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第24話

 それから蒼太は結局マンションには帰らなかった。藍と同居しているマンションではなく、以前まで住んでいた自身のマンションへと数ヶ月ぶりに帰った蒼太は、未だにズボンを押し上げ主張している自身を処理した。ふぅ、と一先ず息を吐いた蒼太は『今日は友達の家に泊まるから家には帰らない』と藍に連絡した。今の状態で藍と二人きりになる事を蒼太は恐れ、とにかく落ち着きたかった。  すると、スマホから通知音が鳴る。藍にしては返事が早いな、と思った蒼太が画面を開くと、通知の相手は藍ではなく拓海だった。『丁度今蒼太の家の近くなんだけど、酒持ってくから寄ってもいい?』という拓海からのメッセージ、藍と同居してから拓海に会っていなかった蒼太は、久しぶりに親友と宅飲みも悪くないと思いすぐに了承のメッセージを送った。  三十分程で蒼太のマンションを訪ねてきた拓海を、蒼太は笑顔で招き入れた。テーブルの上にビニール袋に入ったいくつかの酒を置いた拓海は「いやー結構久しぶりだよね」と中から缶ビールを取り出す。 「ね、元気してたー?」 「あはは、なんか親戚のおじさんみたい」  ひと笑いした拓海は蒼太に缶ビールを手渡す。蒼太は有難く缶ビールを受け取ると、プルタブを開けビールを喉へ流し込んだ。 「はー、うま」 「今帰ったばっか?」 「え?ああ、うん」 「へー、大変だね。こんな遅いんだ」  先程まで藍の姿に興奮して一人で抜いていた、なんてとてもじゃないが言えなかったため「今日は特別遅かったんだ」と蒼太は笑って誤魔化す。 「そうなんだ、最近誘っても断ってばっかだったけど、やっぱり仕事が忙しいの?」  拓海の質問に蒼太は言葉が詰まる。藍と同居が始まってから、拓海に誘われても断っていた。その理由は藍と少しでも長く一緒に居たかったからであり、そんなこと拓海に言えるはずもなかった。  そういえば藍との事をまだ拓海に話していなかった事を思い出す。蒼太は少し悩んだ末に口を開いた。 「忙しかったっていうか…実は色々あって今藍と同居してるんだよね」  蒼太の言葉に、拓海は目を丸くし「えぇ?!」と驚いたような声を上げた。 「えっ…!?藍って水樹藍っ?」 「うん」 「なんで?!この前藍とは高校から会ってないって言ってたのに?!」  拓海が驚くのも無理はないだろう、あの藍と同居しているなんて誰が聞いても驚くはずだ。蒼太は藍と同居する事になった一連の話を拓海に打ち明けた。自分で話していてもたった数ヶ月で色々起きすぎだろ、と突っ込みたくなるほどだった。 「そんな事が起きてたなんて…なんで言ってくれなかったんだよー?」 「いやー、いっぱいいっぱいでさ。ごめん」 「それで、藍とはどんな感じなの?」  またもや蒼太は返答に困ってしまう。順調…なのだろうか、藍との生活を思い出した蒼太は、先程の藍の姿が頭に浮かんでしまいボッと顔を赤くさせる。 「どうしたの?」 「へ?いや別に?!」  慌てて誤魔化した蒼太は、一度ビールを口に含んだ。 「藍とは順調だよ。写真もよく撮れてるし」 「そっか、それならいいんだけどさ」 「あのさ拓海…もしも、もしもの話なんだけどね?」  蒼太は慎重に言葉を並べていった。そしてゴクリと生唾を飲み込むとゆっくりと口を開く。 「友達の…その…自慰行為を目撃してしまったらどうする…?」  拓海は大きな瞳をぱちくりと瞬きさせると「何言ってるの?」と不思議そうに首を傾げた。 「いや…っ今男と同居してるからそういう場面もあるんじゃないかって思ってさ、もし万が一見ちゃったらどうしたらいいんだろうって思ってさ」  蒼太は早口で言い訳じみた事を口にする。流石に拓海に話すのは不味かっただろうかと焦りを覚えたが、一人で抱えるには大きすぎる問題だったために拓海に頼らないわけにはいかなかった。  しばらく考え込むように缶ビールを見つめていた拓海は、顔を上げ蒼太に視線を向けた。 