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第1話
花の期。十四日。
森の奥で、小さなドラゴンを拾った。鳥の雛のように小さくて、猫の子のように好奇心に満ちた幼竜だった。
リュステアという大国の隅にある小さな森に、一人の薬師が住んでいた。
薬師はケルーという名で、顔立ちもすっきりと整った穏やかな青年だ。若いながらも作る薬は効果も高く、使える者も少ない治癒魔法も高度。村人達は詮索しないながらも、元は王都の優れた魔術師なのではないかと噂した。
しかし国の外れにある村に医療所などはなく、身元の分からない男とはいえ人当たりの良い性格で腕の良い医療行為ができる薬師を追い払うメリットはなかった。村人達はケルーを快く迎え、村に住まないながらも良き隣人として助け合って生活していた。
そんな穏やかな日々を過ごしていたケルーはある日、薬草を取りに向かった森の奥で、弱い鳥型の魔物に襲われている小さな生き物を見つけた。
助けないことが自然界の掟と思いつつも、聞こえてくる苦し気な鳴き声に不憫に思ったケルーは魔物を攻撃魔法で倒し、その生き物を救出した。
「君は……ドラゴンか?」
傷だらけで血が滲む身体をそっと掬い上げて、ケルーは目を瞬いた。
その生き物はトカゲのような身体に蝙蝠のような翼が生えた、どこからどう見てもドラゴンだった。だが、あまりにも小さい。ドラゴン特有の固い鱗が表皮を覆っているものの、ひよこのように小さく軽い。
いくら魔物の頂点に君臨するというドラゴンであっても、この大きさでは弱い魔物に襲われるのも無理はない。そもそも、幼竜とはいえこれほど小さいドラゴンは存在するのか?
「……とりあえず。治療しようか」
魔物については専門外だ。ケルーはその場での考察を諦めて、住居にしている小屋に向かった。その温かい手のひらの中で、小さなドラゴンは猫の子のように好奇心に輝く目でケルーを見つめていた。
リュステアにおいて、ドラゴンと呼ばれるものは二種類存在している。
魔物の頂点に君臨する、生きる災害と呼ばれるドラゴン。そして、かつてドラゴンと情を交わした人間達の子孫、竜族。
竜族は人間に近い見た目だが、ドラゴンの姿に変化することができ魔力も人里では生きるのが困難な程に強い。そのため、人が立ち入らない山や森の奥深くに集落を作り生活しているという。
「果たして、君はいったいどちらなのかな? これだけ小さいドラゴンだと分からないな……」
ドラゴンの子供も、竜族の子供も、ただの人間が見ることなどできはしない程に希少だ。そのため文献も少ない。どちらにせよ、これだけ幼いと親がいるはずだ。身体には鳥型の魔物による傷しかなかったため、密猟者に襲われ逃げたとも考えにくい。
「こら。それはおもちゃじゃないぞ」
それに人間に襲われたのであれば、これほど無邪気にケルーの指にじゃれるわけがない。やはり、親とはぐれただけだろう。
ドラゴンの子供は帰巣本能が強いと聞いたことがある。傷の手当も済んだし、明日の朝まで眠ればその強い自己治癒の力で回復するだろう。
「さて、君はどんなご飯がお好みかな?」
「きゅ?」
可愛く鳴いて首を傾げる小さなドラゴンに、思わずケルーは顔を緩ませた。
「ケルー、それは何だ?」
「……リュイ、びっくりするから急に入ってこないでって言っただろ?」
「全然気づかないケルーが悪い」
減らず口を叩く青年に、ケルーはそっと溜め息を吐いた。
リュイと呼ばれた青年は、ケルーが持っていた試験管の中で発行する薄緑色の液体を指さして、同じ問いを繰り返した。
「これは魔物除けの薬だよ。どう?」
「やめろ。数日毒液に付け込まれた肉のような臭いがする」
「え、そんな風に感じるんだ」
試験管に鼻を近づけて、くんと一嗅ぎしてみるが特に異臭はしない。しかしリュイは、少し近づけるだけでも眉間に皺を寄せて露骨に嫌がった。
「村の人達に頼まれて作ってみたんだけど、リュイが逃げる程だから大成功かな。人間には無害で魔物には効果抜群」
「竜族をそこらへんの害獣のような魔物と一緒にするな。それより、今日こそ返事をくれるんだろうな」
「……その話なら、ずっと前から断っているだろ」
「そうか。じゃあまた明日来る」
ケルーの絞り出したような言葉を聞いて、リュイは即座に踵を返して小屋を出て行った。このやり取りは、もう何回目だろう。その思うくらい何度も同じやり取りをしている。
