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【壱】静かな異変

「やっと、ソナタを手に入れられた」  天に向かって鬱蒼(うっそう)と生い茂る木々。  陰森(いんしん)の奥にある荒れた地は、まるでそこだけが抉り取られたかのように、ぽっかりと広がる。  その奥に岩で築かれたひときわ目立つ古城とも言えぬ砦があり、それこそこの場に似つかわしくない巨大な十字の柱が聳え立つ。  司祭のような真っ白な衣服を身に纏った魔族が一人、その十字に(はりつけ)にされていた。  四肢(しし)ごと身体の殆どを柱に呑み込まれ、上半身だけが姿を現している。 「やっと、このワタシ〝マハル〟のものだ」  藍白(あいじろ)の羽織を身に纏った男が、その魔族の真っ白な髪に指を這わせ、流れるような所作で頬に触れる。 「シュケル」  そう囁いて、指先が冷たい頬をなぞり、そのまま破れた衣服の隙間から白い肌へ滑り落ちた。  その手には毒々しい〝赤い何か〟が――。  ◇◇◇  窓辺では小鳥がさえずり、朝日が部屋の中を明るく照らす。そんないつもとなんら変わらぬ朝だった。  アケドラルというこの世界には魔族と人間を中心に多種族が存在する。  その北の国の魔族の王セオドアが執務室の席へ腰かけた時、どこか深い深い森の奥で衝撃音が上がったのだ。  はっとして窓の外を眺めるも、相も変わらず小鳥はさえずり、活気づく城下町が続いている。 「今のは……」  気のせいかと思ったが、いや、確かに異変を感じ取った。  すると執務室の扉が(ひん)よく開き、すっと鼻筋の通った顔立ちの魔族が入って来た。  司祭のような真っ白な衣を纏い、不揃いに伸びた雪のような白髪(はくはつ)が肩の上で風に遊ばれるように揺れる。  肌は白く目尻には淡い影が差し、現実味の薄い静けさを漂わせていた。  穏やかに閉じた瞼の奥には紫色の瞳が隠されている。  魔王がその名を呼ぶと白の魔族にして魔王の腹心――シュケルは、いつものようにフフフと品よく微笑んだ。  まるで何もかも見通しているかのような、不敵で得体の知れぬ笑みで。 「今何か聞こえなかったか?」 「……なんの事でしょう?」  シュケルは相変わらずの笑みで答えるので、その反応にやはり気のせいだったのかと思い直した。 「何か気になる事でも?」 「……いや、ただ」 「よければお調べいたしますよ」  魔王は少し考え、念のためシュケルに任せる事にした。  それがおよそ、数週間前の事であった。  

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