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第6話 始まりの物語

 二百年前。  大陸への長い船旅を終えて、商船がエイカの港に戻ってくる。  往路に積んでいたものは彫金、羊毛、シルク、琥珀、大陸には生息していない竜種の素材など。  復路に積んできたのは、エイカだけでは生産が追いつかない鉱物。  そしてエイカには生息していない妖精の粉や氷床獣(マンモス)の毛皮など。  「親父殿。今回もみんな喜んでくれそうですね」  当時23歳のルトレフ・ヴィオレツクは、側にいた壮年の男に話しかけた。 「ああ。今年の冬は底冷えしそうだから、特に毛皮は喜ばれるはずだ」  親父殿と呼ばれた男、ガスタフ・ノルドレーンは、歯を覗かせてニッと笑った。  エイカの商人は弟子入り制度によって知識が受け継がれていく。  ルトレフの師匠は、このガスタフであった。  港には既に沢山のエイカ人が待っていた。  さっそく主計官であるマッティ・ミューが、売上金から手数料を引いた金額を、船に商品を委託していた者たちに分配していく。  委託を示す契約書には、大陸から持ち帰った紙の製法と印刷技術が使われており、とにかく合理的だ。 「ルトレフ!」  数週間ぶりの地面を踏み締めたルトレフに、声を掛けるものがあった。  人混みを掻き分けながら近付いてくる、母のリマだ。  ガスタフの娘であるリーフも一緒だ。 「ただいま、母さん」 「今回も無事に帰ってきてくれて良かった。  今日はご馳走よ。干してない肉をハーブで焼くから、楽しみにしていて」 「やった! 母さんの料理大好き」  ルトレフには巫女であるリマしか家族が居ない。  父ライモンドは狩人だったが、竜種を狩りに行って亡くなってしまった。 「お久しぶりです、リマ様」  先程までリーフとの再会を喜んでいたガスタフが、リマに挨拶する。 「ガスタフ。ルトレフがお世話になっていますわ」 「いやいや奥様、ルトレフは本当に筋が良い。  航海術、外国語、交渉、戦闘、何でも出来る」 「そうよ、本当にお世話になってるのは父さんの方なんだから!」  リーフがガスタフの背中を押して言うと、一同は笑いに包まれた。 「ルトレフが合議の代表になれば嬉しいのだがなあ」 「そんな! 俺なんかが?」  合議に参加する代表者は年功序列ではなく実力のみで決められるが、それにしてもルトレフの名が挙がるのは異例の若さだ。  冗談としか思えなかった。 「実はもう推薦してたりしてな!」 「おお、ありがとう親父殿!」 『合議に参加することが出来たら、金がもっと入ってくる。  薪や温かいスープに困らない生活を手に入れて、母さんに恩返しするんだ……』    長旅に揉まれた商船のメンテナンスをするルトレフに、主計官としての仕事を終えたマッティが近付いてくる。 「よお、ルトレフ。  お前が合議に参加するかもって本当か?」 「ま、まだ分からないぜ。  色んな人の承認を得なきゃいけないんだし」 「ルトレフならなれそうな気がするけどなあ。  もし代表者になれたら、みんながもっと主計官に優しくするように命令しといてくれ。  船員っつーのは主計官をどこか敵視してる者が多い気がする」 「ははは、分かったよ。  もし代表者になれたら、それを俺の最初の仕事にする」 「本当か? ありがとう!」  ガスタフの言葉通り、代表者の一人が勇退すると、ルトレフは合議に参加する代表者の一員となった。  しかしそれがルトレフの運命を死に一歩近付けていた。 「エイカ人の皆様も、我ら王都ラケルの配下に属しませぬか?  我々は香辛料、芸術品、寒冷地には生息していない花鬼(ドライアド)や鷲獅子(グリフォン)の素材を提供出来ます。  