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【参】嵐の予感

 古くから伝わる話がある。  人々が近寄らぬ森の奥の奥、忘れ去られたその場所には、時折異界の門が繋がることがあると――異界の門が開くたびに、決まって大岩を削り出したような砦が突然現れるのだという――。  ◇◇◇  三人はカインの部屋にいた。  一本足の丸テーブルを囲んで茶を飲み、カインが作った焼き菓子を食べ、シュケルの話に耳を傾ける。  するとカボチャがフォーマルな白手袋をはめた手で、飲んでいたお茶をテーブルへと置いた。 「つまり、魔王さまが感じ取った異変とやらを調べに行った先であれに出くわし求婚されたと?」  カボチャは出来れば信じたくないと顔をしかめる。 「えぇ、彼を撒くのに思いのほか苦戦しまして気付いたら一月(ひとつき)近くかかりました」 「そんな、まさか、お前が?」 「そんな、まさか、私がです」 「なんて厄介な奴なんだ!」  シュケルはフフフと笑う。  それが本当なら、先程カボチャが咄嗟に反応出来なかったのはまぐれでもなんでもなく、実力で相手の速さに負けたことになる。となると、確かに厄介だ。 「はっきり断ればいいじゃないか」 「もちろん率直に申し上げましたよ。しかし先程貴方も見たでしょう? 始終あの調子で、こちらの話を都合よく解釈されてしまいまして」  カボチャとカインはあぁと思い出すように天井を見て、確かにあの様子じゃあそうかと納得する。 「彼は〝異界〟から来たと言っていました」  聞き慣れない言葉にカインはきょとんとした。 「〝いかい〟って、なに?」  その言葉になんだかんだと面倒見の良いカボチャは紙と硝子ペンで文字を書き、それを見せながら言う。 「カーッ! まったくそんな事も分からないのか! いいですか、異なる世界と書いて異界です。近いけどこことは違う世界って意味ですよ。古くから森の奥がそこと繋がっていると言われてるんです」  カインはその紙を両手で広げて眺めながら「なるほど異界か~面白そうだな!」と、子供のように瞳をキラキラさせる。  その様子に呆れながら、カボチャはシュケルに話の続きを促した。  その話によると、あのマハルという男は異界の王子なんだそうだ。彼は子供の頃こちらに迷い込んだ際、シュケルに助けられたと。  異界へ帰ってからもシュケルの事を忘れられないまま、マハルは大きくなった。  そして好きでもない相手との祝言が目前に迫り抗議した。自分には心に決めた者がいると。  すると王は、ならば連れて来いと言ったそうだ。  そしてマハルはもう一度、このアケドラルへ――  「うぇ、なんか色々気持ち悪いです」  シュケルの人物像が若干歪んでいるカボチャは、シュケルがなんの見返りもなしに子供を助けるか? と一瞬受け入れ難かった。  だが自身がそもそもこの城で働くきっかけになった時の事を思い出し、そういえば薄情な奴ではなかったと仕方なしにその話を受け入れる。 「ちなみに歳は二十三だそうですよ」 「に、にじゅうさん? ……人間でいくとですか? それとも」 「この世に生を受けて二十三年目です」 「こ、子供じゃないか……」 「俺、誕生日くれば今年で二十六だけど、二十三も二十五も人間だと大人だし俺は魔王の恋人だぜ」  むっとするカインの言葉にそう言えばそうだったと。  突然のように思うかもしれないが実は魔王とカインはそのような関係で、だからこそカインはここにいる。  あれはそう、かれこれ十年ほど前のこと、もっと遡るとカインが赤ん坊の頃からの話になるが、今回この話は主軸ではないので割愛するとして……しかしと、カボチャは眉を顰める。  本来の見た目こそ若いが魔族であるカボチャはおよそ千二百歳ほど、そのカボチャよりもシュケルは歳上なのだ。  