リュイは、あの日森で助けた幼竜だ。正しくは、幼竜のように変化した竜族の成竜だったわけだが。翌日、目を覚ますと知らない青年に寝込みを襲われていた時の驚きと恐怖は思い出したくない。
リュイは、この王国と隣国との国境に跨る険しい山脈の中にある竜族の集落から来たと言った。竜族の青年は、身体が成熟期になると伴侶を得るという。リュイは同年代の中でも一等力が強く、将来は集落の長になるのではと目されているらしい。
加えて見目も良いリュイを放っておく者はおらず、連日求婚や誘惑をされ続けたリュイの忍耐は爆発し、運命の番 を探すと言って集落を飛び出してきたという。つまりは、家出だ。
そしてケルーは、リュイの番相手にめでたく選ばれた……らしい。
寝込みを襲われたケルーが手加減無しの攻撃魔法を放ち、流石のリュイも冷静にならざるを得ない状況になって、ようやくケルーは事の顛末を理解した。
まず、竜族は伴侶に性別や種族を選ばない。気に入った相手であれば、番契約という竜族に伝わる古の魔術で生涯の伴侶にすることができ、子も育むことができるという。
だからケルーを伴侶に迎えても何も問題はないと得意げに言いのけたリュイに、ケルーは竜族が人間社会に馴染めないという理由を察した。
ドラゴンとしての性質が強いのだ。生物の頂点に君臨する種族は、相手の気持ちを尊重するという概念が薄いらしい。力が全てという社会を築いているからだろうか。欲しければ手に入れるという行動に迷いは無く、ケルーの寝込みを襲ったのもただ伴侶にしたいからした。それだけだ。分かりやすいと言えばそれまでだが。
だからケルーは、リュイの話を聞いて即座に番の話は断った。竜族のことも何も分かっていないし、何よりリュイのことも何も知らない。魔力不足で小さくなってしまった所を弱い魔物に襲われて人間に助けられて、おまぬけな竜族ということしかケルーは知らないのだ。
いくら集落で一番の強者だと言われても、力に興味がないケルーにとっては何の魅力にもならない。それに、ケルーにはもう他人と深く関わらないと強く決めていた。
しかし、リュイはしつこかった。竜族がしつこいのか、リュイが特別しつこいのかは分からない。けれど、人間同士であれば大問題な程にリュイはしつこかった。
求婚を断られあっさり帰ったと思えば、次の日も何事もなかった顔で求婚される。時には食料にもなる獣型の魔物や、ケルーが探しているとぽろっと溢した薬草の束を手土産にして。
そしてほんの時々、あの小さな竜の姿になって甘えては、ケルーの心を絆そうとするのだ。
ケルーは段々とリュイに心を許し始めている自分がいることに苦笑した。冷たく突き放そうとも、リュイはあの熱い視線でケルーの心を溶かしてしまう。情が湧いてしまう。
……もう、傷つきたくないのに。
「ケルー、来たぞ。……ケルー?」
「ぁ、リュイ……」
「どうした。顔色が悪い」
いつも通り求婚しに来たリュイは、ケルーの常とは明らかに様子の違う姿に眉を顰めた。リュイを見ていつもの困ったような顔をして笑みを浮かべることもなく、暗く沈んだ表情をしてぼうっと目をうろつかせている。
「ケルー?」
「……すまないが、今日は帰ってくれるか? あまり体調がよくなくて……」
無理やり絞り出したかのような声だった。あまりにも苦し気な声音に、リュイは相当体調が悪いのだと思った。竜族はあまり病気にならない。けれど人間はすぐ病に罹る。なんて弱い生き物なのだろう。
「……分かった。明日は一族の者に会わなければならないから、明後日来る。食料はあるか?」
「大丈夫だよ。ついさっき、村で獲れた野菜をお裾分けしてもらったんだ」
「そうか。なら、ゆっくり休めよ」
「……うん。ありがとう」
覇気の無い笑みに見送られ、名残惜しく思いながらもリュイはケルーの小屋を後にした。
翌日、跡形も無く焼失するとは知らずに。
「はぁ……はぁ……っ」
急いでこの地を離れなければ。彼らが追跡を始める前に。彼が燃えた小屋を見つける前に。誰も自分を知らない場所へ。
必死に足を動かす。走るだけの体力は無いから、できるだけ早く足を動かすことしかできないが、夜が明けるまでには路馬車を拾える街に着きたい。
「くっ……どうして……」
胸が苦しい。どうして自分がこんな思いをしなければならないのだろう。どうして親しい人達と別れなければならないのだろう。どうして、どうして……!!
