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第6話

 ——買ってしまった。  染谷に学校で聞いた情報を元に、俺は遊園地で血みどろベアのグッズを購入した。  購入したグッズは鞄に付けても邪魔にはならないが、主張が激しいかと言われればそうではないサイズ感の血みどろベアのミニぬいぐるみだ。  俺は遊園地のお土産コーナーにて、同僚のスタッフに丁寧にラッピングしてもらったそのぬいぐるみを鞄の中にしまい込み、なんとも言えない気持ちになりながら帰路についた。  この感情にはなんて言う名前が付いているのだろうか。  すべての事象や感情には名前がついているものと思っているが、今の自分が抱えている感情がどういった名前なのかを俺は知らない。こういったときに勉強しておくって大事なんだと改めて感じる。  これでも一応中学の頃はテストではそれなりの順位であったし、高校の授業も今のところは問題なく付いてこれている。そのため今まで勉強においてなにか困った経験があると言うわけではないのだが、誰かに物事を伝えるという行為は何歳になっても行うもので、感情や物事を言葉として伝えるのにはある程度の学が必要であると感じているのだ。  そして俺は近いうちにその行為を行おうとしていた。  ——告白だ。  購入した血みどろベアのミニぬいぐるみを渡す際に、俺は染谷に告白をしようとしている。  俺はそんな告白の際にどんな言葉が一番思いが伝わるかを考えていた。  染谷のことを好きになったのはおそらく一目惚れだ。入学式当日、桜色の校舎よりも明るめの赤茶色の髪色に朗らかな笑顔が映える彼に俺は目を奪われたあの日に俺はきっと染谷のことが好きになっていたのかもしれない。  あの時はただただ赤毛が群を抜いて似合っていた。とにかく気になる存在だ。という感情しか思いついていなかったが、あの瞬間から一目惚れしていたに違いない。  (なんて言って告白するかぁ……)  告白すること自体は決めているが、どんな風に告白するかはまだ決めていない。  そもそも俺は男で染谷も男だ。  これが男女であればある程度の可能性があったかもしれない。  実際佐伯ほどではないが俺も何度か女性から告白というものをされた経験はある。今までは県道一筋だったため、恋愛というものに割いている時間がなく、すべて断っていたのだが今考えると告白をしてくれた人はかなりの勇気をもって俺に告白をしてくれていたのだと、自分も同じ立場になって初めて理解した。  ——振られるかもしれない。  そんな恐怖で心がどんどん濁っていくのがわかる。  いや振られるに決まっている。  同棲相手からのいきなりの告白なんて、染谷からしたらただただ迷惑なだけではないだろうか。単に友達だと思っていたやつから告白をされるということは、もう今までのような関係ではいられないということだろう。  振られた場合、「じゃあ今まで通り友達のまま」なんて優しい染谷なら言ってくれるだろう。染谷は誰かに俺から告白されたなんてことを言いふらしたりもしないだろうが、いくら染谷でも振った相手とずっと仲良くし続けるなんてことはできないと思う。  会話は徐々になくなっていき、選択授業のときも俺の隣に座ってくれることもなくなるんだと思う。そして最終的にはすれ違っても目すら合わなくなるんじゃないだろうか。  自分がまさかこんなにもネガティブな感情に支配されるなんて思ってもみなかった。  剣道に限らずスポーツは精神論が勝敗を分けると思っている。  そのため多少なりとも気持ちの面では”誰にも負けない”と自負していたのだが今の精神状態ではダメだろう。  告白というイベントにおいては、これまでの経験が何も活かせないのかもしれない。  俺は大きなため息を吐いたまま、不安で胸が張り裂けそうな胸を押さえていた。  ∴ ∵ ∴ ∵ ∴ ∵  染谷にプレゼントするために買った血みどろベアのミニぬいぐるみは未だに俺のカバンの中で眠ったままであった。それも購入してから一つの季節が過ぎようとするほど長い期間だ。  プレゼントを購入した当初はすぐに告白する気でいたのだが、振られたときのことを考えるとなかなか一歩を踏み出す勇気が出ない。  そもそも告白のタイミングでプレゼントを渡すってどうなんだとすら思ってきていた。優しい染谷のことだから俺を振ったとしても血みどろベアのグッズ自体は受け取ってくれるかもしれないが、当人はそのグッズをどうしたらいいかわからなくなるのではないだろうか。  プレゼントとしてもらったものを捨てるわけにもいかず、飾ろうにも振った相手からもらったものを飾るのも気が引け、最終的にはプレゼントを受け取ってしまった事自体を後悔し、こんなコトになるのであれば、振らなければよかったなんていうどうすることもできない感情を抱えてしまうかもしれない。  これは俺の妄想のため、実際にどうなるのかはわからないが、染谷のコトを考えるとやはり一歩が踏み出せない。  (俺、意気地なし過ぎるだろ……)  そんな俺の気持ちとは裏腹に今日も染谷は血みどろベアと写真を撮るために遊園地へと足を運んでいた。  夏休みということもあり、俺はほぼ毎日血みどろベアの中の人としてアルバイトをしているのだが、染谷は毎日ではないものの結構な頻度で遊園地に訪れていた。最初はこんなにも頻繁に遊園地に来てお金は大丈夫なのかと心配をしていたのだが、その心配は杞憂に終わることとなった。  受付を担当している同僚と話す機会があり、それとなく染谷のことを聞いたことがある。  「赤城さんすみません。質問なんですけど……」  「あら四季くん、お疲れ様。どうしたの?」  