであれば、それでも結構」
その様子を見ていたロナルドは、再び彼の腰へ両手を添えると、今度は力を込め、ぐっと握り締める。
「全て忘れてしまえば、それで良い」
怒気が籠った口調で言うと、さらにファウストの体を強く揺さぶり、自身を孔へねじ込ませて、激しく水音を鳴らす。
理性を失った二人は、お互いに感じ合うことしか考えられなくなっていた。
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もう何度射精したか、前立腺の刺激で達したか、ファウストには分からなかった。覚えているのは、ただひたすらに与えられる快楽と、それを追いかけてくるような痛み。加えて、淡々と自身をねじ込んでくる、相手の苦々しい表情だけだった。
今もなお、それは続いている。
「ふ……う、ぅ」
ロナルドが小さく呻きながら、若干早く腰を動かしたかと思うと、幾度目かの射精が行われ、腸内へ生暖かい欲望が解き放たれた。
「……ぁ」
相手の体液の脈動を感じ、ファウストは押し出されるように喘ぎ声を漏らしては、静かに体を痙攣させていた。ぼーっと天井を見上げ、注ぎ終わるのを待つ。
彼の竿はファウストの中で何度か小さく跳ねた後、ずるりと引き抜かれた。生々しく濡れたそれは、若干芯が残った状態ではあるものの、先程までの昂りは収まりつつあった。残された孔からは、白濁色の粘液が止めどなく流れ落ち、切なそうにひくついている。
ロナルドがそれをじっと見つめていると、掠れた声が言葉を投げてきた。
「足りない、って顔だな」
見ると、薄笑いを浮かべているファウストと目が合う。体をぐったりとさせながらも、表情はいつもの余裕そうな顔に戻っていた。
「……まさか」
こちらも答えてみるが、相手と同じような声しかでなかった。それでも、会話をするのには充分だった。
「嘘吐け、すぐ勃つくせに」
ファウストはいたずらっ子のような笑みを浮かべると、勢いを付けて起き上がり、相手の方へ身を寄せていく。そして、いくらか傾いているロナルド自身に腕を伸ばし、手の甲でぺちぺち、と触れた。その度に、ぴくりと反応を示し、段々と熱を帯びていく。
「ああほら、もうこんなに元気。お盛んね」
へらへらと楽しげに弄っていると、ロナルドがその手を掴んで制止した。
「やめてください。もう一度犯されたいですか」
鋭い目付きで睨み付けるが、ファウストは全く動じなかった。それどころか、ロナルドの手を自分の顔まで持ち上げ、そっと口付けをして、相手に妖艶な眼差しを向ける。
「してくれよ」
「……!」
誘惑するような囁きに、ロナルドは言葉を詰まらせ、目を見開いた。
「全部、忘れさせてくれるんだろ?」
ファウストはそんなロナルドに全くお構いなしで、二人の間をさらに詰めていく。互いに息がかかるくらいまで近付くと、ロナルドの顔に手を添え、紅く色付いた頬を親指でするりと撫でた。その優しい触れ方に、険しい表情が段々と和らいでいく。
彼の表情が柔和になっていくのを見て、ファウストは口元を緩ませると、唇を重ねようとした。
「!」
不意に、我に返ったロナルドが、咄嗟に目の前の相手を押し退ける。ファウストは特に抵抗することもなく、相手の腕が動かす通りに突き飛ばされた。
「およ」
間が抜けたような声を上げては、残念そうに眉をひそめ、相手を見据える。
「なぁに。浮気者はキスしちゃ駄目?」
「………………」
ロナルドは何も答えず、唇を噛み締めながら俯き、目を逸らし続けた。
「ま、そらそうか。ごめんごめん、オレが悪かったですね、と」
ファウストはそれ以上何も聞かず、明るく陽気に謝罪すると、相手の肩をポンポンと叩いた。あまりの軽さに気が抜けるが、ロナルドはそれでも顔を上げなかった。
「でもさ、こんだけ言わせて」