あなた方の商船にそれらを委託してみるのも面白かろうと、ネツァーリク王は仰せだ」  それが、エイカに突然やってきたラケル人の官僚の言い分だった。  委託、つまり頼み事をするのに服従を迫るとは何事か!  エイカ人の誰もがそう思った。  しかし彼らがエイカの町中に騎士を潜ませているのは知っている。  こんなものは実質脅迫であった。  モンスターとの戦いや、海戦には慣れているエイカ人だが、陸での戦争に勝ち目は無い。  道は「恭順」一つだった。 「ネツァーリク王はエイカの皆様を歓迎するでしょう!  かくなる上は、剛のものをお一人、将軍としてラケルに迎えたい。  誰か我こそはという男はおりませぬかな」  官僚の言葉に、沈黙が流れる。  しばらくして立ち上がったのはルトレフだった。 「私が行こう」  ネツァーリク王がどんな目的を持っているのかは知らない。  だがルトレフは、どうせ誰かが行かねばならぬのなら自分が、と決意したのだ。  数ヶ月後、ルトレフの家。 「ラケルは暑いというから、綿を抜いておいたわ。  それでも暑さには気を付けてね」  リマが、綿を抜いた民族衣装を渡してくれる。 「ありがとう。  母さんこそ気を付けてね。  特に雪かき。危ないんだから」 「大丈夫よ。近所の人が手伝ってくれるわ」  荷物を袋に詰めると、ルトレフは家を出る。  そこには見送りのガスタフの姿が見えないほど、沢山のラケル人兵士たちが居た。    幸いなのは、ルトレフのために付いてきてくれるというエイカ人も百余人居たことだ。  中にはマッティの姿もあった。  ルトレフは馬に乗ると、ゆっくりと進みだす。 「行って参ります! 母さん! 父さん! 親父殿!」  ルトレフは気丈に手を振り、沢山のラケル兵に囲まれながら南下していった。  辿り着いたラケルは温暖、豪華絢爛な土地であった。 「そちがルトレフ・ヴィオレツクか」  早速謁見させられたのが、エイカを恭順させたことによりこの島国の全てを手に入れた王——ネツァーリク・オルエルン王であった。  獅子を思わせる巻毛としなやかな筋肉を持つ老爺だ。 「お初にお目にかかります。  将軍の地位を賜りました以上、誠心誠意……」 「そういうのは良い」  ネツァーリクはルトレフの挨拶を打ち切らせると、端的に話す。 「我は神器が欲しい。  この島国の神器を全て試したが、我の願いは叶わなかった。  我の要望が分かるか?」 「……海の外に神器を借りに行くということでしょうか」 「借りるなどと生ぬるい!  奪いに行くのだ。  大陸へな」  そこで初めて、ネツァーリクの真意が見えた気がした。  彼は大陸へ攻め入るために、大陸への航路や大陸の地理を知り尽くしたエイカ人を手駒として引き入れたのだ。 『このままだと、無用な大戦争が起きるのでは……!?  そして我々エイカ人はその最前線に配置されるに違いない……』  恐れながら、ルトレフは謁見の間を出て行く。  すると廊下を、男が歩いてくるところであった。  少し伸ばした金髪を艶のある油でスタイリングしており、鮮やかな青で染められたラケルの民族衣装を着た青年。 「……貴様、エイカから来た新顔か」 「……はあ」 「私はグラーリド・リンドート。将軍だ。  今後貴様に指揮する機会もあるかもしれぬ。覚えておけ」  不遜な物言いに、ルトレフの堪忍袋の緒が切れかけた。 「っ……私はルトレフ・ヴィオレツク。  こちらこそ、海戦が起こりましたらグラーリド殿に指揮する機会もあるやもしれませぬ。  以後お見知り置きを」  これがルトレフ・ヴィオレツクとグラーリド・リンドート……そしてルリウスとジェミール・リンドートの二百年にわたる運命の始まりの瞬間であった。

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