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第27話 俺たちのラッキーナンバー!

 王様ゲームなんて所詮は周りが楽しむためのゲームでしかないんだ、ということを改めて思った。それは大学のサークルの飲み会のときのことだった。  友人の家で飲んで食べいい加減酔いもめぐり、みなが頬を赤くしそれぞれに輪を作るかのように話し合っていたとき、一人が「王様ゲームしようぜ!」と声を掛けたことが始まりだった。その部屋には五人五人で男女がいて、もしかするとお目当ての女の子となんかいいことできるかも、なんて淡い期待すら抱いていたかもしれなかったのだ。割り箸に数字を書いてそれぞれに引く。そして、「王様」と記された箸を手にした者が、二つ、もしくは一つの番号を呼び「○○してくださーい」と命令をするのだ。 「んじゃ、三番と五番! 熱烈にちゅーっ! しってくださーい。」  三番を握り締めていた金枝辰貴は(げーっ、オレかよ……)としぶしぶ手を上げた。彼はもともとお酒が弱く、周りほど酔っ払ってはいなかった。どちらかといえば素面の状態で王様ゲームに挑んでしまったのである。いや、ある意味強制的に、といったほうがいいかもしれない。 「三番は金枝か? じゃ、五番はだれだ?」  王様が探す。同じようにしぶしぶと手を上げたのは、一学年下の桐嶋武明だ。がタイの良さはきっとサークルイチで、無愛想さもサークルイチだろう彼もまたこの飲み会に無理やり連れてこられていた。 「俺です。」  憮然とした表情で挙手。だが、酔っ払っていないはずがなかった。先輩たちに次から次へとコップに酒を注がれそれをいちいち飲み干していたのだから、酔っていないはずはなかった。 「桐嶋と金枝かぁ。よし、やれー!」  とんでもないGoサインである。男同士か、ならやめようぜ。その言葉を期待していた金枝にとってはとんでもなく最悪なヒトコトで。 「ちょ、待て!」  金枝の制止の声など、騒ぎ出した周りの耳に入るはずもなく。唯一の救いと思って見上げた霧島は、のーんとした無表情のままでじーっと金枝を見下ろしていた。 「きーっすっ、キーッスッ!」  周りは他人事、とでもいうかのようにはやし立て、桐嶋を煽る(金枝にはそういう風に見えた)。 「金枝さん、失礼します!」  その言葉と同時にがしっと。金枝はごつい両手に頬を掴まれた。ごくっと金枝の咽喉が鳴りさーっと血が引いていく音すら耳に響く。全身がまるで心臓にでもなってしまったのように、どっくんどっくんと力強く打つ鼓動が身体中に鳴りめぐった。低くドスの聞いたような声で「失礼します」とか言われても……などとくだらないことを考えながら金枝は少なくとも現実逃避していたに違いない。  ぱっちりと開けた視界にはのーんとしまままの表情が近づいてきて、金枝は恐ろしさのあまり固く瞳を閉じた。ぎゅう、と閉じた瞬間に、ペロリと。感触を確かめるかのように舐められた口唇。そして、ちゅっと。軽く触れただけの、酔っ払って熱くなった口唇が重なった。 (う、うわぁあああああ~ッ!)  ぎっちりと両頬を掴まれているために逃げることはできず、思わず見開いてしまった両目にはえらくアップの男前な霧島の顔が見える。 「もっとー! もっと濃厚なやつじゃねぇと許さねぇぞ、霧島ぁ!」  金枝の耳に、王様になったヤツの声が聞こえる。……なんでお前に許されるんだよ……(怒)と内心金枝は怒りを覚えた。さすがに霧島もこんなヤツの言うことなんて聞かないだろう……なんて思った金枝自身が甘いと感じたのは次の瞬間だ。 「……そうっすか。んじゃ、そうします。」  ふと口唇を離した霧島の言葉だ。 「き、きき、霧島! ちょっと待て!」  金枝の慌てた声が響く。だが、その声は男たちの「うおぉお」という盛り上がった声と「きゃあv」という女の子たちの盛り上がりの声で、ほとんど周りには聞こえてはいない。それでも霧島の耳には届いたはずだ。それなのに。  腰を抱き寄せられた。寄せられた耳元にはじめて聞くような霧島の声が注がれる。 「余興ですから。」 (余興って声じゃねぇだろ、お前!)  言おうとしたその口に、ふたたび霧島の熱い口唇が重ねられた。 「ふぐっ。」  酒臭い舌が金枝の口内に侵入してきた。ねっとりと絡み取られぞくりと背筋に甘い痺れが伝う。