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0 モデルクラブG9
春――。
三寒四温も終わりに近付き、花々が彩り始めたその季節。
麗らかな陽気の中、窓辺のデスクでパソコン画面を覗き込みながら、「フッ」と不敵な笑みをもらす。男の視線が追っているのはファッションモデルについてのプロフィール兼諸評のような書き込みだった。
「ほう? これが我が事務所のモデルたちへの世間からの評判とな。ふむふむ、なかなかに的を射ているじゃねえか」
満足そうに笑んでは淹れたてのジャスミンティーをひと口含む。
男の名はレイ・ヒイラギ。男性モデルばかりを集めて事務所を構えている経営者である。彼が興味深く見つめている画面には、次のような文言が書き付けられていた。
『―モデルクラブ・G9、メインモデル略歴紹介―』と題されたページだ。数あるモデルたちの内、特に顕著な四人のことが紹介されていた。
Ryoji(リョウジ)
トップモデル三十歳。容姿はケチのつけようがない、いわゆる男前。顔のつくりは万人が好感を抱く羨ましいくらいの整いようの上、一八〇センチをゆうに超える高身長。筋肉質で逞しく、だが贅肉はなく引き締まったシックスバックスが見事といえる。
好感度は当然高いが、嫉みからか彼を気に入らない者も少なからずいるのは事実。あまりに見目の良過ぎるゆえに、話し掛けてもきっと相手にしてもらえないか、あるいは鼻にかけた態度をされて自分が傷付くのを恐れているか、そのどちらかによってアンチも多い。
Shizuki(シヅキ)
歳は二十七歳。マニアの間ではよくよく知られたそこそこ有名モデルで、通称『キング・オブ・ドール』と言われる不思議な通り名を持つ。それは彼の壮絶に美しい容姿を讃えて付けられたそうだが、一方で私生活は謎だらけでいて人間付き合いも希薄である。モデル仲間からは『変人』と異名を取る――少々変わった男のようだ。
Yan(イェン)
香港生まれの香港育ちでオリエンタルな魅力が光る混血のイケメンモデル。トップモデルのリョウジを上回る高身長の上、放つ俺様オーラが特徴的で、モデルよりも黒社会の方が合っているのではと噂されている。他人を寄せ付けない鋭い雰囲気とは裏腹に、インタビューなどで実際に面と向かって話すと意外にも気さくらしい。そのギャップルールに魅せられる者が多いとの評判。リョウジとは同じ年で親友でもある。
雪吹冰(ふぶき ひょう)
二十歳を過ぎたばかりの新人モデル。格好いいというよりは可愛いらしいのが持ち味で、性質も穏やかでやさしいことから、中高年や小学生といった高齢もしくは若年層からの好感度が高いのが特徴。律儀で生真面目、先輩を立てて後輩にも丁寧という評判。新人とは思えない表現力は神級と言われていて、非の打ち所がない優等生というイメージの持ち主。
そんな彼らを束ねるモデルクラブの社長は、自らもトップモデルとして一時代を風靡した男で、名はレイ・ヒイラギ。
五十半ばを過ぎた今なお、美麗な容姿に優雅な立ち居振る舞いは天然記念物かバンパイアと言われるほどである。そんな見掛けに反して三十過ぎの子持ちだが、妻とはその子が生まれて間もなく離縁。男手ひとつでパパ業とモデル業をこなし、子が成人すると自らのヘアメイクとして側に置いた。パパとは呼ばせず、『レイちゃん』と名前呼びさせているのは業界内でも有名な話である。
紹介記事を読み終えて再びジャスミンティーを啜る。
「ふむ、世間様もよく見てくれているものだ。多少辛口の評価も否めないが、まあ実際当たっているから許容範囲だな。だが――」
レイはニヤっと自慢げに口角を上げると、紹介文を丸々コピーしてローカルフォルダのメモ帳に貼り付けた。
「こっから先は世間様も知らねえ機密部分だ。せっかくだからこの俺様が書き足しておいてやろう」
カチャリ――ティーカップを置くと、慣れた手つきでキーボードを打ち始めた。
美麗なる社長が束ねるイケメン満載のモデル事務所。表向きは順風満帆の羨ましい理想図に君臨している男たちであるが、彼らにはそれぞれ他人に言えぬ裏の顔があることを世間は知らない。モデルというのはいわば彼らの隠れ蓑としての表の姿なのだ。
ではその知られざる裏の顔とはいったい何か。一人ずつ順を追ってご説明しよう。
まずはリョウジ。本名は鐘崎遼二 ――だ。
