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第1話

四年前、医大のキャンパス。 朝陽にとって、橘(たちばな)碧空(あおと)は特別な存在だった。 誰に対してもクールで、外科医を目指して脇目も振らず勉強に励む碧空。 けれど、朝陽が図書館の隅で小説を執筆していると、彼はいつも隣に座り、何も言わずにコーヒーを置いてくれた。 朝陽は大学在学中からその才能を開花させ、新人賞を受賞するほどの小説家になっていた。 碧空は、朝陽の書く「言葉」の最初の読者であり、理解者だったのだ。 「朝陽、お前の書く空は、いつも少し寂しいな」 そう言って笑う碧空の横顔を、朝陽は一生忘れないと思っていた。 しかし、幸福は音を立てずに崩れた。 キャンパスの掲示板の前。 碧空と同じ医大生の女性、沙良(さら)が友人たちと話しているのを耳にしてしまったのだ。 「碧空(あおと)くんとの婚約? ええ、親同士が決めたことだけど、彼も納得してるみたい。将来は橘総合病院を一緒に支えていくことになる……わ……ね」 朝陽(あさひ)の指先から、持っていた原稿用紙が滑り落ちた。 碧空には、ふさわしいパートナーがいる。 自分のような、いつ筆一本で食べていけなくなるか分からないΩ(オメガ)の男ではない。 それから、朝陽は碧空を避けるようになった。 碧空からの連絡を無視し、大学ですれ違っても目を伏せる。 碧空は戸惑ったような表情を見せていたが、研修医として忙しくなると、二人の距離は物理的にも絶望的に離れていった。 大学卒業後、朝陽はヒット作を連発し、一躍人気作家の仲間入りを果たした。 多忙を極める中、出版社から「一年間、資料集めを兼ねてアメリカへ行かないか」という提案を受ける。環境を変えたい一心で、朝陽はその話を受けた。 渡米の日が近づいた頃、共通の友人である倫久(みちひさ)から同窓会の誘いがあった。 「最後くらい、顔出せよ。碧空も来るってさ」 断る理由はなかった。むしろ、最後にもう一度だけ、彼に会っておきたかった。 会場で再会した碧空は、学生時代よりもさらに凛々しく、大人の男の香りを纏っていた。 「……朝陽、行くんだな。アメリカ」 「うん。少し、遠くへ行きたくなったんだ」 お酒の勢いもあったのか、それとも運命の悪戯か。 その夜、二人はかつて言えなかった思いを確認するように、一夜を共にした。 朝陽にとってそれは、一生に一度の、最初で最後の思い出にするはずの夜だった。 アメリカに渡って数ヶ月。朝陽を襲ったのは、激しい体調不良だった。 検査の結果、医師から告げられたのは「妊娠」の二文字。 「……うそ……」 驚きと、それ以上の恐怖。 けれど、お腹に手を当てた瞬間、そこにある確かな鼓動を感じた。 碧空との、たった一つの繋がり。 朝陽は執筆を続けながら、不安を抱えて日本へと帰国した。 帰国後、朝陽が向かったのは『橘総合病院』だった。 そこで待っていたのは、碧空の父であり、世界的に名を知られる名医の厳(げん)だった。 厳は、朝陽を診察室へ招き入れると、険しい顔……ではなく、どこか深い慈愛に満ちた瞳で朝陽を見つめた。 「朝陽くん……君の体質について、詳しく話しておかなければならない」 厳の言葉に、朝陽の肩が震える。 「君は『mα(ミュータント・アルファ)』という、極めて稀な性質を持っている。この性質は、αの遺伝子を持ちながら、Ωのように子供を宿すことができる……選ばれし者だけが持つ、命の器だ」 「君が今、その身に宿しているのは……言いたくなければ言わなくてもいいが、もしかしたら碧空の子じゃないのかい?」 朝陽の目から、堰を切ったように涙が溢れた。 「は……い。でも、碧空には婚約者が……」 「そんなものは、もう終わっている。