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第11話 幼児からの脅迫

「……分からない……。だが、恐ろしいことだが……私はそいつを殺せて良かったと安堵しているらしい」  グラーリドからルトレフへの感情を知り、ルリウスの内心は乱れていた。  同時に、どうにかして嫌われて処刑を回避せねばという思いも強まっていた。  そして今のルリウスはと言うと、ジェミールの甥であるオセラムと城内中を使って追いかけっこをさせられていた。 『二歳ってこんなに体力あるんだ……!?』  海賊やモンスターを敵にするよりはマシだが、それでも疲労は溜まる。  肩で息をするルリウスに、中庭でたまたま居合わせたジェミールが声を掛けてきた。 「ルリウスは子ども相手に遊ぶのが上手いな。  私ではオセラムを楽しませることは出来ないから……感謝している」  確かにジェミールに懐く子どもは稀有そうだ。  そう思うと、オセラムに懐かれている事実に急に優越感が湧いてくる。  しかし、ジェミールは前世で子ども——つまり今のリンドート家の先祖——が居たはずなのに、今世では扱い慣れていないらしい。  前世の技能を引き継げなかったのか、前世でもこの調子だったのか。  それにしても、グラーリドが家庭を築いているのを想像すると少し切なくなる。  ルリウスは自覚する。  自分は「ルトレフ」の時から、グラーリドを好きだった。  あんなに喧嘩ばかりしていても、対等な相手が居ることに喜びを感じていて、それがいつしか執着や愛情に変わっていたのだ。  だが現実は、グラーリドもといジェミールに殺せて良かったと思われるほど憎まれている。  これはもう、どうしようもない。  オセラムへの対応を失敗すればジェミールは自分を嫌いになるだろうか、とルリウスは考えた。  しかし……無理だ。  オセラムが可愛すぎて、彼に酷い対応なんて出来ない。 「ねえ、るりうしゅ」  追いかけっこをやめて、突然オセラムが話しかけてきた。 「はい、何でしょうか」 「るりうしゅ、おいたんと一緒、なんで?」  おいたん、とは叔父のジェミールのことだろう。 「お仕事だからですよ。  私はジェミール様の侍従。  侍従って分かりますか?」 「んー、でも本当は、昔、剣をこう持って、喧嘩いっぱい……」  オセラムの言葉に、ルリウスは凍りつく。  ジェミールも不思議そうに首をかしげた。  子ども特有の霊感か何かは分からないが、オセラムには見えているのだ。  ルリウスとジェミールの前世が! 「け、剣……それはお稽古のことですね!  お稽古は喧嘩ではありませんよ」 「違うの、もっと昔なの!  固いおよーふくを着て、がしゃーん、がしゃーんって歩いて、剣を振るの!」 「甲冑のことか? 私は甲冑など着たことがないが……」  オセラムはさらに核心に迫るようなことを言うし、ジェミールはさらに訝しんでいる。  ルリウスが困っていると、オセラムはしょんぼりとした顔を向けてきた。 「るりうしゅ、おいたんのこと嫌い?」 「ま、まさか。主君として尊敬しております」  少し棒読みになったが、ルリウスは答える。 「そんけい……」 「敬っているという意味です」 「うやま……」 「ルリウス、好きか嫌いかで簡潔に答えてあげなさい」  ジェミールの助け舟が、今は最悪のパスであった。 「っ……好きですよ。だからオセラム様は心配しないでくださいね」  ルリウスが言うと、オセラムよりもジェミールの方が満足げな顔をした。  思わずルリウスは舌打ちしそうになるが、我慢する。 「ちなみに私もルリウスが好きだ。恋人としてな」 「そーなんだ」  続くジェミールとオセラムの会話は、とりあえず無視した。  その時、ジェミールが頭を抱える。 「……また、先日のような痛みだ」  前世を思い出しかけているのだ。 「ジェミール様! 医師に診てもらいましょう」 「ああ……」  ルリウスはジェミールの肩を支えると、天守へ戻って行く。  