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第30話 年越し祈願

 年越し祈願は、いつもの場所で。  にやりと口唇の端をつりあげて、やつが笑った。俺の幼馴染で、学校の先輩で。三年生で大学受けるって言ってたっけ。ぼんやりとした頭で考える。  今年は受験勉強あるから、お前とは年越せないな、なんて小さくつぶやいていた。  そっか、残念だな。  なんて。小さく言ってはみたけれど、いつも一緒にすごしたはずのやつがそばにいないと思うと、なんだか淋しかった。大晦日、家族から離れて俺は自分の部屋に引きこもった。  別に大して仲の良い家族ってわけでもないし。  俺は自分の窓から見える向かいの薄明かりを見ていたくて。きっとあいつが一人勉強しているのだろうその明かりを見ていたかった。  がんばってるなぁ。  ぼんやりとその明かりを目で追った。  暗い室内にぽつんと見える机の光。以前あいつが言っていたことを思い出す。 『勉強するときってさ、なんか俺、つい部屋の電気消しちゃうんだよな。手元の明かりで神経集中するっていうかさ。』  思い出して、俺はクスっと笑った。だけどその笑いはすぐに消える。  手元の明かりだけがついているっていうことは、それだけ集中してるってことだ。俺は小さく息を吐いた。  集中、してるんだ。邪魔しちゃ、悪いよな……。  本当は窓を開けて声をかけようかと思っていたのだけど、手元だけが明るいあの部屋を見ていたら、俺は窓にかけた手を引っ込めた。  いつも一緒にいたから。  なんだか今日は変な気分だ。  部屋にあるテレビを点けてぼんやりと眺める。テレビは年越しの番組をやっていて、俺はそれを見るともなしに黙って見ていた。  いつもだったら、あいつが一緒に番組を見ていてあーでもないこーでもないって他愛のない話をして笑い合って。今年はそれがない。  それがないってだけで、なんだか淋しさを覚えてしまう。いつもは鬱陶しいくらいにそばに張り付いているはずの存在が、いまはない。それだけで………淋しいと感じてしまうなんて。  俺は自嘲気味に笑った。 「馬鹿げてるよ、ほんと。」  テレビに文句をつけるように、わざと大きな声で。  つまんねぇ。  つまんねぇ。  ぼんやりとテレビの画面を見ながら思っていた。  ──こんっ。  ふいに。  なにかが窓に当たる音。この音は聞き覚えがあった。いつもあいつが俺を呼ぶときに使う手段で。長い棒みたいので俺の部屋を突付く、あの音に似ていた。俺はちらりとそっちへ目をやる。  ──こんっ。  また、音がした。  どきり、嬉しいと感じる鼓動が音を立てて高鳴って、俺はガラにもなく頬が紅潮していくを感じていた。  それでも、わざと不機嫌そうな顔を作って、窓辺に立つといつものようにもたもたと窓を開けてやる。絶対、待ってたなんて思われたくなくて。 「なんだよ。」  窓を開けると、一気に冷たい空気が流れ込んできた。机の光だけが灯った部屋からあいつが覗く。にかっと笑った顔からはいつものような厳つさは感じられなくて、俺は思わず吹き出した。 「勉強、してだんだろ?」  笑う口元を押さえて俺が。 「ああ、まぁな。」  勉強、という言葉を聞いてあいつが少しだけげっそりとした顔を見せる。根詰めた様子は感じられなかったが、どことなく疲れ切っている様子だった。 「大丈夫なのか?」 「ちょっと休憩だよ。」  今度は面白くないという顔をして。  子供のときから変わっていないんだ、そういうところ。俺よりも大きな身体をしてるくせに駄々っ子みたいにして。 「そんなんじゃ受験、危ないんじゃないのか?」  笑いを堪えて。 「平気平気。俺が頭いいの知ってるだろ。」  ぱたぱたと手を振って、あいつが笑った。 「なぁ。……初詣、行かないか?」  なぁ、と声をかけられてあいつを見るとたっぷり何秒か考えてから、ぽつりと言ってきた。  