止めどない怒りがケルーの呼吸を乱す。ケルーはただ、穏やかに過ごせたら良かっただけなのに、それすら許してくれない世の中の不条理さがケルーの平穏を奪っていく。それがどうしようもなく虚しかった。
ケルーは村人達が噂した通り、元は王都で国の為に働く魔術師だった。優れた魔力操作で高度な治癒魔法を行使し、とりわけ薬学に精通している。非常に優秀な魔術師として周囲から期待されていた。
しかし、就職した先の王立魔術研究所でケルーは酷い虐めにあった。ケルーを称賛するのは王宮に勤める上司達だけで、研究所で共に仕事をする仲間達はケルーを連日貶した。
研究に必要な資料や道具を隠されたり破損させられたりすることから始まった虐めは、段々種類を増やし、酷くなった。悪口は挨拶と一緒。わざとぶつかってきたりするのはスキンシップ。そういってクスクスと嘲笑される日々。
そんな中でも、優秀なケルーは研究成果を上げて上層部に気に入られる。それが仲間達は気に入らない。そうしてまた悪化する日常。けれどもケルーが頑張れていたのは、親友の存在があったから。
学園で唯一ケルーと同じレベルに並び、共に切磋琢磨した親友は神殿の治癒師として働いていた。連日様々な患者に治癒魔法を施し、疲れ果てながらも人々の為に働く親友の姿に、くだらない虐めに負けていられないとケルーはより研究に力を入れた。
けれど、結局ケルーは王都を離れた。
親友は、ケルーの研究を奪った。研究所の仲間を買収し、ケルーが検証を終えたばかりの研究結果を自分の物として発表した。それは個人の自己治癒能力に干渉する薬を事前に飲み、治癒魔法の効果を上げるというもの。治癒魔法の効果を上げるには治癒師本人の力を上げるしかないと言われていた。その前提を壊す画期的な薬を、ケルーは開発していたのだ。それを、力になればいいと思った本人に、奪われた。
親友は言った。常に目の前を行くお前が大嫌いだったと。
ケルーは、肩を並べて歩ける親友だと思っていたのに。
親友の名で発表された薬は、世間をざわつかせた。ケルーはその薬は自分が開発した物だと訴え、まだ治験もできていない未承認なのだと叫んだ。しかし、世間はそれを天才の僻みだと噂し、嘲笑い受け付けなかった。
ケルーは、見下していた『親友』に成果の先を越されたことで難癖をつけている厄介者というレッテルを貼られ、研究所を追い出された。家族からも背も向けられたケルーに王都はただただ冷たく、その冷徹さでケルーの心を壊し、国の僻地へとケルーを向かわせたのだ。行く当てもなく彷徨い、けれど見つけた安寧の住処があの森だった。
けれど、もうあそこには戻れない。昼に野菜を届けに来てくれた村の子供達が教えてくれた。王都から消えた魔術師を探している人達が近くの街に来たって。大人達はもしかしたらその探し人はケルーのことではないかと噂していると。
どうして今更と思った。王都での辛い日々が思い出されて、早く逃げなければという焦燥感に駆られながらも呆然としていた時に、リュイが来たのだ。
体調不良だと言ったケルーを心配していた彼の顔を思い出して、思わず笑みが零れた。
「ふ、ふふっ……怒るだろうなぁ」
リュイを拾ってから半年。求婚を断り続けて半年だ。家出をしたと言っても、一族と連絡をとっていないわけではないらしい。彼には、彼の世界がある。全てを失ったケルーとは違って。
「ッ!?」
ふと、心臓が高鳴った。今しがた歩いてきた道を振り返る。旅人用に、夜になると光る石で作られた灯篭が浮かび上がらせる道の先は暗い。けれど、ケルーの肌は地面を蹴る力強い足音を察知した。それは、王都の騎士が乗る魔馬の魔力が発する振動。魔力を操ることに長けたケルーだからこそ、察知できるものだった。
慌てて近くの茂みに隠れる。気配を察知されないくらいに離れ、様子を伺う。
少し経って、薄っすらと発光する馬が五頭、走り抜けて行った。騎乗していたのは王都で見慣れた騎士。ケルーが放った炎に飲まれた小屋を見たのだろう。けれど、そこに死体が無いと気づいて追ってくるには早すぎる。
違和感に眉根を寄せながら、これからどうしようか考えた。行こうとしていた街には、先程の騎士達が先行して行ってしまった。それほど大きくはない街だ。こっそり路馬車に乗ろうとしても気づかれてしまうだろう。
かと言って近くには他に街は無い。騎士達に見つからないように移動するには森に入るしかないが、夜の森は魔物達に有利だ。
……やはり、できるだけ街に近づいてみるしかないか。
通って行った騎士は五人だけ。もしかしたら見つからない可能性もある。覚悟を決めたケルーはそっと茂みから抜け出した。