その後をオセラムはとことこと付いて来ていた。  ジェミールを医師の元に運んだ後、ルリウスはオセラムにたずねてみた。 「喧嘩している私たちが見えるって、どういうことですか?」 「二人を見てたら、後ろに見えるの。  かっちゅーを着て、剣をぶつけてる二人!  キーン、キーンってしててかっこいいけど、なんだか悲しそう……」  悲しそう、という言葉にルリウスは息を呑んだ。  王家の謀略に突き動かされて戦った二人は、純粋に「悲しそう」だったのだ。  オセラムがジェミールにこれ以上何か喋れば、今度こそ前世の記憶が全て甦ってしまうかもしれない。  その前にオセラムに口止めしなくてはならない。  しかし先に口を開いたのはオセラムだった。 「おいたんと戦ってたの、誰にも言っちゃ駄目だった?」 「え、ええ! 出来ればジェミール様にももう言わないでいただけると助かります」 「ふうん。じゃあ、ひみつにするから、オセラムの言うこと一個きいて!」 「な、何故そのような話に」 「おじーちゃんが言ってた。  これが『こーしょーじゅつ』!」  アルトゥール様!? とルリウスは内心で突っ込んだ。  オセラムの要求に一瞬怯んだが、所詮は二歳児の頼みだ。  たかを括りつつ、ルリウスはたずねる。 「ではオセラム様は何をお望みで?」 「狩りに連れて行って! おいたんに頼んでほしいの」 「……いやいや、駄目ですよ!」  弱い魔物とされる小鬼(ゴブリン)だって、人をたやすく殺すくらいには危険なのだ。  先日、マイザからの帰り道に小鬼と遭遇した時だって決して気は抜けなかったのに、二歳がモンスター狩りなどと絶対に駄目だ。 「じゃあ、みんなにるりうしゅとおいたんが戦ってたって言う」 「あああ、それも勘弁してください!」 「ぶー」 「では、狩りよりももっと楽しい遊びをしませんか!?」 「そんなのあるの?」 「ええと……」  出まかせで言ってしまったが、狩り以上に楽しい遊びなど、ルトレフとして二十八年生きて、それにプラスして十八年生きたルリウスですら知らなかった。  あんなに本能をくすぐる刺激的な遊びは確かに存在しないだろう。  オセラムが狩りに憧れる気持ちも分かる。 「一週間……いや、五日ください。  それまでに楽しい遊びを考えて参りますので」  ルリウスはオセラムに約束してしまった。  とりあえずは情報収集だと、ルリウスは休憩中のアリアスとイルズ夫婦に話しかけてみる。  ちなみに今、オセラムはアルトゥールと遊んでいるらしい。 「どうも私、最近オセラム様に懐かれているみたいで……。  不調法がございましたら、お申し付けください」 「とんでもない。ルリウスだって忙しいだろうに、オセラムの相手をしてくれてありがとうね」  アリアスは微笑む。 「後学のために知っておきたいのですが、オセラム様は普段どんな遊びを?  私とは追いかけっこばかりでして」 「追いかけっこ以外なら、積み木とかお馬さんごっこをしてるわよ」  イルズが答えてくれる。 「ちなみに武芸は……」 「うちは四歳から始めると決まっているよ」 「じゃあ狩りのデビューなんていうのは……」 「まだまだ先ねー。魔物相手なんて危なすぎるもの」 「ですよね……」  何も思いつかないまま、四日が経った。  このままではオセラムが前世のことを暴露して、ジェミールの記憶が甦ってしまうかもしれない!  しかし幼児に魔物狩りどころか、剣を持たせることすら無理だ。  ルリウスはよろよろと、オセラムに会いに行った。 「オセラム様……」 「るりうしゅ、面白い遊び、思いついた?」 「いえ、まだ……。  そもそもオセラム様はどうして狩りに行きたいのですか?」  一旦初心に帰り、オセラムに訊いてみる。 「うーんとね、誰かと、どーん、ばしーんってやりたいの」  どーん、ばしーん。  でも、剣は使ってはならない。 「……これだ!」

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