急に肩を叩いていた手が離れたかと思うと、首に腕を回され、ファウストの方へぐいっと引き寄せられる。ロナルドは抵抗する間もなく、相手の肩に顔を埋める形で抱きとめられた。
ファウストは自身の唇を相手の耳元に近付かせると、赤子をあやすような柔らかい声を落とす。
「俺が覚えてんのは、お前だけだよ」
その言葉にロナルドは息を飲み、相手の肩から顔を上げた。ファウストは彼の様子を観察し、ニヤつきながら話を続ける。
「あーあ、良いのかなぁ、お前のこと忘れちゃって。もうケツの準備もしなくなっちゃうなー。この一ヶ月間だって、急に誘われたら困っから、律儀に毎日用意してたのになー」
「な……なん、ムグッ」
反論しようと声を出すが、ファウストに口を手で覆われ、会話に参加出来なくなってしまった。その間も、彼のおしゃべりは止まらない。
「でもお前、何っにもしてこないから、一人で処理してたのになー。つっても、それだけじゃムラムラが止まらねーから、苦手な酒で抑えてただけなのになー」
一息でここまで言うと、ようやくロナルドの口から手を退けて、ふざけて体を左右に揺らしながら、とぼけた声色で言い放つ。
「浮気なんてしないのになー、のになーっ」
「……あなたって人は、本当に」
相手の口調に対して若干苛立ちを覚え、ロナルドは肩を震わせながら答えようとしたが、その瞬間、聞き馴染みのある着信音が鳴り響く。
「おっと、ちょい待ち。電話電話っと」
携帯の持ち主は、ファウストだった。素早く自分の服をまさぐると、ポケットから端末を取り出し、着信元が誰なのかを確認する。そして、待ってほしいと言わんばかりにロナルドへ手をかざし、応答ボタンを押して携帯を耳に当てた。
「はいはい、こちらジャンク屋ファウスト、何でも屋の番号です。お間違えは? ……ああそう。んで、ご用件は何用?」
慣れた口ぶりで名乗ると、ファウストは電話から聞こえる声を聞いて、パッと表情を明るくさせた。
「あっ、この前の酒場の! うん、うん。……いいよー、あんたの頼みなら何でも受けるよ。何たって、奢ってもらっちゃったもんなー」
ファウストはしばらく電話口の相手と会話していたが、何かを約束すると、通話を切る。
「悪いなロンちゃん、今日はここまで。仕事入っちった。この埋め合わせは、必ずすっからさ」
申し訳なさそうにそう言うと、携帯で時間を確認した後、元のポケットへ仕舞い込む。
「出来るだけ、早く行かねーと。よっこら……」
掛け声と共に立ち上がろうとしたが、ロナルドがそれを妨害するように、ファウストの両肩を押さえ付けた。
「あてっ。コラ、何す」
咄嗟に文句を言おうとしたが、突然迫ってきた相手の唇に阻まれ、口を塞がれる。
「ン」
ただ触れ合うだけの軽いキスだったが、二人にはそれだけで充分だった。
「……疑って、すみませんでした」
ロナルドは相手の肩を離すと、弱々しく謝罪した。今回のことを酷く反省しており、後悔の念に囚われているのが、態度からして強く伝わってくる。
「お体、洗わせてください。嫌なら、断っていただいても……」
ぽつりぽつりとか細く呟く彼を見て、ファウストは相手の頭に手を添え、静かに撫でた。
「……許さなかったことなんて、今まであったっけね」
語りかけてくる穏やかな声に、彼は安堵したように息を吐くと、ゆっくりとファウストの体に腕を回し、存在を確かめるように抱き締めた。
窓の外は、澄み渡った青空が広がっていた。
エピローグ
「……それで? 念入りに洗ってもらったってわけか」
相手が煙草の煙を吐きながら訊ねると、彼の竿を音を立てて舐め回している男が、言葉を返した。
「んー? そーよ。だから今日は、一番緩くて挿れ易いと思う。大当たり~、なんちて」
笑顔で話す男を見て、相手は鼻で笑うと、彼の髪を掴んで自身の陰茎を咥え込ませた。
「んぶッ」
口一杯に挿し込まれて息が出来ずにいると、相手はタバコを彼の肩に押し付けてきた。