くちゅ、とかすかに水音が金枝の耳に届き、足に力が入らなくなりがくんと膝が落ちた。それはしっかりと霧島に腰を抱かれていたため、ヘタリと床に座り込むことはなかったが。 「お前、やるときゃやるなぁ。すげぇよ、霧島!」  金枝は気がつけば霧島から離れて床へと座り込んでいた。隣に座る霧島は余裕の顔をしていて。 「よーし、次な。」  元気の良い友人の声を耳にしながら、金枝は不参加を申し出た。これ以上、こいつらの餌食になってたまるか、という気持ちもあったが、先ほどのキスがやたらと腰の辺りを刺激してゲームどころではなかったからである。  ウーロン茶の入ったコップを手にとってみれば、思いのほかに動揺してしまったらしく手が小さく震えていた。  ちらりと視線を上げれば霧島が見え、金枝はそれを一気に煽った。ウーロン茶くらい一気に飲み干したところで害はない。そう思い込んで。 「あ、金枝さん! それ、ウーロン・ハイ……、」  霧島の慌てる声がした。え? と聞き返す間もなく、金枝はその後の記憶が見事に吹っ飛んでしまったのである。  頭、いてぇ……。  目が覚めると頭痛がしていた。ふわりと柔らかい感触が頬に当たり、それが布団であると認識はできる。いつの間に自分の家に帰ってきたんだろうと思いつつも、金枝はもう一度寝入ろうとしたときだ。 「金枝さん、目ぇ醒めました?」  聞きなれない声がした。自分の家にはあるまじき声だった。一人暮らしの金枝の家にそもそも他人がいるはずがない。ぎょっとして声のしたほうを振り返ると、そこには霧島が座ってタバコをふかしている姿が目に入る。 「え……。」  なんでこいつがここにいる? なんでこいつがこの部屋に? なんでこいつが……。  疑問はあったが言葉にはならないほどに驚いた。 「そんじゃ、俺帰りますね。」  にこり、笑みが浮かぶ。霧島の笑顔なんてはじめて見たかも……なんてのん気に思ってから、金枝はふと我に返る。 「ちょっと待て、霧島!」  自分の声にズキンと痛みが響く。 「……っ、なんでお前がここにいるんだ?」  痛む頭を抑えながら、玄関に向かおうとしていた霧島を引き止める。身体を起こそうとして、ずきりと身体に走る痛みもなにもかも酒のせいなのだと思って。 「もしかして、記憶ない……ですか?」  驚いたのは霧島よりも金枝のほうだろう。いままで酒は弱いからと記憶が飛ぶほど飲んだことはないし、自己制御もしていたはずなのに。なんで記憶が飛んでしまう? 「……なんでお前、この部屋にいるんだよ?!」 「あーららら、霧島、お前責任もって送ってけよ。」  ウーロン・ハイを一気に飲んでべろべろに酔っ払った金枝を預けられたのは、ほかでもない霧島だった。 「お前ら、濃厚なちゅーもかましたことだしな。」  にやりとした笑顔が霧島を見る。霧島はそれなりには飲んでいたが、酔っ払うとまではいかず、ほぼ素面に近い状態でもあった。 「はぁ……。」  肩からずしりと重くぶら下がる金枝をちらりと横目で見つつ、霧島は困ったように小さく返事を返していた。 「先輩、金枝さんの家、どこっすか?」  霧島に金枝を預けた男の肩を掴む。タクシーで帰れば分かると簡単に住所を教えてもらい、霧島は仕方なく金枝を家まで連れて帰った。ぐっすりと寝入っているのかそれとも足元ふらふらで歩けない状態になってしまっているのか分からないが、とにかく金枝は一人では歩けない状態だったのだ。 「じゃーなー」と軽く手を振られ、霧島は金枝を担いでタクシーを拾い教えられた住所を伝え、金枝を送り届けた。問題はそこからだった。  部屋に上がり、ベッドへと金枝を寝かせると霧島は大任を終えたとばかりに安堵の息を漏らす。これで自分も家に帰れるのだ。 「金枝さん、俺帰りますね。」  聞こえていないと分かっていながらも、霧島は律儀に小さく声を掛けた。その瞬間である。 「帰さねぇよ。」  寝ているとばかり思っていた金枝の口からこぼれたのだ。意外と呂律もはっきりとしていて。 「え、金枝さん、起きてたんですか?」  ぎょっとしたのは霧島だ。無表情がわずかに引きつっている。 「お前、責任取れよなーオレの口唇。」  数時間前の王様ゲームで濃厚なキスをしてきた霧島へとぶつけられた言葉。責任を取れ、と言われても……な心境に追いやられ霧島は返答に困る。