「見ちゃったら見ちゃったでしょうがないんじゃない?自慰なんて男だったら誰でもするし、特に俺は気にしないかな。蒼太のオナニー見ても俺は次の日には忘れる」 「は、はは、そうだよね」  拓海の答えは実に真っ当なものだった。蒼太だって藍以外の友人のそういう姿を見たとしても、最初は気まずく思うだろうがすぐに忘れてしまうことだろう。藍相手だからこんなに動揺してしまっているのだ。 「ごめん、変なこと聞いて。男と同居なんて初めてだったからさ」 「ふーん、まぁ男同士で同居なんてなかなかしないしね。それとちょっと気になったんだけど、藍って普段もあんな感じなの?」 「あんな感じって?」 「テレビに映ってる時の藍ってこと、高校の時もそうだったけど藍っていつも明るくてキラキラしてるじゃん?普段もあんな感じなのかなーって思ってさ」  拓海が藍に興味を持っていることが珍しくて、蒼太は少し驚いた。学生時代も他の友人はよく藍について蒼太に聞いてきた。人気者だった藍の事が気になる他の友人の気持ちはよく理解出来たし、蒼太も逆の立場だったら同じように藍について野次馬していた事だろう。しかし拓海だけは藍に興味を示さなかったのだった。 「拓海が藍に興味を示すなんて珍しいね」 「えー?そうかな?それで、どうなのさ?」 「え?あーうん、藍はテレビで見るまんまの藍だよ」  蒼太は嘘をついた。流石に拓海相手でも藍の本性については話すことが出来なかった。 「そうなんだ。俺は昔から藍の事が不思議で仕方ないんだよね、なんであんなにキラキラ輝いていられるのかって。だから苦手だったんだよね」  拓海から初めて聞いた藍に対する感情に、「苦手だったの…?」と蒼太は疑問を投げかけた。 「うん、俺って藍とは違ってみんなの中心でわいわいやるようなタイプじゃないし、皆から好かれてる完璧人間のような藍を見てると自分が劣ってるように感じちゃうんだ。だから昔から藍の事はどこか苦手だった」  拓海は少し寂しげに瞳を細めた。そんな拓海の姿が、どこか藍を羨んでるように蒼太には見えた。  拓海が藍とは真逆なタイプだということは蒼太も知っていた。二人が会話をしているところはほとんど見た事がなかったが、きっと馬が合わないんだろうなと思っていた。それでも拓海の本音など聞いた事がなかったため、藍に対してそんな感情を抱いていたなんて知らなかった。 「蒼太はさ、藍の何処がそんなに好きなの?」 「えっ?」  唐突な拓海の質問に、ビールを飲もうと缶を持ち上げた蒼太の手が止まった。蒼太を見つめる拓海の鋭い瞳に、蒼太は戸惑いを覚えた。 「俺は藍の事がそんなに魅力的には見えないから昔から不思議だったんだ。蒼太はいつも藍のことを優先してた、藍の事が好きで仕方ないっていう顔してた。蒼太の目には藍がどう映ってるの?」  拓海の質問に、蒼太は答えられなかった。自分の目に藍がどう映っているかなんて蒼太にだって分からない。しかし拓海からしたら藍は一人の人間にしか過ぎず、蒼太が藍に執拗に執着する理由が分からないのも無理は無いのだろう。  蒼太が黙り込んでいると「あー、ごめんごめん」と拓海が笑顔を零した。 「そんな真剣に悩まなくてもいいよ、ちょっと気になっただけだからさ」  拓海は蒼太を気遣うように声を掛けた。拓海に悪いと思いながらも、蒼太はなかなか答えを出せずにいた。いい加減何か答えなければならないと焦った蒼太は、考えが纏まっていない状態で口を開く。 「俺には藍が魅力的に見えて仕方ないんだ…なんでって聞かれても明確な答えを出すには難しいんだけど、とにかく俺にとって藍は特別な存在であることは確かだよ」  自分でも何を話しているのかよく分からなくなってしまったが、これが今の蒼太の答えだった。  蒼太の答えに、寂しげに一度瞼を閉じ肩を下ろした拓海は「そっか」と微笑んだ。それから拓海が藍について追求することは無かった。

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