初詣、そう聞いて俺はふと部屋の壁にかけられている時計を見やる。  ああ、そうか。もう十二時になるのか……。ぼんやりと考えていると、窓の向こうからちょっとイラついた声が飛んできた。 「行かねぇのかよ?」 「行くよ。」 「じゃ、外で待ってろ。」  言うといきなり窓を閉められた。 「あ、おい!」  声をかけたけど間に合わない。俺は仕方ないな、なんて小さくつぶやきながらコートを羽織ると、下階へ降りていく。階段を下りながら思わずにやけてしまう顔を引き締めて。 「よう。」  厚手のコートに身を包み、あいつが片手をあげて俺を見る。久しぶりに見る顔に、俺は小さく笑みを浮かべて答えた。冷えた空気が辺りを包み、足元には積もった雪がある。はあ、と吐き出す息は真っ白で、手袋をしてこなったことを後悔してしまっていた。 「寒いな。」 「だな。」  相槌を打ちながら、二人で並んで近所の神社へと歩き出した。大晦日。いつもと変わらないはずの夜なのに、なにかが違う。空を見上げればこの季節、当たり前のように見える雪がちらちらと降っている。一歩踏み出すごとに積もった雪がぎゅ、と音を立てる。寒い、というよりは肌に突き刺さるような冷たさの空気が身に染みる。  なんだか辺りはいつもよりも静寂で、声を立てる気分にもなれず俺はただ黙って歩いた。きっとやつも同じなんだろう。俺と同じように無言で歩き続けている。  見上げた横顔がうっすらと街灯に照らし出され、俺はしばし見惚れてしまった。するりと流れるような鼻の筋と切れ長の瞳。くっきりはっきりとした眉。いつもはほんのわずかに浮かべられているうす笑みも今日は押し込められていた。  なんか言えよ。  そうは思うのに、言葉は見つからない。  春からは遠い大学に通うのだそうだ。だから、こうして二人で迎える年越しはこれで最後。最後だと思うからなのか、今年の大晦日は余計に。 「……俺さ、年越し祈願、したいんだよな。」  無言のままにさくさくと雪を踏みしめて歩いていたやつが、ふいに話し出した。相槌を打たないで俺はやつの話の先を促してやる。 「……なんのかっては訊かないのか?」  そんなこと、分かり切ってるだろ。 「合格祈願……ってやつだろ。」  俺はすっぱりと言い放つ。祈願、といったらそれくらいしか思いつかないし。第一、こいつのように受験を控えていればなおさらだ。 「お前、そういうところ鈍いよな。」  ははは、と乾いた声で笑うあいつを、俺はじろりとにらみ付けた。意味の分からないことを言い出したのはそっちなのに、なんで俺が鈍いと言われなくちゃいけないんだ? 「合格祈願じゃねぇよ。」  じろりとにらんだのに、それには慣れてるって感じで小さく笑うと、ぽそりと言った。 「じゃあ、なんの?」  畳み掛けるように、俺が訊いたとたん。あいつはふと、歩く足を止めた。数歩遅れて俺も足を止めて振り返る。あいつの顔を見て、どくりと鼓動が高鳴った。  笑っていたと思っていた顔はきりりと引き締まり、どこか……切ないような表情を浮かべていたからだ。 「分からないのかよ。」  吐き捨てるようにつぶやいた言葉と、それと同時に伸びてきた腕。  がしっと肩をつかまれて引き寄せられて。  強引に。  口唇を奪われて、いた。  ひんやりとして柔らかい感触が自分の口に重ねられる。 「う、ふぅ……っ。」  呼吸が苦しくなって俺は思わず吐息を漏らした。  口唇を離されて、抱きすくめられて。 「まだ、分からないのか?」  声が降ってきた。イラ付いたような、かすれた声。 「お前が俺の後を追ってきてくれるように、祈願するんだ……。」  ぎゅ、と腕に力を込められる。苦しいほどに抱きしめられて、俺はやつの腕の中でふうわりと笑っていた。

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