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第1話

「……なぁ、姉ちゃん」 「なに?」 姉――真己(まゆみ)はだいぶ前に実家を出た後、長く付き合っていた彼氏と結婚をしても頻繁に実家へ顔を出していた。 弟である(りん)は大学生の間は実家住まいに甘え就職すれば姉と同じく独り立ちをする予定である。 そうして今日も仕事終わりに顔を出した姉に日頃の疑問兼不満を言おうと冷凍庫にアイスがないか探している姉を呼び止めた。 「あの人、距離近くないか?」 「あの人って誰よ」 目当てのバニラアイスを見つけ取り出し真己は首を傾げた。抽象的な物言いをされても分かるはずなどない。 臨はしばらく口ごもる。 視線を姉から時計へ移し再び口を開いた。 「姉ちゃんの旦那」 「友紀(ともき)がぁ?」 ありえないとばかりに笑う真己にほんとなんだって! と臨は憤慨した。 真己や両親が見ていない間に距離を詰め手を握ってくるは変に肩に触れてくるなどのスキンシップばかりされる。 それはいくら義兄となったとしてもおかしな距離感だ。 「気のせいなんじゃないの? あんたの」 「えー……そうかぁ?」 「そうよ。なんであんたにそんな風に寄る必要があんのよ、友紀が」 それを言われてしまえばなにも言えない。 姉と付き合っていた期間も長く結婚まで果たした相手ならマンネリなどとは無縁なのだろう。 いや、そんなものを抜きにしても男である自分に惹かれるなどありえないのではないか。 「……そう言われると気のせいな気がしてきたかも」 「でしょお? それにもしかして義弟になったんだし仲良くなりたくて気が逸ってるだけかもよ?」 変なスキンシップも真己の言う通りであるなら。 「いや、でも、肩触れたりとかはおかしくないか?」 抗議の声を上げるも姉はもう弟の話に興味をなくしテレビのバラエティ番組を見ていた。 こんなので大丈夫かとだいぶ不安になりながらも臨は姉をリビングに残し自室へ戻っていった。 「……げっ」 翌日バイトを終え帰宅すればリビングにいる男に臨は顔を顰めた。 当人はにこやかに手を振っている始末だ。臨の開口一番の声には気にも留めている様子はない。 どうしようか、と少しだけ後ずさりしながら友紀に問う。 「なんでお前がいるんだ」 「真己から聞いてない? 今日義父さんも義母さんもいないから一人でいる臨君を心配して僕が来たんだけど」 両親が一週間ほど旅行へ行くことは朝聞いて知っていた。しかし、姉が心配してこの男を寄こしたのは知らなかった。 ポケットに入れっぱなしのスマホを取り出せば姉からメッセージが2件。1件は確かに友紀が言ったとおりのメッセージとしばらく経っても既読にならないことに不満を漏らしているようなスタンプが1件。 それに片手間にスタンプを送るだけ送りポケットに戻す。 「飯は食った?」 「……バ先のまかない食った」 「そっか。残念。食ってないなら一緒に、と思ったのに」 しょぼんと落ち込むさまはいつぞやの姉が言っていた大型犬が落ち込んでいる様というものに見えなくはない。 しかし、その裏はきっとなにかある。 「つか、俺もう子供じゃないし別に一人でも大丈夫なんだけど」 「そうはいっても心配なんでしょ? 臨君は真己にとって世界に一人の可愛い弟なんだし」 可愛い弟と書いて恐らくおもちゃと呼ぶ、なんて友紀の言葉に副音声を心中で付け足す。 そりゃ遊びがいのあるおもちゃになんかあれば気が気じゃないよな、と思いながら臨は玄関を指差した。 「そうかよ。ほら、もう外には出ないから帰れ」 「君が寝るまではいようと思ったんだけど」 「義実家といえどいつまで居座る気だ……」 「泊まっていいなら泊まるつもりだったけど?」 拒否をするようにを(かぶり)を振ると友紀は少し寂しそうに笑う。 それなら仕方ないね、と呟きソファから立ち上がり臨の元へ来る。 「じゃあ、帰るよ。……またね、臨君」 少し背をかがんだかと思えば友紀は臨の額に口付けを落とした。 唖然としている臨をその場に残し友紀は玄関を出ていき帰っていく。 「あ、あいつ……! なんのつもりだよ!!!」 我に返った臨は額を拭いながら叫ぶ。 それに答える者はいなく近所の犬が吠える声が聞こえるだけだった。

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