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呪い

「……じゃあ、慰めてもらっちゃおうかな?」  リンデルの声色が変わったことに、男はすぐ気付いた。  身体を離して顔を覗き込めば、やはりリンデルはじわりと熱を宿した、期待を込めた瞳で見返してくる。  カースは半眼になりつつも、とにかくリンデルが元気を出してくれたことにホッとする。  元気を出す方向は、ちょっと、間違っている気もしなくはないが。 「まずはロッソを、ちゃんと寝かすぞ」  窘めるような男の声に、リンデルは正しく意図が伝わったことを嬉しく思いながら従う。 「はーい」  全身に纏わり付いた体液を綺麗さっぱり拭い取られて寝巻きを整えられた従者を、リンデルが一人用のベッドへ寝かせて布団をかける。  もう痙攣は治まっており、ロッソは安らかな、どこかうっとりとした表情で目を閉じていた。  その頬に、リンデルはそっと口付けを落とす。 「いつも、ありがとう」  囁いて黒髪を撫でると、リンデルは二人用の広いベッドへと引き返す。  やる気満々の青年に、カースは内心ため息を吐きながらその後に続いた。  男の手足はまだ重だるく、頭もじわりと痛む。  何より痛むのは……――。  先にベッドに上がった青年は、いそいそと自分の寝巻きのボタンを外していた。  下は既に、先ほどから何もつけていないため、じわりと立ち上がりかけている様子が分かる。  男がベッドに膝を下ろすと、金色の青年が嬉しそうに見上げてきた。 「あのさ、カース、俺二回しかイってなくて……」 「普通は一回イけば十分なんだよ」  カースが無意味と知りつつも返事をする。 「でも俺、ほら、ここまで我慢してたし……さ……?」  上目遣いで見上げられて、カースはもう分かっているとばかりに金色の頭を撫でた。 「……俺が相手すりゃいいんだろ?」 「えへへ」  リンデルが素直にはにかむ様子に、カースもまた心緩んだ。 「何度でも慰めるとは言ったが、今日は一度……出来るかも分かんねぇぞ」 「ん……。分かった」  リンデルはコクリと頷くと、それでも嬉しそうに男の胸元に擦り寄って、男の服を脱がしにかかる。  カースは、そんなリンデルを見ながら、この青年が俺との行為に求めているのは快感ではなく安らぎなんだろうな。と理解する。  それならば、こいつが満足するまで与えてやることもできるだろう。 「カース……大好き」  露わになった男の浅黒い色をした胸元に、リンデルがぴたりと頬を寄せて告げる。 「わかってるよ」  言葉よりもずっと優しい声で、男は青年の反対の頬を指先で撫でる。 「左目は……まだ痛む?」  不意に尋ねられ、その真剣な声色にカースは息を呑んだ。  リンデルの言葉に応えるように、男の暗い視界の奥でズキンと重い痛みが響く。 「もう大丈夫だ」  痛みを堪えて、男が何ともなさそうに答える。 「嘘吐き……」  リンデルは感情の読めない声でそれだけ言うと、男の胸へと舌を這わせた。 「……っ」  男の小さく息を呑む音だけが、静かな部屋に落ちる。  男が失った空色の瞳。  それは男にとって、ずっとずっと、呪いだった。  両親の仲を裂き、生まれ育った国を焼き、俺と共に逃げた者達を皆殺した。  この眼さえ無ければ……。  俺さえ生まれてこなければ……。と、何度思ったか分からない。  ただの重荷だった眼が、少しは役に立つのだと知ったのは、ゼフィアに拾われてからだった。  あいつに使い方を叩き込まれてからは、なんだかんだと助けられる場面も多かった。  それでも、こんな眼でよかったと思うことなんてなかった。  あの時までは。  腕を失い大量の血を流し、長い昏睡から目覚めた俺は、風の噂でリンデル達が無事騎士団に保護されたと聞いた。  リンデルを、少なくともこんな汚れた場所から救い出せたと知った。  この眼があって良かったと。初めて思った。  