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静かな夜の扉4
レオニスさんは俺が頷いたのを見ると窓際へと行き、暗い外へと目をやった。月がレオニスさんの横顔を照らす。その横顔には疲れが浮かんでいて、それは消せそうにない。それでも、先ほどには見えなかった強い意志の炎が見えた。それを見て、少し力がわいてきたんだと思うとホッとした。
「貴族院でのこと、聞いたのか?」
そう静かに問われて、俺はひとつ頷いた。
「屋敷の中で噂になってて……」
「そうか……。私は隠しているつもりなんだが、屋敷のみんなには筒抜けなのか」
「というか、みんな心配なんです。アベルさんも食が細くなったって心配してました。だから今日は和食にしたんですけど……」
「美味しかったよ。ありがとう。和食は本当に優しい味がするな。励まされた気がしたよ」
レオニスさんのその言葉に、和食にしたのは正解だったみたいで、ちょっと嬉しかった。アベルさんにも明日伝えよう。
「あのひじきを煮たのも美味しかったし、なによりも私はあのスープが好きだ」
「味噌汁ですか?」
「ああ、そうだ」
「あれはアベルさんがマスターしました」
俺がちょっと軽い調子で言うと、レオニスさんは小さく笑った。
「アベルはどんどん和食を覚えていくんだな。和食はこの屋敷の定番メニューになりつつあるな。私も、次はどんな料理がでるのか楽しみにしている」
思ったよりも和食がレオニスさんの心を癒やせているようで、俺はちょっとホッとした。そうしたら貴族院がやっているときは、和食の回数を増やすか? それで少しでも疲れが取れるのならいい。アベルさんに相談してみようと思った。俺がそう思ってちょっとホッとしているとレオニスさんは言葉を続けた。
「なんだかわからなくなってしまったんだ」
「わからなく? 俺のところは貴族がいなかったので、貴族とか婚約者とか、よくわからないんです。でも……」
「でも?」
「あのときのレオニスさんの顔が忘れられないんです」
「顔?」
俺の方へと視線を向けたレオニスさんの目は俺になんだ? と問いかけている。
「なんていうか……痛そうでした」
なんていう言葉がぴったりなのかわからなくて、俺は”痛い”という言葉を使った。
「そうか。痛いか。情けないな」
「情けなくなんてないです! さっきも言ったけど、あんな人にあんなこと言われたら当然です! だから、情けないとか言わないでください」
「そうか。そうだったな。そう言えば、異世界人はなんでここに来ると言われているか知っているか?」
急に話が変わって俺は狼狽える。え? なんで来るって、なんか単純に時空かなにかの歪みじゃないのか? 意味なんてあるの?
「異世界人は救世主と言われているんだよ」
「きゅう、せい、しゅ?」
「そうだ。私の前にタクヤが現れた。それは、私を救ってくれるという意味になるだろう」
俺がレオニスさんを救う? そんな大それたこと、俺にできるのか?
「俺ができるのって、料理を作るだけな気がするんですけど」
「でも、こうやって来てくれた」
「いや、でも、それは……。ルナの鈴が……」
「鈴?」
「はい。ルナが動いてないのに鳴るんです。だから、来た方がいいのかなって……」
俺とレオニスさんの視線がルナに向けられる。それに気づいたのかなんなのか、ルナはレオニスさんの足元にすり寄って行った。
「この子は不思議な猫だな。黒猫だし、やはり神の使いか」
そういえば最初の頃、アベルさんもそんなことを言っていたな。
「黒猫が神の使いなんですか? 俺のいたところでは、魔物とか縁起が悪いとか言われてました。真逆ですね」
「魔物……。こんなに神秘的なのに?」
「はい。だから殺処分が多い地域があったりします」
「殺処分するのか。なんてむごいことを……。でもタクヤは飼っている」
「はい。俺も神秘的で黒猫は好きです。そうか。ルナは神の使いなのか」
「救世主が神の使いを連れてくるってどれだけのことなのか」
「いや。ルナはすごくても、俺は救世主でもなんでもないですから」
そう言って俺は顔の前で手をぶんぶん振る。
「そんなことはない。こうやって私の前に来てくれた。それが私は嬉しい。だから弱音を吐くと、わからなくなってしまったんだ」
「わからなく?」
なにがわからなくなったんだろう? 俺は首を傾げた。
「そうだ。貴族というものがわからなくなった。自分を押し殺すことが貴族なのか、と」
「押し殺す……」
「自分を押し殺した先は家の存続だ」
「存続は大事なんじゃないですか?」
「ああ大事なんだろうな。でも、それでなにになる? それは貴族のことしか考えていない。もっと庶民のことを考えなくてはいけない」
この人は優しい人なんだな。レオニスさんの表情を見てそう思った。自分のことよりも庶民のこと。間違えても「貴族による貴族のための政治」なんかじゃない。それこそ、レオニスさんは庶民の人にとっては救世主じゃないか。俺はそう思った。
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