13 / 13

第13話 ジェミールの目覚め

「ベルッタとリジオを匿っているというのはエイカか!  ピディから密告があったぞ!」  大陸側を回る海路を使ったのか、小一時間で城にエレーヌが到着した。  その手にはモリッツからの手紙が握られており、後ろにはピディも控えている。  アルトゥールが静かに答える。 「ええ、確かに二人がエイカに入国したとの知らせは聞いております」 「やはり!」 「ですが二人は神殿に入りました」 「……何?」  アルトゥールがエレーヌの相手をしている間、ジェミールとルリウスは神殿に居た。  そこには神官の服に着替えたリジオと、巫女の服に着替えたベルッタが居て、大麦袋もある。 「神殿に仕える身になれば、他の領地は手出し出来ない。  王家にかけあっても、殺人などの重大犯罪でもない限りは神殿への手出しは避けるはずだ。  神殿は男女別の生活なのでしばらく会えない日が続くだろうが、ほとぼりが冷めたら出してさしあげる。  それまで我慢してくれ」  ジェミールが言った。  エレーヌも国も騙す、完全なる保身だ。  しかし今はそれが最も賢かった。 「お二人は城に寄らず、直接神殿に向かって庇護を求めたということになっていますので、そこらへんの口裏はちゃんと合わせといてくださいね。  今のうちにモリッツ様のところへも密使を送って、事情を伝えてありますから。  ピディ殿の証言や手紙だけではもはや証拠にはやらないでしょう」  ルリウスが言う。 「ありがとうございます……」 「少し時間はかかるけれど、これで、生きて幸せになれるんだね……」  リジオとベルッタは別れを惜しみながら、男女別の神殿に入って行った。  不貞とはいえ、ルリウスにはリジオとベルッタが悪いとは思えなかった。  もし自分が政略結婚させられた後にジェミールと出会っていたら、ジェミールに転ばなかった自信が無いからだ。 「ルリウス」  ふいにジェミールが声をかけてくる。 「はい」 「さっきは私たちに進言してくれてありがとう。  ルリウスと話をしていると、なんだか考えが冴えるのだ。  まるで、昔から意見を交わす仲だったような……」 「……いえ、当然のことをしたまでです」  それにしても、ジェミールがエイカの不利益を考えずにリジオとベルッタを守ることを優先しかけたのには驚いた。  彼はルリウスが思っていたよりも情熱的だ。  ルリウス自身は前世の「ルトレフ」だった頃から性格は変わっていないが、ジェミールが「グラーリド」だった頃からも彼は情熱的な一面を秘めていたのだろうか。  城に帰ると、広間でエレーヌが騒いでいた。 「俺もアリアスとイルズ殿みたいに恋愛結婚したいよー!  誰かノリが良くてスタイル良い子を紹介してくれー!」  エレーヌは友人のアリアスに絡み酒している。  ジェミールとルリウスは、広間の扉をそっと閉じた。  数日後、城にある報告がもたらされた。 「竜種(ドラゴン)が小島に人を攫って行きました!  戦艦で追跡していますが近付けず……!」  アルトゥールは外交のため出払っており、アリアスも多忙だ。  当然、現場に向かうのはジェミールであった。 「私が出る。ルリウス、同行しろ」 「勿論です」  竜種の巣はリンデバルの地から少し離れた小島にあった。  小島では、攫われて「保存食」として置かれている少年が泣いていた。  十メートルはある竜種が、島の前を悠々と飛んでいる。  奴らは普段は魚を食べているは虫類なのだが、たまに人を食べようとするのだ。  エイカ人も、エイカの厳しい自然に適応したラケル人も、協力しながら戦艦を操ってドラゴンに肉薄していく。  帆を畳んでオールで推進していても、竜種の翼から起こる風圧で戦艦は大きく揺れた。    それに小島の周囲は潮がぶつかって渦を巻いており、大型船も小舟も近付けない。 「ジェミール様! 矢が尽きそうです!」  太鼓の合図を聞いた指揮官が、慌ただしくジェミールに告げた。  そう、空を飛ぶ竜種に対して人間が出来るのは矢を射掛けることくらい。  だが、鱗の継ぎ目に上手く刺さって初めてダメージを与えられる。  その矢だって、竜種の翼の風圧で四方八方へ飛んで行くので、絶望しかない。 「っ……近くの砦に、竜種を捕らえてある。  私がそれに乗って空中戦に持ち込めば、あるいは……」  ジェミールがとんでもないことを言い出した。 「ジェミール様、死ぬ気ですか!?」 「だが、あの少年を放ってはおけん!」 「……いえ、満潮で流れが弱いこの一瞬ならば島に近付ける! 小舟は早く少年の救助へ!」  ルリウスが叫ぶと、驚きつつも指揮官は太鼓を鳴らした。  指示通りに小舟が小島へ近付いていくと、なんなく上陸出来た。  少年は保護出来ても、問題は竜種だ。 『今から俺は全力で戦う。  この戦いぶりを見たら、今度こそジェミールは前世の記憶を思い出すかもしれない。  だけど、目の前の竜種を放っておく訳にはいかない!  俺の前世での父……ライモンドは、竜種との戦いで死んだのだから!』 「指揮官様、剣を一つお貸しください!」  半ば強引に剣をもらうと、止めるジェミールを振り切り、ルリウスは小舟で海に漕ぎ出す。  まだ満潮の凪いだ時間は続いている。  風もそこまで強くはない。  ルリウスは小舟に積んであったロープを手にすると、竜種を見据える。  竜種の翼がはためくたびに、かなりの風圧が襲ってきた。  しかし竜種はホバリング出来ない。  滑空するということは、先が読める。  竜種の巻き起こす風が読めるのだ。 「そこだ!」  ルリウスは竜種の進行方向を先回りするように、ロープを高く投げた。  ロープは見事、竜種の角にかかる。  前世では帆まで登ることなど日常茶飯事だったルリウスは、難なくロープをよじ登り、竜種の頭の上に立つ。 「はああっ!」  ルリウスの振り下ろした剣は竜種の鱗を砕き、脳天に突き刺さった。  竜種から力が抜けて行くよりも早くルリウスは飛び降り、小舟に着地する。  そして、竜種が水面に落下した時の衝撃にも耐えた。水流に乗って力を受け流し、引き波で戻ってくる。  海兵たちは引いていたが、ジェミールだけはルリウスに見惚れていた。  陸に戻ってきたルリウスに、ジェミールが抱きつく。 「よくやった、ルトレフ……」 「!」 「え、今、俺は……私は何と……」  やはり、この苛烈な戦いぶりを見て記憶が甦ってしまったらしい。 「あの、ルリウス……もし俺がグラーリド・リンドートだと言ったら……そして君がルトレフ・ヴィオレツクだと言ったら……信じるか?」 「っ……信じます。  だから私のことは今限りで解雇してください!  さようなら!」 「待ってくれ……」  腕の中から抜け出したルリウスに、ジェミールは手を伸ばしかけたが、すんでのところで引っ込めてしまった。  それを見たルリウスは、泣きそうな表情で笑う。 「ほら、やっぱり俺のことなんて嫌いだ」  馬で逃げるルリウスを、ジェミールは追えなかった。

ともだちにシェアしよう!