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第12話
「颯希?もう体調はいいの?」
伊織は真っ先に心配そうな顔をした。
颯希が口を開こうとした瞬間、伊織と共に立を終えた神崎が口を開く。
「おい、穂積。てめぇ、矢取り行けっ!サボってんじゃね…」
キツい口調で伊織に文句を告げている途中、伊織が神崎を睨みつける。
「うるさい。颯希が話そうとしてるから、黙って。」
普段は颯希と悠馬以外には無表情で淡々と話す伊織が、ここまで敵意をむき出しにして話すのは珍しい。
伊織は神崎のことが嫌いなのだとその敵意と表情を見れば一瞬で察する。
神崎が睨んでいるような気配がする。
こんな雰囲気の中、颯希の口からは声が出ず戸惑っていた。
神崎が黙り、部活内の仕事に行ったことを確認すると伊織は颯希にふわりと微笑む。
「体調、良くなって安心した。いきなり倒れるし、声かけても返事ないし。本当に心配した。」
颯希を真っ直ぐに見つめて話す伊織。
颯希もまた笑顔で返す。
「ありがとう。もう大丈夫だから、心配かけてごめん。」
遠くでその様子を見ていた神崎が小さく舌打ちをしたのがかすかに聞こえ、颯希は急いで合唱部へと向かうため、また廊下へ出た。
弓道場を後にする寸前、神崎が伊織に荒い口調で文句を言っていたのが見えたが、その光景が胸にチクリと刺さる感覚が嫌で、颯希は足早に去っていった。
合唱部の今日の活動が終了し、さっさと帰り支度を済ませた颯希は下校路の途中、先ほどの弓道場での光景を思い出し、モヤモヤとしていた。
神崎は伊織に対して文句を言いつづけている。
橋本のいう通り、伊織に対する嫉妬心がむき出しなのは颯希にすらわかった。
けれど、伊織に「黙って。」と言われた神崎は嫌いなはずの伊織からの言葉で、話すのをやめた。
その後、気のせいかもしれないけれど神崎に睨まれたような気がした。
それはきっと、颯希に対する嫉妬心、だと思う。
伊織は正直な人で、好きな人は好き。嫌いな人は嫌い。
そういう性格なのはわかっていた。
けれど、他人に無関心なことも知っているため、神崎に対してあんなにも敵意を感じさせたのは正直戸惑った。
嫌うってことは、少なくとも伊織にとって神崎は無関心な人間ではないということだからだ。
嫌いというなら本当に嫌いなのだろうし、好きに変わることもないと思うが、橋本の言った言葉が気になった。
嫌がっているやつほど、どうなるかわからないもの。
もしかしてこの先、伊織の神崎への敵意は好意へと変わることがあるのか?
一抹の不安は一度浮かべば消えることはなく、颯希はそれから悶々と考え込んだ。
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