「うぁっ!!??」
その時、急に太陽が現れたかと思う程の強い光がケルーを照らした。あまりの眩しさに、咄嗟に目を瞑り腕で顔を覆う。チカチカとした刺激が辛い。
「うぅ……」
「ケルー・レドウィンさんですね?」
呻き声を上げて蹲っていたケルーは、身体を強張らせた。
ケルー・レドウィン。それはもう使われないはずのフルネームだ。
「……ケルー・レドウィンはもういない」
絶縁された時にレドウィンという姓は消え、ただのケルーになったのだから。
「……では、元王立魔術研究所職員のケルーさん。我々と共に王都までご同行願います」
願うと言いつつも、強制的に連行するのだろう。
ようやく目の刺激が落ち着いたケルーは、側に立っていた騎士を睨み上げた。
平然とした顔でその視線を受け止めた騎士は、後ろに普通の馬を連れていた。そしてその後ろに控える数人の騎士達の手には、先程の強すぎる発光を起こしたと思われる機械が収まっていた。
「出力を弄りすぎたバカはどこの誰です。下手をすると失明していましたよ」
「貴方の元同僚達が作成した物なのですが……威力が強すぎるのもいけませんね。改良を求めておきましょう」
「ぜひともそうしてください。それで、どうして今更僕を探していたのですか」
王都の騎士団が、こんな大捕り物をしてまで何故追放した自分を連れ戻そうとするのか。その理由を聞かないことには、納得できるはずもなかった。
「……貴方の研究を盗んだ治癒師が、あの薬で問題を起こしました。本当に彼の研究であればすぐに改良されたはずでしたが、それが行われなかった……いえ、行うことができなかった結果、王宮に勤める治癒師が重篤な副作用に苛まれ治癒魔法を使うことができなくなってしまったのです」
「…………」
「そして、あの薬が満足な治験ができていないまま承認されたこと。研究を行っていたのがケルー・レドウィンであったことが発覚。薬の研究を続投すべく、貴方を探していたのです。もちろん、貴方の名誉は既に回復されています。王都には今、貴方を貶す者はおりません」
「……ハッ」
思わず、嗤いが零れた。目の前の騎士は、表情を変えなかった。予想していた反応なのかもしれない。
「今更……本当に今更ですね。あれだけあの薬は未承認だと言ったのに、問題が起きたら僕に全てを押し付けるんですか。僕の研究だと認めなかったのに。本当に……自分勝手な連中だ」
「貴方の気持ちはお察しいたしますが、我々は貴方を見つけ、王都までお連れするのが任務です。ご協力とご理解をいただきたく」
「……もう、王都には戻りたくないです」
疲れ切ったようにポツリと落とされた言葉に少し目を伏せたが、騎士はそれ以上表情を崩さなかった。
「それでは少々手荒な方法を取ることになりますが、ご容赦ください」
後ろの騎士達に手で合図する。彼らが捕縛に動き出そうとし……全員動きを止めた。
ドクドクと鼓動の音が耳の裏で聞こえるような程、全身が緊張で強張っている。本能に刻まれた恐怖と畏怖に冷や汗が止まらない。手が震える。足を踏ん張っていないと倒れこんでしまいそうだ。
選ばれし精鋭である騎士達が震えあがって動くこともできない静寂の中、ぽつりと声が落ちた。
「……リュイ」
名前を呼ばれた本人は、ケルーを静かに見下ろしていた。その凪いだ目を見上げて、ケルーは察した。
「君、僕に何かしたな?」
毎日会いに来ていたリュイが、同族と会うため明日は会えないと言った。だから、かなり遠くまで行くのだろうと思っていた。それだけ離れていれば、いくらリュイが竜族でもケルーの小屋が燃えたことにすぐに気が付くことは不可能……何も仕込んでいなければ。
リュイは睨みながら詰問してくるケルーに、淡々と肯定した。
「ケルーには居場所が分かるように印を。小屋には結界を張っていた」
「……どうしてそんなことを」
二つも魔法をかけられていたことに気が付けなかった失態から、声に悔しさを滲ませてケルーは分かりきった問いを投げてしまった。
「ケルーと番になりたいから。大事な相手は守るし、居場所は知っていたいと思うだろう? ケルーはいつも何かから身を隠すように警戒していたし、突然姿を隠してもおかしくなかった。実際、そうなった」
「っ…………」
気が付かれていたのか。そんなに露骨に警戒心を見せたことはなかったのに……
「失礼。貴方はこの方とはどういった関係なのでしょうか?」
リュイの圧に抑えられて二人のやり取りを見守ることしかできない騎士達は、心の中で揃って「団長ぉぉぉ!!!!」と叫んだ。