次に良かったと思えたのは、呪いに侵され痛みに喘ぐあいつの痛みを消せた時だ。  ゼフィアは、俺と二人で暮らし始めた頃には既に、いくつかの呪詛に侵されていた。  盗賊にはもう戻らないというあいつは、俺に占術や呪術、そして呪いのなんたるかを身体で教えた。  あいつを蝕んでいた、一番大きな背から脇腹に走る呪印。  あれは、あいつの殺してしまった想い人の親が放っていた呪いだったのだと、後から知った。  ゼフィアが亡くなる三年ほど前くらいから、呪いは酷くなった。 「向こうもそろそろ、死にかけてんのかもな」  あいつは苦痛に歪む顔で笑った。 「俺が死ぬまで傍に居ろ」とゼフィアは言った。  それと同時に「俺が死んだら、どこにでも行け」とも言われた。  こんなに長い間俺を縛り付けておいて、よく言うなと思った。  墓なんかどうでもいいと、死んだらもうそこで終わりだとゼフィアはいつも言っていた。  けれど俺は、あいつが死んだ後も、ずっとここに残った。  他に行きたい場所なんて、俺にはなかった。  あいつが幸せだったのかは分からない。  だが、痛覚を遮断してやったら、あいつは「ありがとな」と笑った。  スッキリした顔をして「お前がいてくれて、よかったぜ」と笑った。  俺は「お前なんかと、出会いたくなかった」と返事をしたが、あいつはそれでもくつくつと喉の奥で笑うだけだった。  俺は、痛みに喘ぐあいつの声が止んだ事に、心底ホッとしていた……。 「カース?」  どこか不安げな声に、男は思い出から引き戻される。  視線を下ろせば、リンデルはカースの下衣を下ろし、カースのそれを大切そうに両手で包んでいる。  けれど、それは力なくうなだれたままだった。 「ああ、悪ぃ。ちょっと考え事してた」  カースが苦笑を浮かべて謝ると、リンデルがムッとした顔をする。 「えぇー、俺としてるのに?」 「悪かったよ……」  カースは愛しげにリンデルの白い頬を浅黒い色の指でそっと包む。  ほんの少し不満げに膨らませた頬と、尖りかけた唇。  頬は血色の良い色で、金色の双眸がじっとこちらを見つめている。  この青年が生きていてくれて良かった。  ……本当に、良かった……。  カースは思わず熱くなる目頭に、ギュッと目を閉じて堪える。  ズキンと、無視しきれない痛みが左眼から頭の奥へと走る。  けれど男に後悔はなかった。  あるのは、この命を守り切れた自分への、ささやかな誇りだけだった。 「まだ……、眼は痛むんだね……?」  リンデルは男の胸元に這い上がってくると、包帯に巻かれて隠されているその左眼へ口付けようとして……、痛みを与えてしまう事を怖がってか、とどまった。  青年は悲しそうに、申し訳なさそうに、彼の包帯を見つめる。 「いいんだ」  カースは短くそう答えた。  その顔は、リンデルとは対照的な、スッキリとした表情だった。 「カース……」  カースは、自分の名を――あの男が自分につけた、“呪い”という名を呟いた青年を、胸元に抱く。 「お前を守れたなら、この眼が……、俺が、生まれてきた意味はあった」  そう。最後に良かったと思ったのは、この眼でリンデルを守れた時だ。  こいつの命が守り切れた。その事実に、俺は生まれてきて良かったとまで思えた。  こんなに最悪な人生を歩み続けてきても、それでも。  こいつに出会って、こいつの助けになれたのなら、何一つ悔いはないとすら思えてしまった。 「……俺はずっと、生まれてこなければよかったと思っていた」 「っ、カース……」  リンデルは、男が零した言葉に息を呑む。 「だが今は、こうして生まれてきて、良かったと思ってる」  カースの腕が、短い方の腕とともにリンデルを深く抱き締める。  リンデルの柔らかな金髪に顔を埋めて、男は続ける。 「生まれて初めて……、な」

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