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第1話
強引に引き寄せた俺を、アイツは拒まなかった。
服の上から、その細い腰を掌でなぞる。
布地越しでも、その下の熱が驚くほど生々しく伝わってきた。
俺の腕の中に閉じ込められたアイツは、逃げるどころか、しがみつくように俺の腕に手を重ねてくる。
「……あ」
耳元で、甘く掠れた声が漏れた。
今、この瞬間、アイツは間違いなく俺のものだ。
そう確信して、下着の中に直接手を滑り込ませようとした、その時だった。
「……だめ」
俺の手首が、アイツの手でぎゅっと掴まれた。
「なんで?」
そのまま耳元で問いかける。
拒んではいるが、アイツの体はまだ俺の胸の中に預けられたままだ。
ただ、決定的な一線を越えることを、震えながら躊躇っている。
「……パンツの、上からだったらいいの?」
囁くと、アイツは答えず、ただじっと俺の手に力を込めた。
否定はしない。
それが、アイツが許したギリギリの境界線だった。
俺は手を戻し、布越しにゆっくりとその熱を撫でた。
手のひらから伝わる、硬さと温度。
ダイレクトに触れるよりも、薄い布一枚を挟んでいるもどかしさが、かえって俺たちの感覚を狂わせた。
じりじりとした情欲が、指先に集まっていく。
「ぁ……んっ……」
後ろから抱きすくめられたまま、アイツの声が熱を帯びていく。
俺のシャツを掴むアイツの手に力が入り、弓なりに反った背中が、俺の胸に強く押し付けられた。
服越しでも、十分に感じているのがわかる。
完全に、俺を受け入れてくれている。
こんなに熱くなって、俺を求めているのに。
もう、限界だった。
こんな隔たりなんて、もう必要ない。
そう思い、今度こそ強引に中へ手を滑り込ませようとした、瞬間。
バシッ。
さっきよりもずっと強く、俺の手が払いのけられた。
「……だめっ、やめてっ!」
「なんで?」
掠れた声が出た。
ここまで来て? 布越しでも、今まさに達するところだったのに。
「もう、……だめ、やめて」
顔を背け、俺の腕から逃れようとする。
さっきまでの熱が嘘みたいに。
「どうして。……俺のこと、嫌になった?」
「……やめてくれないなら、嫌いになる」
震える声で突き放され、頭に上っていた血が一気に冷えていく。
「わかったよ、やめる。やめるから……」
ゆっくりと体を離す。
胸の奥がひどく痛い。
「でも、意味わかんないだろ。嫌いじゃないなら、どうして……」
「……」
「俺だけが、勝手に舞い上がってたのか?」
「ちがうっ……!」
「じゃあ、なんだよ!」
「……好き、だから」
「は?」
意味がわからない。
好きなら、どうして。
「……どうして」
沈黙。
荒い息遣いだけが響く。
逃げ場をなくしたアイツは、顔を真っ赤にして、消え入りそうな声で白状した。
「……汚れちゃう、から」
◇
——次の夜。
今度は僕が、隣のベッドにいるあいつに向かって、暗闇の中で小さく呟いた。
「昨日の続き、しよ」
暗闇の中、隣のベッドに寝ているあいつに向けて小さく呟いた。
少しの沈黙の後、布団が擦れる音がして、あいつがゆっくりと体を寄せてくる。
「……いいの?」
「でも、汚れちゃうのやだ」
布団をぎゅっと握りしめて正直な気持ちを口にすると、あいつは短く息を吐き、暗闇越しでもわかるくらい熱を帯びた声で言った。
「汚れないようにしてあげるから、自分で脱いで」
自分で脱いで。
その言葉に、一瞬だけ手元の動きが止まった。昨日はあんなに触れられることを嫌がって、力いっぱい手を払いのけたというのに。
それなのに今、自分からパンツを下ろした。
すごく温かいものに、すっぽりと包み込まれた。
昨日の夜からずっと不安で冷え切っていた体の芯が、嘘みたいにじんわりと熱く溶けていく。
「あっ……」
暗闇の中、俺たちは向かい合った状態で、お互いの両手をしっかりと絡め合い、指先までぎゅっと繋いでいた。
だが、急に、その温かい感覚がふっと離れた。
「……んっ?」
急に放り出された物足りなさに身をよじると、あいつは繋いだ手に少しだけ力を込めて、下から僕の顔を覗き込んできた。
暗闇で光るその目。
「……っ、やめないで」
掠れた声で強請ると、あいつは満足そうに目を細め、再びその熱で俺を包み込んだ。
また手と手を強く握り合う。甘い痺れが腰の奥から這い上がり、頭の中がぐちゃぐちゃになりかけた、その時。
またしても、わざとらしく動きが止まった。
「あ……っ、なんで」
焦らされるもどかしさに、荒い息が漏れる。
「……意地悪。やめないでってば……」
たまらず俺は、きつく絡めていたあいつの指を自分から振り解いた。
そのまま両手を伸ばし、あいつの頭を抱え込むようにして、続けてほしい場所へと強引に引き寄せる。
「やめないで…」
あいつの髪に指を深く絡め、押し付けるように縋り付いた。あいつの喉の奥から、くくっ、と低く笑うような声が響いた気がした。
けれど、あいつが再び本気で応え始めた途端、今度は目の前が真っ白になるほどの鋭い感覚が全身を貫いた。
「あっ……! ぁ、だめっ」
さっきまで自分から強請っていたくせに、限界が近づいてくる恐怖と強すぎる快感にパニックになる。
「もう、やめて……っ、お願い、止めて……!」
頭を抱えていた手に力を込めて引き離そうとするけれど、あいつはビクともしない。むしろ、絶対に逃がさないとばかりに、今度はあいつの大きな手が僕の腰をがっちりとホールドしてきた。
「ひっ……やめて、いじわる、しないで……っ!」
僕の悲鳴みたいな懇願も虚しく、あいつの容赦ない熱が、俺の理性を完全に焼き切ろうとしていた。
限界を迎えて目の前が真っ白になり、大きく跳ねた体がベッドに沈み込んだ直後。
荒い呼吸を繰り返す俺の顔の前に、あいつがゆっくりと上がってきた。
その口は、俺の熱のすべてを含んだまま、一文字に固く閉じられている。
「それ……どうするの?」
息も絶え絶えに尋ねると、あいつは無言のまま、じっと僕の目を見つめ返してきた。
「飲んじゃダメだよっ……!」
すると、あいつは少しだけ目を細めると、そのままゆっくりと自分の唇を俺の唇へと近づけてきた。
「んっ……」
重なった唇から、あいつの舌が俺の口をこじ開けようと這い込んでくる。
口移しで、僕の中に、それを戻そうとしている。
あいつの舌と絡み合いながら、あいつの体温が混じったひどく甘くて熱いものを、こぼさないようにしっかりと喉の奥へ受け取る。
すべてを受け取り終わって唇が離れると、あいつは暗闇の中で、本当に嬉しそうに、そしてどこかホッとしたように小さく微笑んだ。
-終-
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