当の本人は、目をキラッと輝かせながらリュイに話しかけている。
「ケルーは俺の番だ」
「貴方は竜族とお見受けしましたが、番というのは恋人ということでしょうか?」
「違う。一生を共にする伴侶という意味だ」
「つまり、夫婦ということですね?」
「そうだな」
先ほどまでの完璧な表情管理はどうしたのかと、ケルーはその興味津々といった様子を隠そうともしない騎士に唖然としながら二人のやりとりを見守るしかなかった。
「なるほどなるほど。つまり、お二人は種族の違いも超えた夫婦であると」
「まだ違う。ケルーから了承を得ていない」
リュイの視線がケルーに向く。思わず身体を跳ねさせてしまい、俯いた。
竜族は力こそが全てという文化のわりに、番という求愛システムに関しては紳士的だ。求婚しても、相手が了承しないと番契約を行わない。断られて無理に契約を行おうとした者は集落を追放されたり、粛清されるらしい。だからリュイは、何度断られようとも律儀に求婚してくる。諦めるという言葉はリュイの辞書には無いのだと、ケルーはついに理解せざるをえなかった。
「ケルー、返事をくれ」
「リュイ……何度も言っているが、君と番にはなれない。竜族の君とは寿命も違うし、身体の頑丈さも違う。君の仲間達の言う通り、同族と番になるべきだ」
「他人が言うことに興味はない。俺はケルーと番になりたいだけだ。だからケルー、返事をくれ」
リュイの言う返事とは、求婚への了承しかない。思わず騎士達はケルーに同情の視線を送ってしまった。
「……もう無理だ。僕はこれから王都に連れ戻される」
「逃げればいい。俺の集落なら人間は見つけられない」
「国から追っ手を向けられている人間を迎えるほど、竜族は甘くないだろう」
「俺が長になるのだから、何の問題もない」
「っ、だから――」
「分かりました」
「――へ?」
白熱しかけていた言い合いに突如水を差されて、ケルーは空気が抜けたような声を出した。そんな彼を横目に、水を差した本人は薄っすらと笑みを浮かべながら口を開いた。
「ケルーさん。一つ提案があります」
「……提案?」
「我々は例の薬の研究を続けていただくために貴方を王都に連れ戻せという任務を受けていました。ですが言い換えれば、薬の研究さえ続けていただければいいわけです」
それは屁理屈というやつでは? と、部下達は心の中で突っ込んだが空気を読んで黙って見守った。
「この場にいるのは、我々第二騎士団と貴方達しかいません。ですので、私はこう報告することもできます」
『ケルー・レドウィン氏は竜族の長に見初められ駆け落ちしたため、追跡及び王都への連行は不可能。しかし、ケルー氏のご厚意により薬の研究は竜族の集落にて続行される。竜族の住む集落の周辺には良質な薬草が多数自生しているため、研究環境としても申し分ない。よって、当任務のこれ以上の成果は得られないと考えられるため、第二騎士団の団長として終了を進言いたします』と。
淀みなく並べ立てられる報告に唖然としていると、団長は柔らかく微笑んだ。
「本当は、この方のことがお好きなのでしょう?」
「え」
「貴方は番にはなれないと仰いました。気持ちがないのであれば、『ならない』と仰るはずです。それに『王都に連れ戻されるからもう無理だ』という言葉は、本当は貴方と一緒に行きたいと言っているようにしか聞こえません」
「そ、れは……」
「ご自分の気持ちに素直になってはどうですか? 他人を信じたくないというお気持ちは分かります。ですが、試し行動はもうお止めになるべきです。それは、これほどまでに真剣に貴方を想ってくださっているこの方に不誠実ですよ」
試し行動という言葉に、はっとした。今日断っても明日も来てくれるだろうかという思いがなかったと言えば嘘になる。あれは、リュイの愛を試していたのか……
リュイを見上げれば、いつもケルーだけを熱く見つめる目と視線がぶつかった。
そうだ……。何度断っても、この目で求愛してくるリュイに僕は――――
「……リュイ。本当に僕でいいの?」
「っ! ケルーがいいんだ。お前に助けられたあの日、優しく触れてきた指先に惚れた。柔らかい笑みに胸が熱くなった」
「僕は、君が思ってるほど良い人間じゃないよ。厄介事も背負っている。それでも、ずっと愛してくれる? 僕が死ぬまで傍にいてくれるのかい?」
「俺の愛を一生涯、お前に捧げる。死んでからも一緒にいると誓う。だから、どうか頷いてくれ……」
常とは違う、甘く切ない、乞うような声音にケルーはその新緑の瞳を揺らした。リュイはその瞳の美しさに見惚れ、自身の瞳の紅を炎のように揺らめかせた。そしてケルーの頬を両手で包み込み、そっと囁いた。
