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第2話

 「なーに悩んでんの?」  旭川高等学校に入学してから数日が経過し、ある程度クラス内でグループができ始めたであろう頃に、昼食を共にしていた佐伯からそう声をかけられた。  俺は特にどこかのグループに所属するわけでもなかったが、佐伯のおかげか自然と周りに人が集まってきて、それ自体が一種のグループのような環境へと変わりつつあるような状況であった。  「いや、俺にできるアルバイトって何があるかなって思って……」  「は? しっきーバイトすんの? 剣道は?」  佐伯の声色はかなり低く驚いているようにも聞こえるが、怒っているようにも聞こえなくもない。おそらく佐伯は俺が剣道部に入ると疑わなかったのだろう。佐伯とは中学のころから一緒に剣道部として切磋琢磨しあった仲であり、佐伯自身も剣道部に入部するだろうから俺を剣道部に誘おうと思っていたに違いない。  そんな佐伯には申し訳ないが、俺はもう剣道を辞めると誓ったのだ。佐伯にはそれを伝えなければならない。  「……剣道は辞めるよ」  「……………………どうして? お前剣道好きじゃん? 大会でも入賞するくらいには強いじゃん? 辞める理由ねーだろ!」  空気が一気に悪くなるのがわかる。  佐伯以外にも昼食を共に取っていた高校からの友達だけではなく、ほかのクラスメイトまでもがその険悪なムードを察したのか、クラス中の視線が一気に集まる。  佐伯に関してはここまで大事にするつもりで言ったわけではないだろうが、一度口に出してしまった言葉を取り消すことはできない。しかしながらも佐伯が問いただしたいのも理解できなくはない。  そんな佐伯を俺は落ち着きながら諭《さと》すようにゆっくりと話す。  「佐伯も言ってただろ? 手に職をつけたいって。剣道は確かに好きだけど、それで食っていこうとは思ってないし、好きだからこそ今やらなくてもいいかなって。それに俺んちは片親だから経済的負担をこれ以上かけさせたくねーの」  俺が片親であることを佐伯も知っている。それに加え経済的な問題を出されると佐伯もこれ以上のことは言えないだろう。若干大人げないことをしてしまったかもしれないが、ここで下手に嘘をついて中学からの付き合いのある友達を失いたくはない。そう思えるほど佐伯は大事な友人なのだ。  「……ごめん」  「俺こそごめん。言えてなくて」  「……何のバイトにすんの?」  「いや、それで悩んでるんだって」  申し訳なさそうな顔と声をしながら佐伯は俺と目をそらした状態で軽く頭を下げた。そのままその空気感に耐えきれなかったのか、俺のしようとしているアルバイトに興味を持つような振りをして無理やりにでも話を変えた。  俺もそんな佐伯に話を合わせるようにアルバイトの話にシフトチェンジをする。  「今まで剣道しかしたことないから、どんなアルバイトが向いてるかわかんねーだよ」  俺はそう言いながら、先ほどまで昼食を食べながらにらめっこしていた求人雑誌を佐伯に手渡す。先日購入したばかりだというのに、その求人雑誌は何度も読み返したせいですでにしわくちゃになっていた。  その求人雑誌を受け取り、佐伯もペラペラとその中身を確認する。  「しっきーにもできそうなバイト……ねぇ……」  「高校から家の道中にあるのがベストなんだけど、いい感じのが見つからねぇんだよ。無難にコンビニバイトとかも考えたけど、レジとか品出しとか接客とか在庫管理とか全部覚えんの多分無理」  「いやしっきーならできるでしょ? お前剣道もすごいけど、普通に頭もいいじゃん」  「それとこれとは別。全部を同時進行しなきゃならんのは無理」  「なるほどなぁ……。てかそもそもしっきーは接客とはできても向いてはなさそう」  「……なんで?」  「身長高すぎて怖いだろ。そんなんが接客しにきたらさすがに俺でもビビるわ!」  中学からの付き合いである友達にそんなことを言われてしまってはそうなのかもしれないと思うしかないだろう。俺個人としては接客くらいはできるとは思っているが、できたとしても客をビビらせてしまっては元も子もないだろう。  つまり接客など実際に客と接するようなアルバイトではなく、客とはかかわりを持たないアルバイトを探す必要があるということだ。  高校生ができるアルバイトでそんなものがあるのだろうかと俺だけではなく、話を聞いていたであろうクラスの大半が俺のアルバイトについてどんなアルバイトなら可能かを考え始めた。  そんな中、一緒に昼食を共にとっていたグループの一人である加藤が佐伯から奪い取った求人雑誌の中からあるページを指さし「これならいいんじゃないか?」と提案をしてきた。  その求人に俺だけではなく、気になっていたのかクラスの大半が加藤の指さした求人広告に身を乗り出しながら夢中になっていた。  「清掃員?」  「そ! 遊園地の清掃員だってさ。これなら四季にもできるんじゃねーの?」  加藤が指をさした求人広告は遊園地の清掃員のアルバイト募集広告であった。  清掃員といっても某テーマパークのような園内の清掃をしながら接客をしたり、水を含ませた箒で地面にイラストを描いたりするような清掃員ではなく、本当に園内のゴミ回収であったり、園内にあるお手洗いなどの清掃をする清掃員の募集であった。  「で、できそう!」  「まぁまずは応募して受かるかどうかだけどな」  俺はその場で求人雑誌の一番後ろについている履歴書のページを切り取り、必要な情報を埋めていく。そんな初めて見る履歴書にも興味津々なのか、クラス中の視線は俺ではなく、俺が現在進行形で埋めている履歴書に向いていた。  「気が散るから辞めろ!」  