いくら魔族としては人間の二十代前半、二十代後半と変わらないといえど、二人にとってはもはやマハルなど生まれたての赤子のようなもの。  たとえ異界の時間軸が異なっていたとしてもこの年齢差は冗談でもきつい。  ただもうそこまでくれば歳など関係ないだろうと言えなくもないが、魔王でさえカインが突然押し掛けて来たあの日から十年目にして、折れるような形でようやく彼を受け入れたのだ。 「てかなんでそんな事知ってるんです?」 「どう撒いても直ぐに見つかってしまうので、先に相手の素性をと、たまに世間話を」 「のんきな」 「短気は損気ですから」 「……それ、僕のこと言ってんじゃあないだろうな」 「そんなつもりはありませんよ。それにしても……短気の自覚があったとは」  フフフと笑うシュケルに、おのれシュケル馬鹿にしやがってと、出かかった言葉をなんとか呑み込む。 「おそらく彼の風を操る力で私の居場所を特定しているのでしょう。……さて」  シュケルは椅子から立ち上がる。  足元へ転がって来た彼の水晶がまるで意志があるかのように無邪気に目を輝かせ、シュケルを見上げる。  絵を描いたような小さな瞳はどこか愛嬌があった。 「フフフ、あとは任せましたよ」  水晶は任せてと言わんばかりにシュケルの足元の周りをくるくると転がる。 「ここも時間の問題です。私はもう暫く城を留守にしますが……」  言いきる前にカボチャが「何を言うか」と止めに入る。来たなら来たで追っ払えばいいだけだと。 「それにお前……!」  思わず声を荒げたその時、突如、窓から烈風が吹き荒れた。  鋭く、猛々しい風が部屋を蹂躙する。  テーブルも椅子も、棚も紙も、抵抗する間もなく舞い上がり、空中で乱雑に踊った。  茶器が高く跳ね、茶菓子は粉々に砕けて宙を舞い、部屋のあらゆるものが風に巻き上げられ、まるで異界からの圧が室内を席巻したかのようだ。  カボチャとカインは腕で頭を庇い、飛び交う物の嵐の中に立ち尽くす。  その時、目の前にいたシュケルが――忽然(こつぜん)と姿を消した。 「!?」  慌てて窓の外に視線をやる。  暴風の只中、シュケルが誰かに抱えられていた。  藍白(あいじろ)の衣が翻り、水浅葱の瞳、そして――風に揺れる、水浅葱色の長髪。 「マハル!」  カボチャが叫ぶ。するとシュケルが振り返り「言った通りでしょう」と、どこか楽しげに笑った。 「シュケル、やはりここにいたか。探したぞ」  マハルは優しく声をかける。  その直後、視線が鋭く変わった。カボチャとカインを睨みつけ。 「ソナタら、よくも騙したな……!」  騙した覚えは一切ない。  思い込みが強すぎるその性格は、もはや一種の才能である。 「だがまぁいい。この通り取り戻した。あとはシュケルを嫁にするだけ――此度(こたび)のことは、許してやろう」  言い終わるや否や、再び風が渦を巻き、彼らの姿は暴風と共に一瞬でかき消えた。  残されたのは、物が散乱した部屋、青ざめたカボチャ、ぽかんと口を開けたカイン、そしてあたふたと転がる水晶のみ。  シュケルがさらわれた。  あっという間に。しかも、その姿は―― 「……シュケル〝お姫様抱っこ〟されてた」 「言うなボケ! 身の毛がよだつ!」  カボチャはジャック・オー・ランタンの被り物の中で青筋を立て、舌打ちしながら窓枠に足をかける。  もっとも、その足はこの姿では他者には見えないのだが。 「今すぐ追いかけますよ!」 「おう!」  二人は窓から身を躍らせた。  一人――いや、一つ、取り残された水晶はハッと我に返り、慌ててどこかへと転がって行く。  まるで、あらかじめ命じられていた〝お役目〟を思い出したかのように――。  

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