相手の父親に泣きつかれて一時的に結んだだけのものだ。あいつが……碧空が君をどれほど探していたか」 「朝陽くん、一人で背負うのはもうおしまいにしなさい」 厳は、朝陽の震える手を、温かな、名医の大きな手で包み込んだ。 「これからは、この橘家が全力で君と、その子を守る。私の孫を……そして、碧空が愛した唯一の人を」 橘総合病院の院長室。重厚なマホガニーのデスクを挟んで、碧空(あおと)と厳(げん)が向かい合っていた。 窓の外では、朝陽の帰国を歓迎するかのように激しい雨が地面を叩いている。 「父さん、話がある。朝陽(あさひ)が……小鹿(おが)朝陽が日本に戻っていると聞いた。あいつは今、どこにいるんです?」 碧空の問いに、厳は老眼鏡を外し、鋭い眼光を息子に向けた。 その眼差しは、世界に名を馳せる外科医としての冷徹さと、一人の父としての怒りが混ざり合っていた。 「今更、何の用だ。四年もの間、あの子を独りで異国に放り出したお前が」 「それは……! 俺には沙良(さら)との婚約があった。橘の名を汚すわけにはいかなかったんだ」 その瞬間、厳の拳がデスクを叩いた。 ドン、という鈍い音が部屋に響く。 「馬鹿者が! 橘の名がそんなに軽いものか! あの婚約は、沙良君の父親が経営難で泣きついてきたのを、私が一時的に救うための策だったと言ったはずだ。お前が朝陽くんを本気で想っているなら、なぜもっと早く私に相談しなかった!」 厳は引き出しから一通の封筒を取り出し、碧空の前に放り投げた。 「これは……」 「婚約解消の合意書だ。沙良君とも話はついている。彼女には他に想い人がいてな、お前との形式上の関係に窮屈さを感じていたそうだ。……碧空、医者としての腕は私に似て一流だが、大切な人の心を読む腕は三流以下だな」 碧空は合意書を握りしめ、愕然と立ち尽くした。 「朝陽くんは、mαという奇跡のような体質を持って、お前の子を独りで守り抜いたんだ。今、彼は私の管理下で保護している。……碧空、今すぐ行って、その腕で二人を抱きしめてこい。それができないなら、二度と私の前に顔を見せるな!」 厳の不器用な、けれど海よりも深い慈愛に、碧空は深く頭を下げた。 「……ありがとう、父さん。行ってくる」 背後で厳が「ふん、孫の顔を見るまでは死ねんからな」と小さく呟いたのを、碧空は聞き逃さなかった。 院長室を飛び出した碧空は、病院の屋上庭園で夕暮れの空を見つめていた朝陽を見つけた。 冷たい春の風に吹かれ、どこか心細そうに自分の腕を抱きしめている朝陽の背中。 その姿が、四年前の別れの日と重なり、碧空の胸を激しく締め付けた。 「……朝陽」 名前を呼ぶと、朝陽が肩を跳ねさせて振り返った。その瞳は、不安で細く揺れている。 「碧空……。あの、婚約者の方は……」 「そんなものはもう、どこにもない」 碧空は一歩、また一歩と朝陽に近づき、その細い肩を両手でしっかりと掴んだ。 「父さんと話してきた。すべて終わったよ。沙良とのことも、俺を縛っていたつまらない体面も、全部捨ててきた。……朝陽、四年前、俺の弱さのせいで、お前を一人にして本当にすまなかった」 「碧空……っ。でも、僕は……」 「聞け、朝陽。お前が一人で異国へ渡り、俺との子を……結空(ゆいと)を、命がけで守り抜いてくれたこと。父さんから聞いた。mαという体がどれほど奇跡的で、どれほど負担がかかるものか、医者の俺が一番わかってやるべきだったのに……っ」 碧空の声が、悔恨で微かに震える。彼は朝陽の頬をやさしく包み込み、額をそっと合わせた。 「朝陽、もう二度とお前を一人にはしない。お前が書く物語の中の誰よりも、俺がお前を幸せにする。……俺の番(つがい)になってくれ。