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第6話 神、帰宅す
「尊 の部屋で一緒に暮らしたい。」
「嫌ですねぇ」
おはようございます、神です。秋弐 さんは本当に偉い立場なんですねぇ…会社が所有する大きなビルの中に個人の部屋を与えられているとは。
まぁ、当の本人はコケシに向かって必死に話をしている奇人へと退化を遂げていますが。
「なんでだよ。尊は拒否ばっかりじゃん。」
「私一人ならともかく、貴方は何もない環境で暮らせないでしょう?物が増えると退去の時に大変じゃないですか」
「兄貴はあのマンションから出る気ないのに退去の事を考えてんの?」
あー。神、話すの疲れました。眠いです。コケシだと手足もないから動きまわれませんし、寝ていて良いですかね。
「都合が悪くなると黙りこくる癖、よくないよ尊。」
「本日の受付は終了致しました。」
「みーこーとー」
ツンツンされても何も感じませんよ。コケシですし。
こんな感じで、秋弐さんの半所有物として過ごすようになって二週間程ですかね、経過しました。そろそろ諦めて下さらないですかね。
「…尊、そんなに俺のこと嫌い?」
「…」
「出会って日も浅いから信用出来ないのはわかるけどさ、尊は尊でなんでそんなに人と関わるの嫌がるの?」
「…」
「神様なんでしょ?人々に信仰される存在だから、むしろ人恋しいもんじゃないの?」
───あぁ、面倒ですね。
恋しがれば、人は訪れますか。私を見てくれますか。
…いいえ。そうであれば、私はここまで捻れていません。長い孤独の末に諦めてなど、居なかったでしょう。
「私の事など、風景の一部として時々視界に入れる程度の存在としか認識していないくせに。」
綺麗に整えられた黒い髪に手を添える。間近で見える驚きに見開かれた目は少し茶色がかって、とても兄弟で争って勝ち上がってきた猛者とは思えない真っ直ぐな瞳をしています。
こうして間近で見ると、真っ白な私とは対象的ですね。
「…お綺麗ですこと。堕ちる可能性に対して、そんな恐れなぞ無いと。そんな確信めいた純真さですね。」
私は、ずっと怖いです。いっそ全てを忘れてしまいたいほどに。
生きている人間が羨ましいです。堕ちてもきっと、這い上がるチャンスがあるから。
こうして指で押すと反発してくる頬の張りも、血色の良い唇も、全てが生きた人間らしい力強さがある。
…お仕事で使う机の上に座るのはお行儀が悪いから、そこは後で反省しなければなりませんね。
それに神が人間を羨むのも、間違いです。
「…尊」
「…………人の子は、人の子と結ばれるべきですよ。」
───秋弐さん。貴方に、私の瞳はどう映りますか?まだこの瞳に生の輝きはありますか?
…元々、生きた存在ではありませんけどね。
その後、返事を聞く前にコケシに戻って無言を貫きました。だって人間の姿になった私は裸ですからね、不適切は反省です。
就業時間が終わり、私が契約しているマンションの部屋まで運んで頂いたところで私はようやく人の姿へと戻りました。
「今日は用事があるので夕食は頂かなくて結構です。」
「用事ってなんの…」
「神の事情に口出しを許した覚えはありませんよ。」
「……」
玄関に放ってあった服を摘み上げて袖を通します。
秋弐さんは相変わらず食事を毎日三食食べさせようとしてきていて、神、正直もぐもぐ疲れました。もぐ疲れです。
「もしかしたら明日の朝も戻っていない可能性があるので、お迎えもしないで下さいね」
「…明日の昼は居る?」
「さぁ」
時間に縛られて生きるのも、実に人間らしいですね。神にはその感覚が薄いので時間管理は苦手です。
尚も食い下がろうとする秋弐さんに「用事に向かいたいのでお帰り下さい」と言い放ち、玄関の扉を閉めようとしたら大きな靴が挟まれました。
「…せめて、これを常に持っていてほしい。」
「……スマートフォンですか、晴壱 さんのとは違うので私には扱い方が」
「ロボに契約し直したから!次は使えるはずだ」
「………ろぼ。」
秋弐さんによれば、以前差し出されたのは林檎で今回手渡しているのはロボだから私にも扱えるそうな
「……確かに見覚えのある画面です。」
「ついでに狸がやってるとかいうアプリも聞き出して入れておいた。」
「……パズル……!」
なんてことでしょう。神、文明と娯楽を一度に手にしてしまいました。
見覚えのあるアイコンが並んでいて、不覚にも心が踊ってしまいました。
「ふは、気に入ってくれて良かった。それじゃ…尊」
「はい?」
スマートフォンを両手に持って画面を注視していたので、秋弐さんに頬を撫でられて少し驚きました。
反応が遅れたままの私の額に薄い唇が押し付けられて、二度驚きです。
「また明日。迎えに行くから」
神の私は、人々の理想が形になったようなものなので容姿も美しく造られています。人々に造られた存在ですから、大衆の思う美しい容姿というものを理解しています。
そう考えると、秋弐さんのお顔は特段美しいと言う程でもありません。しかし挨拶をするその顔は、やけに輝いて見えました。
すぐに扉に挟まっていた靴は引き抜かれ、パタンと閉じて暗い部屋にスマートフォンの明るさだけがその場に残されて…私はしばらく呆然としてしまいました。
「すみません皆さん、少し間が空いてしまいました。」
もっと頻繁に来たかったのですが、神の本来の住処をあまり人に知られたくないもので。
建付けの悪いまま放置された引き戸をガタガタと開いて足を踏み入れると、相変わらず外からの砂埃が吹き込み少し白っぽくなった床に出迎えられました。
何ひとつ物がない簡素な部屋の奥には人々から忘れ去られたお人形さんなどの物達が隅に並んでいます。
「人の身体になって唯一良かった事はこれですかねぇ」
ひとつひとつ、薄汚れた物達を磨いていきます。呪いが溜まった子には少しの祝福を、変わらず静かに待っていた子には頑張りましたねと労いを。
大切にされていたり、されなかったり。どのような経緯で神社 に辿り着いたかはそれぞれの事情ですが、「お祓いを」と願われて捨てられた子だけがここに居ます。
お祓いを願うなら、神主の常駐している神社に頼むべきですがねぇ。
「床に足跡もないので心配していませんが…誰にも侵入されていませんね?」
『…、…』
『…』
『…!』
「おやおや、皆さんお話がしたくて仕方なかったようですねぇ。ではおひとりずつ、お話を聞かせて下さいね。」
繰り返し伝えられる、この子達の思い出話。幸せだった記憶達。悲しい記憶は加護で蓋をしてしまいました。
苦しいことは思い出さなくて良いんです。貴方達が幸せな気持ちで天に浮かばれる日が来ますように、そう願っています。私は神ですからね。
「あぁ、楽しいですねぇ」
この子達が動いたとて、恐れる人間はここには居ませんからね。
私は久しぶりにゆったりと時間を忘れて夜を過ごしました。
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