「ケルー、愛している。どうか俺の番になってくれ」
ケルーの頬が紅く染まる。勉強や研究に生活のほぼ全てを費やしていたケルーは、まっすぐで熱く甘い告白に対して耐性が皆無だった。
嬉しさと恥ずかしさと照れくささで脳が茹だってしまいそうだ。それでも、黙って返事を待つ愛しい竜に、彼が欲してやまなかった返事を与えた。
「僕も……僕もリュイのことが好、き。あ、愛して、る……っ!?」
その瞬間、ケルーは強く抱きしめられていた。全身を包み込むような力強い抱擁に、体温が上がっていくのを感じた。
「リ、ュイ」
「あぁ……愛する人に受け入れられるというのは、これほどまでに幸福なのだな。幸せすぎて、お前に心臓を捧げたいほどだ」
「そ、それは困る……」
「くくっ……冗談だ」
ドラゴンの心臓は身体中を廻る魔力の根源。まさに命の塊。死んだ後には真っ赤な宝玉となる、奇跡の象徴。
それを捧げるという言葉は、竜族にとって最上級の愛の言葉。それをこの場で知るのは、リュイと何故か満面の笑みで見守る第二騎士団団長だけ。
「カップル成立、おめでとうございます。とても情熱的な告白を堪能させていただきました。大満足です」
「え?」
「おっと……。えー、そろそろお二人はこの場を離れられた方がよろしいかと。先ほど魔馬で馬鹿正直に存在感を撒き散らしながら街に先行していった第一騎士団の皆様が、我々の到着の遅さを訝しんで戻ってくる頃でしょう。貴方の翼なら、ここから森の奥まであっという間ですよね?」
問いかけた団長に、リュイはその背に竜族の象徴たるドラゴンの翼を広げて答えた。そして翼に見惚れるケルーを横抱きにすると、挑発的な笑みを浮かべた。
「ああ。ケルーは攫わせてもらうぞ」
「ええ。……ケルーさん、薬の件だけお願いいたしますね。貴方が懇意にしていた村の方に報告書を定期的にくだされば、我々が王都まで伝達いたしますから」
「わ、分かりました。あの、ありがとうございます」
「お礼は不要です。では、お幸せに」
ケルーを捕縛しようとした時とはまったく違う温かい笑みを浮かべた団長に見送られ、二人は森の奥へと飛び去って行く。
あの竜族のことだ。森の奥深くどころか集落にまで連れて行くだろう。そして愛の巣で朝までと言わず何時間でもしっぽり、いや、ぐちゃぐちゃのどろどろになるまで激しくまぐわうがいい……
「団長……その妄想があの竜族に見破られなくてよかったですね……」
「あの冷静な顔の裏で頭の中は煩悩塗れだもんな……」
二人が飛び去った方向を見つめている団長は、一仕事やり終えた満足感に満たされていた。また、じれってぇ二人をカップルにしてやったぞ。独占欲が強い竜族と影のある元天才魔術師……最高のカップルだ。
団長はこそこそと言い合っている部下達に気分よく指示を出した。
「煩いぞ、お前達! 俺は今最高に気分がいいんだ! さっさと報告して第一騎士団の連中を嗤ってやるぞ!」
「性格悪いのに、恋バナ好きとか……」
「両片想いの恋人未満見つけるとくっつけようとするお節介だけはどうにかしてほしいです……」
そう言いながらも、これから王都でその才能と人生を使い潰しにされることになっていただろう一人の青年が、幸せな未来を掴むことができた事実に彼らの胸も温かかった。
「ぁッ、ぃや、ぁ……ッ」
「いや? 嘘は良くないぞ、ケルー」
「ひ、あっ、んあァッ‼」
ぐちゅぐちゅと卑猥な水音が一層激しく自分の下肢から聞こえてきて、ケルーはあまりの羞恥と湧き上がる快楽に顔を真っ赤に染め、瞳を潤ませた。
今にも蕩け落ちてしまいそうな瞳に口を寄せ、その眦から溢れそうな涙を軽くリップ音を立てながら吸い取っていくリュイは、自分の身体に激しい性欲が湧いてくるのを感じていた。
騎士団の元からケルーを連れて離れたリュイは騎士団長の推測通り、竜族の集落に舞い戻った。突然飛んで行ったと思ったリュイが人間を連れて戻ってきたと思ったら、番を得たとそのまま自分の家に連れこもうとする若き長候補に、集落の仲間達は唖然とし慌ててリュイを引き留めた。
せめて説明をと求める声に、早くケルーと正式に番になろうとしていたリュイは苛立ちを隠さず、張り詰めた空気が集落を包んだ。しかし、長による番を得た竜は冷静ではいられないという諦めという理解を得て、リュイはケルーと番となるための三日三晩に及ぶ交わりを始めようとしていた。
「待ってっ、待ってってばぁ……!」
「嫌だ。待たない。それにケルーのここも待てないだろ?」
「ぁっ、ああッ!!