そして、これから生まれてくるこの子の、本当の父親にしてほしい」 碧空はポケットから、シンプルだが気品のあるプラチナのリングを取り出した。それは、厳から「橘の家に代々伝わる、愛する者を守るための石だ」と託されたものだった。 朝陽の瞳から、堪えていた涙が溢れ出し、碧空の指を濡らす。 「……僕で、いいの? 碧空を、困らせない?」 「お前じゃなきゃダメなんだ。朝陽、お前は俺の人生に射し込んだ、たった一つの『旭』なんだから」 碧空は朝陽の左手を取り、薬指にそっと指輪を滑らせた。そして、壊れ物を扱うような手つきで朝陽を抱き寄せ、そのお腹に、まだ見ぬ新しい命に届くように囁いた。 「待たせたな、朝陽。……愛してる。一生、俺の隣にいてくれ」 夕闇が迫る空には、一番星が輝き始めていた。 二人の間に流れた四年の空白は、今、温かな涙と抱擁によって、永遠の誓いへと書き換えられた。 「……っ、うん。……よろしくね、碧空」 朝陽が碧空の胸に顔を埋め、ぎゅっと背中に手を回す。 その温もりを感じながら、碧空は心に誓った。この温かな鼓動を、この腕の中にある奇跡を、命に代えても守り抜くと。 それは、新しい家族としての、最初の一歩。 二人の物語は、希望に満ちた出産の日へと、静かに、けれど力強く加速していく――。 それから数ヶ月後。 季節は巡り、雪解けの柔らかな風が吹き始めた頃。 橘総合病院の特別分娩室は、異様な緊張感に包まれていた。 mαという特殊な体質での出産。 それは医学的にも前例が少なく、極めて慎重な対応が求められた。 執刀、そして統括を務めるのは院長の厳。 そしてその隣には、助手として、そして一人の男として、朝陽の手を握る碧空の姿があった。 「はぁっ、はぁっ……碧空……っ」 「大丈夫だ、朝陽。俺がついている。父さんも、最高のスタッフもみんなここにいる」 朝陽の額には玉のような汗が浮かび、痛みで白く細い指が碧空の腕に食い込む。 男性Ωである朝陽の母彩人(あやと)も、分娩室の外で祈るように待機していた。 「朝陽くん、いいかい、ゆっくり呼吸をするんだ。君の体の中に宿ったその『命の器』は、今、新しい世界へ繋がろうとしている」 厳の声は、いつになく穏やかで、絶対的な安心感に満ちていた。 世界的な名医としての技術が、今、愛する家族のために注ぎ込まれる。 「っ……あ……っ!!」 朝陽が大きくのけ反り、碧空がその体を支えた瞬間。 静寂に包まれた室内に、高らかで、力強い産声が響き渡った。 「……生まれたぞ。元気な男の子だ」 厳が、血のついた手袋のまま、けれど誰よりも優しく赤子を抱き上げた。 碧空に差し出されたその小さな命は、まだ赤く、けれど驚くほど力強く手足を動かしている。 「朝陽、見てくれ……俺たちの、子供だ」 碧空が涙を堪えながら、疲れ果てた朝陽の傍らに赤子を運ぶ。 朝陽は震える手でその頬に触れ、微かな声で呟いた。 「……結空。空を……結ぶ子……」 その言葉を聞いた厳は、満足げに頷き、碧空の肩に手を置いた。 「いい名だ。碧空と朝陽が結ばれた、最高の空だな」 窓の外には、夜明けの光が差し込み始めていた。 かつて孤独に怯え、独りでアメリカへと渡った朝陽。 けれど今、彼の周りには、彼を愛し、守り抜こうとする「家族」という名の光が満ち溢れていた。 退院して数日。 橘家のバスルームには、手術室さながらの緊張感が漂っていた。 「朝陽、湯温は38.5度。室温は24度に設定した。バスタオルと着替えの配置もミリ単位で最適化してある。準備は完璧だ」 碧空は、世界的な名医である父・厳譲りの鋭い眼光でベビーバスを見つめていた。 その姿は、難手術に挑む執刀医そのものだ。 「ふふ、碧空。そんなに肩に力を入れないで。オペじゃないんだから」 隣で支える朝陽がクスクスと笑うが、碧空の表情は真剣そのものだ。 