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八十 かりそめの上京

*** 修良に頼まれた(追い払われた)珊瑚は、天寿国の首都の上京に訪れた。 上京はこの大陸の屈指の繁栄都市。 千年以上も戦火から免れた安泰な歴史を持っているので、多くの豪族富商は安心して本拠地をここに置いてある。 風水立地にも恵まれ、冬が極寒にならなく、夏が酷暑にならない。 こんな真夏の夜は、ちょうどお祭りや夜市など行事で盛んでいる時期。 いつもなら、珊瑚も人間に混ぜて、楽しく一息つくのだろうが、 今回の彼は、好んでいる賑やかな行事に振り向かずに、皇城に直進した。 もちろん、見習い捕快という低い身分では夜の皇城に入れない。 珊瑚は皇城の守衛に、一つの特殊な札を見せた。 「御霊堂(ごれいどう)」とうい部門の通行札だ。 「御霊堂」は人間界における鬼怪精霊絡みの事務を管理する部門。 妖怪と人間の結婚から、平和協定を違反する非人類の取り締まりまで、幅広い業務を遂行している。 また、妖怪の習性に合わせるために、夜にも勤務する数の少ない部門の一つだ。 一見大使館みたいなところだけど、霊的事件に鎮圧など武力が必要となる場合が多いので、独自な兵隊を有する。 部門の長も「将軍」の肩書を持っている。 現任の長は「粛衛(しゅくえい)将軍」。 名前は擎啸風(けいしょうふう)、人間ではなく、正真正銘の妖怪だ。 灰色の長い髪に氷のような瞳、無口で表情を見せない青年の姿をしている。 その外見のせいで、人を怖がらせるのが日常茶飯事だが、どんな仕事にも怠らず、よく深夜まで繁雑な業務を処理する勤勉で忠実な官僚だ。 啸風は今夜もいつものように静かに仕事を片付けるつもりだったが、珊瑚の到来に邪魔された。 「粛衛将軍様、夜分失礼いたします」 礼儀正しい微笑みで、珊瑚は切り出した。 「御配下の参謀・于又(うゆ)が玄天派の準上級弟子、玄幸一のよからぬ噂を流したという通報を受けました。この件について、何かご存じでしょうか?」 「――」 啸風は視線を書物から珊瑚に移して、珊瑚としばらく見つめ合う。 そして、硬い返事を置いた。 「知りません」 「ですが、複数の証人から証言がありました。于又との対面のご許可をお願いします」 「于又は地方で公務をしています。三日後に戻る予定です。後日にしてください」 「三日後、ね~」 珊瑚は引き締めた表情を解いて、口調を緩めて、長い息を吐いた。 「せっかくお祭りを我慢して、今晩中にこの件を解決すると思ったのに……これで、三日も存分に楽しめなくなるんじゃないか」 そう言いながら、珊瑚は啸風の隣に歩いて、書物の詰まった机に浅く座った。 「一体なんのために来た?お祭りか?仕事か?」 啸風も軽くため息をついて、態度が少し柔らかくなった。 「もちろん仕事だ。人間界と妖界の使者として平和に貢献するのは、今のそれがしの役目だからね」 珊瑚は左手で指を鳴らして、自分の周りにキラキラの光を付けた。 「平和に貢献したいなら、この御霊堂で働いたほうがより効率的だ。一介の見習い捕快と使者は、できることが限られている」 啸風はもう一度ため息をついた。 これまで何度も珊瑚を高い官職に誘ったのに、珊瑚は一切応じなかった。 「嫌だ。硬い働き方は性に合わない」 わがまま子供のように、珊瑚はもう一度断った。 「お前を拘束するようなことはしない。自由に動ける権限を与える」 「権限がありすぎでも心配だ。例えば、上司がいきなり退職して、すべての指揮権をそれがしに押し付けるとか。人間の朝廷のことが何も分からないし、今回こそ、仕事に押しつぶされて死んじゃうよ~」 「……」 「……」 しばらく沈黙が経っていたら、啸風は目を閉じて、顎を下げた。 「……悪かった」 当初、いきなり蒼鋭軍の将軍職をやめて、軍を珊瑚に任せたのはほかでもなく、彼だったから。 でも、珊瑚は気楽そうに笑った。 「別にいいよ、妖界のために、多少苦労をしても大したことはない」 「妖界のためなら、徹底的な解決方法があるだろう。あの玄幸一を確保すれば……」 「幸一は人間だ。妖界とのことは無関係」 啸風の提案がまだ終わっていないのに、珊瑚はその話を断ち切った。 「……」 珊瑚の態度がいきなり硬くなった。 啸風は眉間に皺ができて、鼻で軽くフンをした。 「無関係?あの玄幸一が狙われいてる原因、お前は知っているだろ」 「知らない。たとえ関係があっても、友を利用することや、大勢のためという理由で誰かに犠牲を要求することは、それがしの美学に違反する」 珊瑚は迷いなく白を切った。 「今は情報の流出が抑えられているが、いずれその真相が妖界で広まったら、お前は責任を問われるかもしれない」 「問われたところで、それがしの美学は変わらないよ」 「……」 「……」 雰囲気がちょっとまずくなったので、珊瑚はつまらなさそうに身を翻し、出口に向かった。 