痛みに耐えられず叫ぼうとした男を止めるように、相手は自身の肉棒を押し進め、彼の喉奥を抉じ開けていった。
「ぉ……ご」
ゴリ、と嫌な音と共に、白目を向きそうになるくらいの衝撃が咽頭を走る。
「バカ言ってんじゃねぇよ。テメー、自分のケツの締まりが売りだって言ってたじゃねぇか。だから買ってやったってのに、ざけんじゃねぇぞッ」
相手は罵声を飛ばすと、何度も彼の髪の毛を掴んだまま、無茶苦茶に揺さぶられた。相手の脚を叩いて苦痛を訴えようとするも、乱暴な動きは止まらなかった。男は相手の服を握りしめることしか出来ず、時間が経つと共に段々と力が抜けていく。
「ぐ、ブフッ」
ついに体が悲鳴を上げ始めたらしく、酷い目眩と耳鳴りが男に襲いかかってきた。その状態に耐えきれなくなり、意識が飛びそうになったその時、ようやく相手の動きが緩やかになり、喉奥を貫いたままの竿が脈動を打つ。
次の瞬間、相手の青臭い汁が、男の体内へ放出された。
「……ぅ……」
どくどくと脈打ちながら注がれる体液を、彼はただ嚥下し、胃へ流し込むことしか出来なかった。
相手は多少満足したのか、男の口から竿を引き抜くと、新しい煙草を取り出した。口に挟むと、ひん曲がってしまった煙草を先端に密着させ、何度か短く息をして火をつける。
「ひ、ひっ、ケヘッ、かは……ぅぐ、オエッ」
一方、放り出された男の体の震えが止まることはなく、絶えず咳き込んでいた。何度か嗚咽を漏らすが、口を自分の手で押さえて嘔吐を留まらせ、何とか呼吸を整えていく。
「ハァ、ヒュッ、ヒューッ……」
彼は呼吸器から喘鳴 を響かせながらも、やっと口が利けるようになったのか、一服している相手に声をかける。
「な……ナカの具合が良いって、そう言ってんだよ。そんな、そんな怒んなくったっていいじゃないの。フフ、アハハ……」
ヘラヘラと笑う男にイラついたのか、相手は彼を殴り飛ばし、ベッドに張り倒すと、うつ伏せになっている男の尻に指を入れる。興奮状態なのか、孔はピクピクとひくついており、吸い付いてくるような感触があった。確かに、締まりはいいようである。
「ハッ。朝までヤッてたってのに、まだ反応してやがる。年寄りの癖してとんだ淫乱だな、オッサン」
「あっ……あ、あは、他の客にもね、よく言われる。へへ、んッ……う、ぅ」
感じながらも答える男の欲望は、既に上がりきっており、青筋を立てながら、更なる刺激を待っていた。
「全く、テメーのツレもひでぇ尻軽を拾っちまったもんだ。本当、災難だな」
相手は、わざとらしく哀れんだように嘲笑った。それを聞いた男は、ピクッと眉を一瞬ひそめたが、すぐに口角を上げると、相手へ顔を向ける。
「拾われたのが、こっちとは限らないだろ」
「あ……?」
彼の言葉を耳にした相手は、面食らったような声を上げた。男はそれに気も止めず、自身の体を起こすと、相手が持っていたひしゃげた方の煙草を奪い取った。
「あっ、テメッ」
「これ、もう吸わないでしょ。捨てるんなら、一口くらい頂戴な」
取り返そうとしてきた相手の腕をすり抜け、煙草を唇へ運び、旨そうに一呼吸する。じっくりと時間をかけて煙を吐き散らすその姿は、妙に妖しく目に写った。先ほどまでとは打って変わり、全くの別人のように見える。
……否。別人ではない。あの夜、偶然寄った酒場で出会った、見た者全てに情欲をかき立てるような、婀娜 やかな彼が今そこに――――――――
「なぁ、そんなことより……さ」
男の声で我に返ると、彼は煙草を手に挟みながら、もう片方の手で自分と相手のモノを擦り合わせてきた。慣れた手付きではあるが、さらに性欲を煽るような、そんな愛撫だった。
そして、男は相手の耳元へ口を持っていくと、艶かしい声で耳をなぶった。
「早く……早く挿れてくれよ、My love 」
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