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第24話 雪便り

 くしゅん、と小さなくしゃみが出た。ああ、今日は随分冷え込むと思ったら、外は雪が降っていて。オレはあのときのことを思い出す。いまもなお、古傷は痛むのだ。かすかに残った後遺症と麻痺だけが、オレを縛り付けるかのように。  突然の降雪に、車が慌てたのは言うまでもないのだろう。まだ大丈夫なんて安心して、夏タイヤのままの車だっていただろうに。そんな曖昧な季節に、雪は降った。路面は凍結して、歩いているオレたちだって危なかった。一歩間違えは滑って転んでた。  それがちょうど。冬の今時期にしか点灯されないイルミネーションが、点灯したばかりのことだ。オレは、走り出した友人を追いかけて、横断歩道を渡ったら。  強い衝撃と意識の薄れと。  凍結した路面にスリップした車に、ぶつかっていた。  幸い、命には別状はないという。ただ、頭部をアスファルトに叩きつけられているから、もしかすると半身の麻痺(とは言ってもまったく動かないというほどの重症でもなく)が残るかもしれないとのことだった。だけど、リハビリしたら治るものだし、あまり気落ちしないでいいように感じた。  車、停まれないしな、急になんて。  信号が青に変わったとたんに走り出したオレが悪いんだし。  車の運転手はなんだかもう少しで泣き出してしまいそうなほど、謝罪の嵐だし。オレは。そんな中、事故現場に居た友人の瞳が痛かった。 「ごめんな、俺が走り出したりするから……。」  がくりと肩を落として、小さくつぶやく。いや、別にオレ、お前のこと恨んだりとかしてないし……。 「昭二の所為じゃない。きみが気にする必要なんて、なにもないよ。」  友人である尾畑昭二(おばたしょうじ)がいまにも、泣き出してしまいそうな顔をして毎日、オレの病室へと通ってきていた。怪我がある程度治り、オレ自身も動けるようになるとリハビリが始まる。次第にオレは病室へいることがあまりなくなっていた。そうして、オレのいない病室へ何度か来ていたのだろう昭二も。次第に病院へと足を向けることはなくなってきていたのだろう。  結局、オレは退院してからも昭二に会うことはなかった。オレが退院したころは自由登校になっていて。オレは毎日学校へ通っていたが(単位のためもあるが)昭二は一度も、学校へは来ていなかったのだろう。卒業式さえも、あいつは会社の入社式があるとかで忙しくて出席できないとのことだったのだ。そうして、オレたちは一度も会わないまま、卒業してばらばらになった。  あれから、幾年かが経つ。  彼が温めてくれた指先は、相変わらず冬になると冷たく冷えたままで、雪は変わらずに降る。外に出て音もなく降り続く雪を眺めるのはいまも変わらずなのだが。  真っ黒な空から舞い落ちる小さくて真っ白な雪を見上げていると、高校時代何度も彼と交わした会話がよみがえってくるのだ。 「待ってなくて、いいのに。」 「待ってるわけじゃないよ。」  オレは実際待っていたのかそれとも違うのか、分からない。ただ、空から舞い落ちる雪を見ていると時間が経つのが早かったし、今思えば、心細くなったりもしていたのだ。そんなときの彼の言葉だったから。 「待ってなくて、いいのに。」  素直に待っていたんだ、とは言えなくて。それでも、触れてきた彼の指先は手のひらはとても温かくて、オレは急いで引っ込めるよりも黙って、その指のぬくもりを感じていたかった。  昭二がオレの前から姿を消して、かなり経つ。忘れることは覚えていることよりも難しいってことを始めて知ったんだ。オレはいまだに昭二を思い出す。あの温かかった指先を思い出す。  何度か手紙を書こうかとも思ったけれど、行く先も連絡先も聞かされなかったオレとしては、たとえ知っていても書けるはずもなく。彼のまだ住んでいるのか分からない住所を見つめる。  書こうと思った出来事や言いたいことは流れていった月日とともに忘れてしまうのに、感情だけは消えはしない。  きみに会いたいと思う、この感情だけは変わることはない。  出せないと分かっている手紙を目の前に、窓の向こうでは雪が降り続く。明日には一面銀世界になるのではないだろうかと思うほどに、静かに大量に降る。風もなくまっすぐに降り落ちる雪が、オレは大好きで。  ぼんやりとペンを握り、一行だけをしたためる。どうせ、出すことはないのだと分かっているから、それだけは素直に書きたくて。 「きみに会いたい。」  あれからずっと、会っていないきみに会って。  待ってるわけじゃない、と言い続けていた自分の言葉を、訂正してしまいたい。本当は。  本当はきみを待っていたんだ、と。  明るくていつも誰かが回りに居たにぎやかなきみが、ひっそりと静かなオレに話しかけてきて、いつの間にか一緒にいるようになった。気が付けば、きみはオレといるときだけはとても静かで、穏やかな表情をしていて。そんなきみを、オレは待っていた。 「待ってなくて、いいのに。」  そう言いつつもちょっとだけ笑う。照れくさそうに冷えたオレの指先を掴んで、温めてくれる。 「帰ろう……。」  その言葉がまるで合図のように歩き出す。きゅ、きゅ、と降り立ての雪を踏みしめながら一緒に歩くあの道に、もう一度戻ることができたらいいのに。  そうしたらオレは。 「待ってたんだ。」  そんな言葉をきみに言える気がするのに。

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