俺のそんな悲鳴は聞こえていないのか、はたまたお構いなしなのか、クラス中が昼食そっちのけで俺の書く履歴書に対し夢中になっていた。  ∴ ∵ ∴ ∵ ∴ ∵  「よ、よろしくお願いします!」  俺は今、アルバイトの面接のため例の遊園地に足を踏み入れていた。  遊園地側に「アルバイトの募集を見てお電話しました」と電話したときもかなり緊張したが、そのときとは比にならないくらいに対面でも面接というものに緊張している。  面接は高校の入学試験の一つであったため、割とつい最近経験したことではあったが、入学試験のときの面接とは聞かれる内容も違うだろうと思い、どんな質問が来るのかと若干の恐怖すら覚えている状態だ。さらに言えば、普段は入ることが許されない遊園地の裏側のような場所にある事務所に通されての面接であったため余計緊張していた。  「こちらこそよろしくお願いします。では早速ですが履歴書は持ってきていますか?」  「はい!」  俺は緊張でカチコチになっている手を必死に動かし、スクールバッグからクリアファイルに入れた履歴書をそのまま面接官に手渡す。  「はい、確かに。では拝見しますね」  「はい……!」  「なるほど、旭川高等学校の生徒さんでしたか。身長が大きいですね。何かスポーツなどされていたんですか?」  「はい! 中学までは剣道をしておりました」  「剣道ですか。かっこいいですね。それでは体力にもかなり自信がおありですか?当園は意外と広いので体力に自信がある方であれば嬉しいのですが」  「自信あります! 重いものを持つなどのお仕事もお任せください!」  面接は俺の予想に反して意外にも順調に進んでいるように思える。  面接官も高校生だからと無下にせず、きちんと敬語を使ってくれているため、案外話しやすい。個人的に企業などでは圧迫面接なるものが存在すると聞いたことがあったため、内心ビクビクしていたのだが、さすがは夢を与える遊園地という職場なのだろう。俺のような子ども相手でも真剣に向き合ってくれている。  しかし、俺が面接中にもかかわらずリラックスしてきたタイミングで事件は起きた。  面接をしていた事務所の扉がドン!と勢いよく開き、焦った様子で遊園地のスタッフ衣装を身にまとったキャストと呼ばれる人が入ってきたのだ。  「水科さんやばいですって! この間のクマの子から連絡が入って、階段踏み外して足を骨折したからクマをすることができなくなったって……って……すみません。面接中でしたか……」  「松本くん、何度も注意しましたが事務所は我々スタッフだけではなく、一般のお客様もいらっしゃる場合があります。もう少し節度を持った行動を心がけてください」  「はい……すみません」  「まぁいいでしょう。それにしても困りましたね……」  そんなにも困ったような表情を見せることなく、水科と呼ばれていた面接官は品定めするような目つきで俺を下から上へと観察をし始めた。俺を頭の先からつま先まで何度も往復してから少し考えた後「申し訳ないですが、少し立っていただけますか?」と俺に問いかけてきたため、俺は素直に従う。  「……松本くん、どう思います? 私個人としては合格だと思いますが」  「俺も同意見です。君! 身長はいくつ?」  「えっと、一八六センチです」  「「合格!」」  俺が身長を答えると、水科さんと松本と呼ばれているスタッフがハモリながらそう告げた。俺は二人だけで話が進んでいるこの状況についていけずキョトンとした顔をさらしていたところ、それを察したのか水科さんがごめんねと言いながらことの詳細を教えてくれた。  簡潔に説明をすると、この遊園地のマスコットキャラクターであるクマがいるのだが、その着ぐるみを担当しているアルバイトの子の一人が怪我をしてしまい、土日祝の着ぐるみの中の人の人員が不足しているということであった。  「ごめんね急に。清掃員のアルバイト募集を見て応募してくれたと思うんだけど、土日祝は清掃員じゃなくて着ぐるみの中の人をお願いできないかな?」  「着ぐるみの中の人ですか? 俺やったことないんですけど、俺で大丈夫なんですか?」  「大丈夫だよ! むしろウチのマスコットキャラクターは割と大きくて、四季くんくらい身長のある子がやってくれたほうが嬉しいんだよね。それにバイト代は弾むよ。これくらいでどうかな?」  そういうと水科さんはリズミカルに電卓を叩き、求人票に記載されていた金額よりも多い金額の打たれた電卓を俺に見せてきた。  時給を上げるのはかなり大変であると聞いたことがあるのだが、働く前から時給が上がってもいいのだろうかと、ありがたいことなのにもかかわらず逆に不安になってくる。  「い、いいんですか?」  「もちろんだよ。むしろ清掃員よりかなり大変な仕事になるけど大丈夫かな? 平日は清掃員をやってもらって、土日祝でマスコットになってもらう感じなんだけど」  「はい! 問題ないです! よろしくお願いします!」  「ありがとう。早速だけど明日からって入れるかな? 学校が終わってからだから十六時くらいからの勤務で、初日は研修とかだからそんなに身構えなくても大丈夫だよ」  「わかりました!」  若干のイレギュラーはあったものの、自分で思っている以上にとんとん拍子にいろんなことが決まっていき、無事アルバイト先が決まった。  また嬉しいことに自転車で遊園地までは行くのだが、本来かかるはずの交通費まで出してくれるなどかなりの好待遇を受けられるらしく、遊園地で働けることへのワクワク感と新しいことへの挑戦するドキドキ感で、遊園地から帰る道中の自転車の速度は風を切る以上のスピードが出ていた。

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