竜族の秘薬によって蜜壺と化した後孔に突き立てられた三本の指が、前立腺を強く擦り上げる。体内からもたらされる強すぎる快楽に、ケルーは涙をはらはらと流して首を振った。
身体が熱くて熱くて堪らない。溶けて消えてしまいそうだ。
思考までもぐずぐずに蕩けてされるがままの身体を、リュイは殊更優しく抱えて自らの股座に乗せた。
「ひ、ぁ……ッ」
ツンと赤く尖った乳首を舐められ、吸われ、指で潰される。その甘い刺激に、無意識に腰が揺れる。ゆらゆらと強い快楽を求めて動く腰を抱え、リュイはゆっくりと腰をグラインドさせた。
熱く硬い、あまりにも雄々しいペニスがケルーの蜜壺の脇を掠めながら、なめらかな尻の感触を味わうように何度も谷間を行き交う。その卑猥な動きと、疼く中への焦らしでしかない軽い刺激に、ケルーは限界を早々に迎えた。
「ぁっ、あッ、ぃ、りゅい、ッは、ぁン!」
「ケルー……っ」
「もッ、ぃれ、入れてぇッ!」
「っ、……あぁ、俺を受け入れてくれ、ケルーっ!」
「ひ、ぁッああああっあああああッッッ!!!!」
熱く蕩けているとはいえ、長大なペニスを受け入れるのは初経験のケルーにとって未知のこと。強い圧迫感と少しの痛み、そして何より溺れそうな程の快楽は、性経験の乏しい青年の意識を一瞬で飲み込んだ。
腰を押さえつけてくる大きな手から逃れることができず、ずぶずぶと奥まで突き入れられる剛直に、ケルーは言葉も無く喘ぐことしかできない。
戦慄く唇を自らの口で塞いで、リュイは最奥まで愛しい番の中に納めた。柔い肉壁にぎゅうぎゅうに締め付けられ、番と結ばれた高揚感も相まって、すぐにでも放ってしまいそうだ。
「くっ……ハハッ、すぐに果ててしまっては、情けない、っから、なぁ、ッ!!」
「んあぁッ!!」
荒い息を喰い締めた歯の隙間から吐き出しながら、腰をゆっくりグラインドさせる。ぬちゃぬちゃと交合部から聞こえる卑猥な音と艶やかな嬌声だけでも昂って仕方がなかったが、雄としての矜持が持ちこたえさせた。
ケルーの強く感じる箇所を何度も突き快楽を覚えさせ、唇と手で赤く尖った乳首を弄り倒して快感を植え付けていく。乳首に軽く噛みつけば、甘い悲鳴を上げて強く中を締め付けるケルーの痴態に、リュイは充足感と飢餓感を同時に感じていた。番を骨の髄まで快楽に漬けて喰らい尽くしたくなる衝動がリュイの理性を蝕んでいく。
「ぃ、た……ぁ」
「っ!? す、すまない……!」
気が付いたら、リュイはケルーの首筋に噛みついていた。人間より尖った犬歯が食い込んだ肌からは血がぷくっと浮き出ていて、今にもその肩を転がり落ちていきそうだ。謝罪しつつも、その鮮やかな赤色に目が奪われているリュイに気が付いて彼の瞳を見たケルーは息を飲んだ。
「リュイ、その眼……」
リュイの紅い瞳が金色に変わっていた。感情の昂りに呼応しているのか、金の瞳は炎のように揺らめいている。そのあまりの美しさに、ケルーは肩の痛みも忘れて見入った。
両手で優しく蟀谷に触れ、その眦に親指を滑らせる。綺麗な宝石ですら霞むような金色の瞳の中に映る自分があまりに恍惚な表情をしていることに気が付いて、それでも見つめることを止められなかった。
「……竜族の眼は、番契約を結ぶ儀式を行う時に相手と魔力を結ぶことによって色が変わる。無事に契約が結ばれれば、片眼がその色になる。……お前と交わった証の色は、気に入ったか?」
「……うん。とっても……」
番になった証……この美しい瞳も、この綺麗な顔も、羨ましい程男らしい身体も、全て――