彼を含めて芸名で活躍するモデルは当事務所に数人いるが、彼らの本名は事務所に所属するモデルたち以外には公表していない。事務所内では本名で呼ばれているものの、他所での口外は箝口令によって固く禁止されている。
鐘崎遼二 の父親は裏の世界を牛耳る超一流の始末屋である。通称『鐘崎 組』という看板を掲げ、世間からは極道と呼ばれているが、一般にいうヤクザとは少々意味合いが異なる。
主たるは政治家、大企業、警察組織、果ては軍の筋とも密接に繋がっていて、表沙汰にできない難解な事案を解決する為に国内外を問わず各方面から要請される依頼をこなすプロ中のプロだ。
父子共に体術、IT関連、迅速俊敏な行動力は他の追随を許さず、だが表立って世間にその手柄が公表されることはない。いわば裏の世界のそのまた裏に生きているといった陰の実力者といえる。
まだ物心つかぬ内に両親が離縁した為、父親に男手ひとつで育てられ、三十路を過ぎた現在では組の若頭として、そして押しも押されもしない次代継承者として立派に父親を支えている男である。
次にシヅキ、こいつの本名は一之宮紫月 という。
彼の実家の生業は寺である。と同時に、永きに渡り祖先から受け継がれてきた道場を経営する武闘一家でもあり、特に祖父にあたる住職は、いわば二足の草鞋で生きている僧侶と認識されている。紫月 本人は幼い頃に母親を病で亡くし、彼もまた鐘崎遼二 同様、父の男手ひとつで育てられてきた。
美しい容姿は異性よりも同性の興味を引くことが多いものの、空手から合気道などの体術はむろんのこと、剣術、弓術なども一通り身につけていて、スレンダーな見た目を裏切る武術の技は、時に彼の美しくやわな印象につけ込んだ相手に痛手を負わせてきたことも数多い。
腕が立つことから、世にはびこる悪事への叱責役を依頼されることも多く、正体を隠した忍者のように秘密裏にそれらをこなすことから『影の忍者』と呼ばれている。このあたりは鐘崎 組と業務内容が似たり寄ったりの始末屋と言えるだろう。しかしながら実態を知る者がほぼ存在しない為、都市伝説とも思われている。その名の通り闇夜を縦横無尽に渡り、影だけで決して正体を明かさないという徹底ぶりで、それ故裏の世界で生きる鐘崎 でもその存在を知らないという謎めいた男。
そしてイェン。本名は周焔 。
香港生まれの香港育ちという彼はオリエンタルな男前の容姿を生かしてモデルとなったものの、実家は裏社会を治めるマフィアの一家で、焔 はいわば頭領 の息子である。しかし母親が妾であったことから、庶子という立場で直接組織の運営に携わることを辞退し、モデルの道を選んだ。
本妻との間に生まれた嫡子の兄がいて、兄弟仲はすこぶる良く、継母からも信頼され可愛がられている。故に肝心な時には組織の右腕としても貢献している。
拳法をはじめとする体術の他、射撃の腕も秀逸で、ファミリーからも一目置かれ、頼りにされている。
雪吹冰 。二十歳の新人として昨年から当事務所に在籍、彼だけは本名で活動させている。
彼もまた周焔 と同じく香港で生まれ育った。両親は共に日本人だが、冰 が生まれる以前から香港に移住し、繁華街で小さな雑貨店を営んでいた。冰 が幼い頃に地元マフィア絡みの抗争に巻き込まれて、両親は他界。以後は隣家に住んでいたカジノディーラーの黄 老人に引き取られて育った。
一人でも生きていけるようにと老人からディーラーの技を教え込まれ、類稀なる才能を発揮するも、老人を看取った後、事務所代表のレイ・ヒイラギにスカウトされてモデルとなった。
そしてレイ・ヒイラギ。
モデル事務所の社長というのは表の顔で、裏の世界に精通しており、鐘崎 や周 らの素性も把握。モデル業をやらせる傍ら、裏からの依頼を取りまとめては必要に応じて各所に人材を派遣している。当然のことながら鐘崎 の組織や周 の実家であるマフィアファミリーとも親密懇意の仲である。
「――うむ、こんなところかな。数日後には我が事務所が年度毎に仕掛けているメインプロジェクト――カップリングモデルの組み替え発表が待っている。今年は世間様からどんな反応が来るか今から楽しみだ」
ますます満足げに笑んでは、午後の暖かい陽射しに向けて両腕を上げ、思い切り背伸びをする。
「さて――と! お遊びはこれくらいにして業務に取り掛かるとするかね」
飲み終えたカップを手にデスクを立ち上がり、次なる″仕掛け″に取り掛かる経営者としての顔に戻っていったのだった。
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