彼は、壊れ物を扱うような手つきで、恐る恐る結空を湯船に入れた。 しかし、お湯に触れた瞬間、結空が「ふぎゃあ!」と元気な産声を上げ、小さな手足をバタつかせた。 「っ! 結空、待て、暴れるな! 右手の保持が……滑る……! 朝陽、ガーゼだ、予備の ガーゼを!」 「はいはい、パパ。落ち着いて。耳にお湯が入らないようにね」 病院では「氷の外科医」と恐れられる男が、わずか五十センチの赤ん坊を前に、手術中よりも激しく汗を流している。 結局、結空の力強いキックでお湯を浴びた碧空は、シャツをびしょ濡れにしながらも、洗い終えた息子を抱き上げて「……ふう。完璧な仕上がりだ」と、ボサボサになった髪で満足げに微笑んだ。 その不器用な愛しさに、朝陽はそっと寄り添い、幸せを噛みしめるのだった。 退院してからの橘家は、かつてないほどの熱気に包まれていた。 朝陽の母彩人と、碧空の母志津子(しづこ)という、強力なバックアップ陣が揃ったからだ。 「ちょっと志津子さん! 結空ちゃんの産着は、このオーガニックコットンのじゃないと肌を傷めちゃうよね!」 彩人が、柔らかな物腰ながらも譲れないこだわりを見せる。 「あら彩人くん。今の医学ではね、少しの刺激があったほうが皮膚が丈夫になるのよ。それよりこの知育玩具を見てちょうだい。将来は名医か、はたまた朝陽さんのような文豪か……楽しみねぇ」 志津子が、園長としての経験と、αらしい先を見据えた? 理論で対抗する。 二人は親友のように仲が良いのだが、結空のこととなると話は別だ。 リビングでは、世界的な名医であるはずの厳が、高価な聴診器を「おもちゃ」にして結空をあやしている。 橘総合病院の院長室。 重厚なマホガニーのデスクで、厳は険しい顔をしてパソコンの画面を凝視していた。 その眼差しは、まるで解明不能な難病の症例を検討しているかのように鋭い。 「……ふむ。この英国製の最高級シルク、結空の肌には少し硬いか。やはり、この手摘みのオーガニックコットンが妥当だろう」 実は厳が、こっそりと特注のベビー服を注文していた。 それも、背中に小さく『Future Surgeon(未来の外科医)』と金糸で刺繍を入れた、特大の「じいじの期待」が詰まったデザインだ。 コンコン、とノックの音が響く。 「院長、次の診察のお時間ですが……」 看護師が入ってくると、厳は電光石火の速さでブラウザの画面を切り替え、冷徹な名医の顔に戻った。 「……わかっている。今、mαの症例に関する最新の研究論文を精読していたところだ。邪魔をするな」 嘘である。 数日後、自宅の庭で、届いたばかりの特注服を着た結空を抱き、芝生の上を這いつくばって遊ぶ厳の姿があった。 「結空、じいじの心臓の音を聞いてごらん。トックン、トックン……ほら、お前を愛している音だよ」 「ふふ、厳さんもあんなに顔を崩して。病院のスタッフが見たら腰を抜かしますわね」 志津子と彩人がテラスで笑い合う横で、厳は照れ隠しに「ふん、橘の跡取りには最高のものが必要なだけだ」と、誰よりも嬉しそうに鼻を鳴らすのだった。 「……父さん、仕事中より真剣な顔して何やってるんだよ」 碧空の呆れた声も、幸せな喧騒の中にかき消されていった。 ある日の夜。 朝陽が執筆の締め切りでどうしても手が離せず、碧空が一人で結空の面倒を見ることになった。 「大丈夫だ、朝陽。オペに比べれば、育児など理論で解決できる」 自信満々に白衣(の代わりのエプロン)を翻した碧空だったが、現実は甘くなかった。 「ふぎゃぁぁぁん‼」 「……っ! 結空、待て。今、計算通りにオムツを……ああっ、そっちはダメだ!」 精密なメス捌きを誇る碧空の手が、赤ん坊の予想外のキックに翻弄されている。 