瞳こそ虚ろな色をしていたものの、口調だけははっきりとしていた金枝に、霧島は困ったように視線を落とした。 「俺、なにすればいいっすか……。」  酔っ払いに絡まれるとはタチが悪すぎる……その口調は明らかにそう言っていた。  そばに来い、強気の口調で言ったわりには金枝はおとなしかった。てっきり殴られるだろうと予測していた霧島にとっては、拍子抜けである。ベッドに横たわったままの金枝のそばで腰を下ろして、次はなにかと見下ろすその視線の中、金枝はなにも言わずただじっと霧島の顔を見つめるだけだ。 「お前の……。その余裕って顔がムカつく。」  かなりの間見つめて、言った言葉がそれだった。  霧島はそんなことを言われて途方に暮れた。そもそもそれは地顔なのだから致し方ないのだ。王様ゲームのキスだってしてる最中も終わった後もじつは心臓がばくばくしていたなんてことは、金枝の知らないところで。いまここに座っていることでさえ、心臓が口から飛び出してしまいそうなほど緊張しているなんて知ったら、きっと嘘だと言われてしまうだろう。 「と言われても……これが地顔ですし……。」  ぼそりと返した霧島の顔を金枝はマジマジと見る。挙句にはぐい、と霧島を引き寄せてまでじっと見つめてくる始末だった。霧島は少なくとも心臓が飛び跳ねそうになった。金枝の綺麗な顔が目の前にあるのだ。切れ長の瞳が射抜くような視線を持って霧島を見る。一文字に結ばれた口唇は薄く、一度は口付けしたのだと思えば余計艶めいて見えた。 「金枝さん……俺、帰ってもいいっすか。」  自制心の限界だったのかもしれない。霧島は思い切り金枝の肩を押しやると、顔を横に逸らせてそう呻くようにつぶやいた。 「だから、帰さねぇって言ったろーが。」  強い口調はそのままに、ぱたりと霧島を掴んでいた手を離してしまう。そして、先ほどの強い視線をふと弱めるとそのまま横を向いて小さく吐いた。 「気持ちわりぃ……。」  霧島は慌てて、口に手を当てて小さく丸まった金枝を無理やり起こし、トイレへと押し込める。  中から金枝の苦しむ声が聞こえてきたが、霧島はトイレの入り口に突っ立ったまま動こうとはしなかった。  霧島はトイレの番人をしながらふと、今日のことを思い出す。どっちかというと、金枝は「綺麗」な部類だと思う。サークルのメンバーの中でも正直、女性よりも秀でているかもしれないと思えるほどには。淡いアコガレというか話すだけでもなんだか妙に霧島は緊張してしまうのだ。それが。  王様ゲームでキスをし(しかも二回、濃厚なやつ)その後、トイレで吐いている姿を見ることになろうとは正直、シンジラレナイ気分である。「おえー」と苦しそうな声だの、「げほっ、げほっ、」だの。本当なら大丈夫かと背中をさすってあげたいところなのだが、金枝はそれを許そうとはしないだろう。 「金枝さーん? 大丈夫ですか?」  ダンダン、トイレの入り口を叩いてみる。ぷっつりと音が止み、人の気配がしなくなってしまったのだ。たぶん鍵は開いているのだろうが、それでも中の反応を窺ってみる。二度、三度と扉を叩いてはみるものの、反応はやはりなく、霧島は急いでドアを開いた。 「金枝さん!」  ばん、と勢いを付けてドアを開ける。緊張が走った。よく聞く話ではないか、吐瀉物が咽喉に詰まり死んでしまう話など。  ……だが、心配は無用だったらしい。  トイレの便器を囲むように、金枝は熟睡していたのだ。 「金枝……さん……。」  安心したような呆れたような声が漏れてしまう。霧島はそれでも、トイレの中で熟睡している金枝を抱きかかえると、ベッドまで連れて行ったのだ。 「………そーゆーことかよ……。」  顛末を聞いた金枝はあまりの自分の失態に、がくりと頭を垂れて沈んだ声を絞り出した。まさか、苦手だと思っていた霧島に献身的に看護されたなんて、なんだか気恥ずかしいやら情けないやらで。額を抑えて動けない。 「ああ……でも、昨日の金枝さんも良かったですし。俺、損したとか思ってませんよ。」  なにが良かったというのか。霧島は二度目の笑顔を浮かべると、そのまま部屋を出て行った。  あとに残された金枝はといえば、霧島の言葉にあっけに取られて呆然としていた……。

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