赤城さんはお子さんが成人し家を出て行ってから、その寂しさを紛らわせるために遊園地の受付で働き始めたらしい。  そんな赤城さんは俺のことを実の子どものように可愛がってくれており、事務所で休憩時間がかぶった際などはお菓子をくれたりしてくれる。  どうも俺の身長が息子さんと同じくらいらしく、俺と息子さんを重ねてくれているようだ。  「夏休みになってからほぼ毎日のように来てる赤茶色の髪色をした学生っているじゃないですか? あの子ってど、どうなんですか?」  「どうって?」  俺の曖昧な質問にもかかわらず嫌な顔一つせず、ただただ俺から話を聞きだすように優しく声を返してくれた。  「いや、遊園地のチケットって学生には割と高価なものじゃないですか。頻繁に来てるから、お金とか大丈夫なのかなって……」  「あぁ! そういうことね! あの子は年パスだからそんなに心配しなくても大丈夫よ」  「年パス……ですか?」  年間パスポート。略して年パス。  この遊園地にも年パスは存在しており、価格として一万五千円と一回の入場料が三千円に比べると少しだけ高く感じるかもしれないが、五回も遊園地に訪れれば元が取れると考えるとかなり良心的な金額なのではないだろうか。  そんな年パスを染谷は所持しているらしく、赤城さんの話曰く俺の見立て通り土日だけではなく夏休み期間はほぼ遊園地に足を運んでいるとのことであった。  「なるほど……なら、まぁ、そこまで心配しなくてもいいですかね」  「大丈夫だと思うわよ。もしかして知り合いだった?」  「えぇ、同級生でして」  「そうなのね。あの子いつもお昼過ぎくらいに来ては、夕方前には帰ってるのをよく見るから、遊園地を楽しんでるっていうよりかは誰かに会いに来ているのかもね」  誰かに会いに来ているという、赤城さんの憶測は正しいだろう。  染谷は”血みどろベア”に会いに来ているのだ。  やはりそう考えると、血みどろベアのミニぬいぐるみをプレゼントするのはいい案だったのではと考える。  そんなことを思い出しながら、俺は今目の前にいる染谷の方を向く。  動かし方も慣れてきた着ぐるみのサムズアップのポーズを取り、今日も染谷と一緒に写真を撮る。  撮影し終えた染谷は嬉しそうにしながら、撮影したばかりの写真をスマホの待ち受けにするとそれを俺に見せてきた。  「今日もありがとうございます!」  染谷はそういうといつものように深く一礼をし、そしていつものように走り去ってしまった。  俺はその背中をまたいつものように眺めていた。  染谷に会う度に好きが増していくのがわかるのだが、その度にどんな風に告白するかというハードルが限界突破していく。  ∴ ∵ ∴ ∵ ∴ ∵  夏休みが明け、はや三週間。  一ミリたりとも進展のない、染谷との関係のどのようなアプローチを進めていけばいいのかを常に考えているのだが、結局のところ俺は今のこの染谷との関係がなんだかんだ気に入っているのかもしれない。  着ぐるみであるものの一緒に写真を撮ることができ、学校ではクラスは違えど選択授業の際には隣に座ってくれ、すれ違った際には声を掛けてくれる。  そんな関係性に今は甘えているのかもしれない。  「しっきーはさぁ、そう言えば例の気になってる子にアプローチできたん?」  移動教室から教室に戻る道中、後ろから抱きつかれるようにして声を掛けてきたのは佐伯であった。トイレから出てきたであろう佐伯は濡れた手をハンカチで拭くわけではなく、俺の制服になすりつけるようにして水分をふき取りながら、夏休み前にしていた相談事への進捗の確認をしてきた。  俺の制服をハンカチする代わりにするのはこれが初めてではないため、俺はまたかと少し呆れたように、またうんざりするように佐伯に「やめろ」と軽く言葉を交わすと一息ついてから佐伯に進捗についての報告をする。  「……進捗はゼロ」  「マジか……話しかけたりとかしてねーの?」  「話したりはしてるけど、今までの関係値と変化はゼロ」  「なるほどなー。結局アプローチはどうするつもりなん?」  「ぷ、プレゼントは買ってある……」  俺は少し恥ずかしがりながらも、プレゼントを購入済みであることを明かす。  それを聞いた佐伯であったが、若干引いたような表情を浮かべていた。  「……マジ?」  「渡せてないけどな」  「いつ渡すの?」  プレゼントをいつ渡せるかなんて、正直それは俺だって知りたい。  そんなことを口に出してしまってもしょうがないため、俺は口には出さないが佐伯もそれを察したのだろう。これ以上は何も言うまいと、最後に濡れた手を拭くように俺の叩く。  「頑張れよ、俺はどんな結果になろうとも応援してる」  そう佐伯は告げると、一足先に教室へと戻っていった。  その背中を見送りながら俺自身も教室へと向かう。  「「「ゆきちゃん、誕生日おめでとぉぉぉぉ!」」」  教室へと向かう途中に通りかかった隣の教室から教室全体に響き渡るほどの声量で誕生日を祝う声が聞こえた。  俺はその「ゆきちゃん」と呼ばれる人物に聞き覚えがあった。  入学式の日、染谷が「由紀」や「ゆきちゃん」と呼ばれていたことを思い出しながら、嫌でも気になるその教室の主役であろう人物に目を向ける。  「——そめ……や?」  クラスの中心で、盛大に誕生日を祝われている人物はまさに染谷であった。  「(……え? 染谷って今日が誕生日なのか?)」  好きな人の誕生日が知れたことへの喜びと、今まで誕生日を知らなかったことへの負の感情が同時に芽生えたのも束の間、俺はチャンスであるとも考えていた。  ——プレゼントを渡せる!

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