「なぜだ……構造は理解しているのに、なぜ留まらない……! まさか、この個体には未知の動きが……」 「碧空、それを言うなら『この子』でしょ」 リビングを覗いた朝陽が、前回の沐浴のことを思い出しクスクスと笑いながら手伝おうとすると、碧空は必死な顔でそれを制した。 「……いや、これは俺の、父親としての執刀(オペ)だ。朝陽、手出しは無用だ」 格好つけているが、碧空の額には冷や汗が滲み、髪は結空に引っ張られてボサボサだ。 ようやくオムツ替えが終わる頃には、碧空はソファに崩れ落ちていた。 結空がようやく眠りにつき、家の中に静寂が訪れる。 朝陽がデスクでペンを走らせていると、後ろから大きな体温が重なってきた。 「……碧空? 起きてたの?」 「……朝陽……」 碧空が朝陽の首筋に顔を埋め、深く息を吸い込む。 病院での「氷の外科医」の仮面は完全に剥がれ落ち、そこには一人の甘えたがりな男がいた。 「結空は、いいな。ずっとお前に抱っこしてもらえて」 「何言ってるの、自分の息子でしょ?」 「わかっている。だが、今日は一回も俺と視線が合わなかった。お前は結空のことばかり……」 碧空の手が朝陽の腰を強く引き寄せる。 四年の空白を埋めるように、碧空の愛情は時として暴走するほどに重く、甘い。 「碧空……っ、苦しいよ」 「離さない。……朝陽、明日は俺が休みだ。結空は父さんと母さんが見てくれると言っている。……明日は一日中、俺だけを見ていろ」 耳元で囁かれる低く甘い声。 朝陽は、碧空の独占欲に困らされながらも、その温かさに包まれる幸せに、そっと目を閉じた。 外では、夜明け前の碧い空が、二人の幸せを祝福するように静かに明けていこうとしていた。 月日は流れ、春の柔らかな日差しが、小鹿(おが)家のリビングに差し込んでいた。 窓の外では、庭のハナミズキが風に揺れ、穏やかな朝を告げている。……はずだった。 結空(ゆいと)も3歳になり、たちばな保育園に通っている。 「結空(ゆいと)! ほら、靴下片方どこ行ったの? 出発まであと十分だよ!」                      キッチンでエプロンをなびかせ、朝(あさ)陽(ひ)が声を張り上げる。 手元では、結空の好物である甘い卵焼きを詰め込んだお弁当箱が、カチャカチャと音を立てていた。 朝陽は、人気若手小説家という顔の他に、「三歳の怪獣の母」という戦場に身を置く顔を持っていた。 いつも手伝ってくれている碧空も学会で不在な今、言葉に甘えて実家の小鹿家に来ている。 「まーまー、ちゃかな(魚)さんの、くちした、ないの……」 結空が、パジャマのまま畳の上をごろごろと転がっている。 その後ろから、朝陽の母である、彩人が洗濯物の山を抱えて現れた。 「もう、朝陽。そんなに急かしたら結空が可哀想だよ。あーちゃんが探してあげるからね」 「母さん、甘やかしすぎだよ! 今日は編集部との打ち合わせなんだから」 そんなバタバタとしたリビングの喧騒を、のっそりと起きてきた青年が欠伸をしながら眺めていた。朝陽の弟、蒼汰だ。 「……相変わらず、朝から元気だなぁ。戦場かよ」 「蒼汰! 起きてるなら結空の着替え手伝って!」 「はいはい、お兄様。朝から美人の顔が台無しだぞ。結空、ほら、こっちおいで。にぃにがヒーローに変身させてやる」 蒼汰が結空をひょいと抱き上げると、結空は「きゃっきゃ」と声をあげて喜ぶ。 その賑やかで温かな風景に、朝陽は思わず吹き出した。バタバタと騒がしいけれど、こ れこそが僕たちの日常だ。 さて、冷めないうちに食卓を囲もう。 明日もまた、この最高の騒々しさが続くことを願いながら。

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