「お祭りはまだやっているかな、今の時間じゃ、焼きそばを大盛でもらえるかも――」 「珊瑚」 「っ!」 ふいに、啸風に前を越され、右肩を抑えられた。 自分より頭半分個高い啸風に近くで睨まれて、珊瑚でも威圧を感じた。 「右腕、まだ上がらないだろ」 「……」 珊瑚の右肩は修良との戦いで一度粉々に壊された。 その直後に、幸一の生命霊力を受けて、速やかに回復したが、やはり、まだ思うままに動けない。 「いつもなら、利き手の右手で炎を点した。将軍と大司祭の候補を辞退した理由の一つはこれだろ」 「そんなことない。ただの気まぐれだ」 珊瑚は狐らしく目を細くして、啸風の話を否定した。 「外見は完全無欠だが、中の筋がちゃんと繋がっていない、血肉がまだごちゃごちゃな状態だ」 啸風は診断を言いながら、珊瑚の肩を抑えている手に少しだけ力を入れた。 「っ……!」 針に刺されたような痛みが珊瑚の右肩を襲う。 「使者とかやっている場合じゃない。静養に行け」 「静養?無人の森で、毎日も横になっていてい、味の薄いおかゆしか飲めない、友達と遊べない、『退屈死』っていうことの言い換えか……」 「……」 珊瑚のわがままを聞いたら、啸風の顔色が暗くなった。 珊瑚は魅惑な微笑みを浮かべ、腕を組もうと啸風の腕に手をかけた。 「でもまあ、何処かの親切なお兄さんが大事なお仕事を休んで、同伴してくれるなら、考えなくもないが……っ!!」 珊瑚は無理な要求で啸風の口を塞げようとしたが、いきなり、自分の口が封じられた――啸風の口に。 その同時に、冷たい妖力が肩に流れるのを感じた。 重い右肩が持ち上げられ、うずうずしている熱い痛みがだんだん鎮めるられる。 唇がきつく抑えられているが、それ以上のことをされなかった。 啸風の目的はただ彼を固定するだけのようだ。 十分な妖力を注いだら、啸風は珊瑚を放した。 「骨周りを固めた。無理をしなければ、かなり楽になる」 「楽になるのはありがたいけど、寒い……」 珊瑚は肩に手を覆って、わざと不満そうな表情を見せた。 「ちょうどいい、夏の暑さを和らげる」 「……」 「それに、妖界使者の仕事がどうにもならないが、見習い捕快の仕事はしばらく禁止だ。これも預けてもらう」 啸風は手早く珊瑚の腰帯から御霊堂の札を没収した。 「……」 見習い捕快という職は、もともと御霊堂の関係で配属されたもの。 妖界使者の勤務範囲は人間界だから、御霊堂の協力がなければほぼ成り立たない。 これが実質的な強制休暇だと気付いて、珊瑚は「はー」と息を吐いた。 「では、感謝の気持ちを込めて、勤勉な将軍様の夜のお仕事にお手伝いさせていただきます」 珊瑚は指を鳴らして、数十玉の赤く燃える狐火を啸風の執務室に点した。 「夜は暗いから、これで目が楽になりますよ」 ニコニコしながら、珊瑚は一本をやり返した。 「……」 「于又、いるのか?」 無言に珊瑚を見送った後、啸風は「地方で公務をしている」軍師の名を呼んだ。 「将軍」 まもなく、一縷の灰色の煙が机の隣に現れて、安静な青年の姿になった。 「玄幸一の動きを把握してこいと言ったが、妙な噂を流すと言ってない」 于又は頭を深く下げた。 「申し訳ございません。ですが、玄幸一は仙道の人間で、隣に厄介者もいます。朝廷の手引きを使って、万が一気付かれた場合、いろいろ面倒になります。民間の妖怪を働かせたほうが適切かと思いました」 「それも一理があるが、その噂の後ろにお前の存在が気づかれた以上、民間人を使うのが無意味になる」 「大変申し訳ございません。ぼくの不注意でした。妖怪の関係図に詳しい珊瑚様のところに回されると思いませんでした」 「珊瑚は頑固ものだ。おそらく、玄幸一のところに向かっている。彼の動きを把握しよう」 「かしこまりました」 短い会話を交わしている間、于又の頭からじわじわと汗が出た。 原因は上司が怖いのではなく、真夏の執務室に、数十個の大きな火玉が燃えているから。 「あの……啸風様、火玉、消しましょうか?」 「いいんだ」 啸風は顔色を変えずに于又の提案を断った。 「……」 珊瑚のことを頭から追い払って、啸風は仕事に戻ろうとしたら、一人の兵士が知らせに来た。 「将軍、陛下からの伝令です」 「陛下?」 「御霊堂粛衛将軍擎啸風、速やかに紫辰(ししん)殿に謁見するように」 「こんな時間に、なにか大事件ではないでしょうね……」 啸風が呼ばれたことを考えながら、于又は御霊堂を出た。 正門を出ると、夜空に流れ星が現れた。 最近、歴史上で観測されなかった新しい流星群が発生した。 本当に何か大事件が発生する兆かも知れない…… 「まさか……」 「于又さん、お久しぶりです」 于又は夢中に夜空を見上げていたら、突然に声をかけられた。 「!?」 振り向くと、ニコニコの珊瑚がいた。 「さ、珊瑚様ぁ!?」 于又はまた汗を流した。 今回は、冷汗だった。

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