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第1話 「Annick」1

ショッピングモールの中は冷房が強く、外の湿気が嘘みたいだった。 大理石の床に、観光客の足音が軽く反響している。 Leo(レオ)はサングラスを外し、棚に並んだシャツを一枚持ち上げた。 Yuto(ユート)はその少し後ろで、値札を見ている。 「ちょっと高くないか?」 生地はちゃんとしてるけど、とつぶやくYutoに、 「観光客用です」 Leoが小さく笑って返した。そのとき、 「Leo。」 名前だけが、妙にはっきり聞こえた。 二人同時に振り向く。 「探したよ」 Leoの表情が、一瞬だけ固まる。 「……Annick(アニック)」 高くはないが、低すぎず艶のある声で語りかける男 Annick(アニック)は視線を外さず、一歩近づいた。 「僕の予約をキャンセルするって、どういうこと?」 声は鋭く、問い詰める調子だった。 周囲のざわめきが、少し遠のく。 「ここで話すことじゃない」 「君が始めたことだろ」 Yutoは口を挟まない。 ただ、二人のあいだに流れる温度差を感じ取っていた。 Annickは一度だけ、Yutoを見る。 評価でも敵意でもない、確認するような視線。 「……そう。じゃあ後で」 それだけ言って、踵を返す。 人の流れに紛れていく背中が、やけにまっすぐだった。 少し間を置いて、Yutoが口を開く。 「……お客さん?」 Leoは息を吐く。 「元、な」 視線が泳いでいるように見えて、Yutoの胸が少しざわつく。 それを受け流すように、Yutoは足を踏み出した。 「ちょ、Yuto、どこ行くの?」 「俺のこと優先したからだろ。謝らないと」 「そんなことしなくてもいいよ!」 「ダメだろ。常連さんって言ってたじゃん」 仕事は真面目にやれ、と言って、 YutoはLeoの額を軽く小突いた。 「え、えと……それはそうなんだけど、その……」 はっきりしないLeoに、Yutoはため息をひとつ。 「はぁ……なんなんだよ。言いたいことあるなら、ちゃんと言え」 「……わ、わかった。ちゃんとあの人に説明してくる」 そう言ってLeoは、 “あの人”――Annickの姿を追いかけた。

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