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第32話

 颯希も停車駅へと着き、電車から降りた。  家へと帰り、入浴を済ませ、自室のベッドに横になる。  ぼんやりと考えるのは、やはり今日の神崎との会話のことだ。  「真っ直ぐで、憎めない人。」そう思った。  不器用だけれど、純粋に伊織が好きなのだと伝わる。  荒い口調と鋭く睨む様から、怖い感じの人かと思っていたが、年相応の可愛げを感じさせ、幼い面が多く存在する、とても不器用で、優しい人だと感じた。 「俺なんかより…。」  口から溢れたのは、弱くて情けない颯希の本心の一部。  最後まで言わなかったのは、颯希のせめてもの意地と親友のためだ。  自分の方が伊織をずっと知っている。  自分の方が伊織とずっと近い存在なのだと信じていたい。  そんな、嫉妬心。  神崎がもっと憎らしいやつなら良かった。  自分の気持ちを無理やり押し付けて強引に物事を進めていくような、横暴なやつなら良かった。  それなのに。  あんなにも真っ直ぐに相手が好きで。  他人にはなかなか素直になれないだけで本当は優しい人が。  自分の気持ちに素直で、真っ直ぐに突き進んでいく人が。  伊織を好きになるなんて。  自らの意地と、悠馬のために、声に出していうことはできないけれど、颯希はずっと思っていた。  「俺なんかより、神崎の方がいいんじゃないか。」と。  悠馬にあれだけ応援されたくせに、今もこうやって弱気になる自分に嫌気がさして颯希はため息をつく。 「自分に自信を持て…か。」  それは前に、悠馬に言われたこと。  颯希にあって、神崎にないものがある。  颯希は颯希だと、教えてくれた大切な親友。  今また、神崎と自分を比べている。  そして伊織を諦めそうになっている。  同じことを何回も繰り返し続けている親友の現状を、悠馬が見たらどうだろう?  「またか。」と呆れるのだろうか。  それとも、「お前って、やっぱバカだよな。」と笑うのだろうか。  どんな顔をしても、悠馬はきっと颯希を励ますのだろう。  そして、屈託のない笑顔でこう言うのだろう。  「諦めんなよ。応援してるから!」と。  そんな親友がいてくれているのだから、諦めるわけにはいかない。  自分は弱くて、誰かに頼ってばかり。  こんな自分は情けないと思っているし、こんな自分じゃ誰かに愛してもらえるとも思えない。  神崎と比べて、自分が勝るところなど思いつかない。  けれど、悠馬はあると言う。  颯希の、「自分は駄目だ。」と下落していく感情が先走っていただけなのだと悠馬が教えてくれた。  伊織も、颯希にしかないところをわかってくれているのかもしれない。  自分では気づかないだけで、自分にも神崎のように誰かに羨まれるところがあるのかもしれない。  そう思うと心が軽くなっていく気がした。

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