「そう、俺の全てはお前のものだ。そして、お前の全ては私のものだ……!」
「ぁあッ!!」
再び肩口に噛みつかれる。しかし今度は痛みだけではなく、チリチリとした快楽の火種も同時に感じ取っていた。身体中どこもかしこも敏感で、背筋を撫で下ろされれば仰け反りながら腰をくねらせてしまうほどだ。
「んっ、は、ぁぅッ、ぁんン~~ッ」
とっくに中に馴染んだペニスが、更にその体積を増やす。充足感が満たされていく感覚と心地よさに陶然として、うっとりと目を瞑りかけた瞬間、ケルーは突然暴力的な快楽に襲われた。
「ぁッ、うあっ、ヒッ、ゃあっああッんんぅ!!」
「はっ……もっと、気持ちよくなろう、っ、なぁッ?」
「ぃ、ンはぁッ! も、ッ、ああっ!!」
奥の奥まで突き破りそうなほど強く突かれて、ケルーはもう言葉を発することもできなくなった。痛みはもう感じない。ただおかしくなりそうな程の快感だけを与えられる。
力強いピストンで前立腺から最奥までの肉壁を余すところなくその剛直で擦り上げて、更に奥へ侵入しようとするかのような動きに、まるで身体を侵略され、自分も知らない所まで征服させられているような感覚に陥った。
ゾクリと背筋を振るわせる。
獣だ。目の前にいるのは、自分を骨の髄まで貪りつくす獣だ。その牙で喰らわれる自分を想像し、ケルーは射精していないにも関わらず絶頂にも似た恍惚感を得た。
あぁ。雌になったんだ。この雄の、唯一の雌に。
「ふ、っ、ぁあッ……!」
「ッ、く…………」
強く締め付けられたのか、中を激しく突いていたリュイは奥歯を噛み締めケルーを掻き抱いた。そのまま、雄の本能のままにケルーの柔らかな尻を赤く色づかせるほど腰を打ち付け続ける。
もはやケルーとリュイは、ただただ情事に耽る番だった。
言葉も無く、ただ熱い吐息を交わしながら互いの舌を絡み合わせて情熱的にキスをしたと思えば、甘い唾液を啜り奪いつくすような激しいキスをする。呼吸を乱し、火照った身体を互いに擦りつけ合う。汗で滑る皮膚の上を撫でまわす手に震え、腰に絡みつく足に欲を昂らせ、二人は三日三晩愛し合った。
巣に閉じこもって四日目の朝。ようやく姿を見せたリュイに、同族達が駆け寄った。しかし、未だ興奮冷めやらぬ紅玉に睨まれ後退りするしかなかった。
「長。まだ番は姿を見せられる状態ではない。披露目は夜にする」
「……ハァ。分かった。番契約は無事に出来ておるようだしな。お前も夜までに興奮を醒ませ。祝いの席を通夜のような空気にするつもりか?」
「…………分かった」
番契約の証であるオッドアイを見ながら、長はリュイに苦言を呈した。番を得てもはや集落の誰よりも強いリュイに文句を言えるのは、現トップの彼しかいない。リュイは言われたことに納得したのか、若干不満を滲ませながらも了承を返し、再び愛しい番が待つ巣となった家へと戻っていった。
「ハァ……やれやれ」
長は困った奴だという目でリュイの家を見つめ、周囲で見守っていた者達に指示を出した。
「今夜は宴だ。我が一族最強のドラゴンの番の歓迎会としてふさわしい席を用意しなさい。それに、人間の番は久しぶりだ。盛大にもてなして差し上げよう」
その夜、集落で行われた盛大な歓迎式に、慌てふためく番の姿を甘く見つめるドラゴンの姿が見られたという。
紅葉の期。二十六日。
僕は強くて我儘で甘えたなドラゴンの番になった。
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