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【伍】宝玉の実01

 城の五階の窓から飛び出したカボチャとカインは、青々と続く森の上空を勢いよく飛翔していた。  正確には、カインを抱えたカボチャが魔力で飛んでいた。 「なぁカボチャ、この体勢、落ちそうで怖いからさ……カボチャの頭にしがみついてるんじゃダメ?」  カインの脇の下にカボチャが腕を通して抱えているため、カインは宙ぶらりんの状態なのだ。さしずめ、鷹の爪に捕らえられた獲物のような格好。いつ落ちてもおかしくはない。 「バカ言ってんじゃないですよ。鷹だって、あえてそうしない限り、獲物を落としたりなどしません。それこそこの僕が、カインを落とすわけないでしょうが」 「だってさぁ……」 「それより問題はシュケルです」  カボチャはカインを抱えたまま、ある一か所を目指して飛ぶ。  胸の奥でざわめく焦りを、カボチャは言葉にできずにいた。あの時見た、わずかに青ざめたシュケルの横顔が離れない。  何よりも早く、なんとしても追いつきたかった。 「シュケル、いつもより具合悪そうだったよな」  カインは、最後に見たシュケルの様子を思い出す。  いつもの調子で話してはいたが、元々顔色が悪い体質なのに、さらに青白く見えた。  シュケルは魔王ほどではないが、カボチャやカインよりは体格がしっかりしている。  いわば、一般の成人男性と同じくらいの体つき――マハルと並べば、背丈もほとんど変わらない。  だが、それに似合わず背中からはどこか哀愁が漂い、普段汗ひとつかかぬ彼の首筋には、うっすらと汗が浮かんでいた。  どれもこれも、誰も気づかない些細な変化だ。けれど、それなりに付き合いが長いからこそ、なんとなく分かってしまう。 「えぇ。あのバカ、結構まいってるはずですよ。あれに付き合うには相当体力が要りそうですからね」  体格はともかくとして、白の魔族は基本的に虚弱体質なのだ。例外もいるが、シュケルはその例外にはあてはまらない。 「うーん……確かに」  カインも一方的なところがあるが、マハルはその遙か上をいきそうだ。 「あぁなる前にさっさと懲らしめてやれば、逃げ帰ったでしょうに。なに考えてんだシュケルの奴!」  相当頭にきているのか、カボチャの頭――否、ジャック・オー・ランタンのかぶり物に、ムカムカと怒気が沸く。 「あの様子じゃあ、体調を回復しようにも追いついていないはずです」 「あー、だからなーんにも抵抗しなかったのか」 「かもしれませんし、何か考えがあるのか……アイツの考えることは、この僕にも分かりませんが」  ビュンビュンと風を切って飛んでいると、何かに気付いたカインが「あっ」と声を上げた。 「カボチャ、あれ……!」  カインが指さす先。  緑生い茂る森の中にまるでクレーターのような荒れ地がぽっかりと広がっていた。 「あそこです! あそこから奴とシュケルの気配がします!」  ビュンッ、と速度が跳ね上がる。 「ヒッ」  カインの小さな悲鳴が風にかき消された。  風を切る音が鋭くなるほどに、緊張感が増してくる。  そして――  カボチャとカインは、その光景に一拍(いっぱく)ほど言葉を失った。 「なんだ、あれは!?」  カボチャが叫ぶ。上空からでもはっきりと分かる。  森から突き出るように存在する、巨大な岩の砦――そして。 「十字架?」  カインとカボチャの瞳には、巨大な砦と、その隣にそびえ立つ十字の柱が映っていた。  その(いただき)には―― 「「シュケル!」」  彼が、(はりつけ)にされていた。  ◇◇◇ 「やっと、ソナタを手に入れられた」  天に向かって鬱蒼(うっそう)と生い茂る木々。  陰森(いんしん)の奥にある荒れた地は、まるでそこだけが抉り取られたかのように、ぽっかりと広がる。  その奥に岩で(きず)かれたひときわ目立つ古城とも言えぬ砦があり、それこそこの場に似つかわしくない巨大な十字の柱が聳え立つ。  司祭のような真っ白な衣服を身に纏った魔族が一人、その十字に(はりつけ)にされていた。  四肢(しし)ごと身体の殆どを柱に呑み込まれ、上半身だけが姿を現している。 「やっと、このワタシ〝マハル〟のものだ」  藍白(あいじろ)の羽織を身に纏った男が、その魔族の真っ白な髪に指を這わせ、流れるような所作で頬に触れる。 「シュケル」  そう囁いて、指先が冷たい頬をなぞり、そのまま破れた衣服の隙間から白い肌へ滑り落ちた。  その手には、毒々しい〝赤い何か〟が。  マハルはそれを、シュケルの胸の間に押し当てた。  するとその毒々しい真っ赤な色が、徐々にシュケルの身体へと滲んでいく。 「……ッ!」  シュケルが声を押し殺し、(うめ)いた。 「そ、れは……?」  こんな時でさえも、シュケルは変わらず不敵な笑みを浮かべている。  紅い()を押し込むマハルの手が、ほんの一瞬だけ止まった。  こんな形で手に入れて、果たしてあの時のように微笑んでくれるのか――  胸の奥に差したその迷いを、マハルはすぐに打ち消す。  もう後戻りはできない。これは、十数年を費やして辿り着いた〝答え〟なのだから。 「忘れたのか? 以前、ソナタへ話した〝紅い()〟だ。どれほどこの瞬間を夢見てきたことか、この十数年……。ソナタが忘れていようと、ワタシは一度たりとも、忘れたことなどない」  ――それは、マハルの住む風の大陸で、大切に扱われているという紅い()。  その()は今、なぜかシュケルの身体の中に、呑み込まれていく。  とても、熱くて、苦しい。  まるで鉄の塊を無理やり呑み込んでいるかのような、内側から焼かれるような苦しみ。  胸から腹へと、身体を作り替えられるような灼熱が広がっていく。  だが両手足は柱に縫い付けられ、動かせない。  ただその熱だけが、全身を(むしば)み、(ひたい)を伝う汗は止まらず、視界は霞み、意識も徐々に薄れていく――それでも彼は、眉ひとつ動かさず、堪えていた。 「先程は、さすがに焦った。いくら怒っているとはいえ、ワタシの目の前で飛び降りるなど」  マハルは、悲痛な顔をしながら瞳を潤ませる。 「あんまりだ。まさか、死ぬつもりだったのではあるまい? そうまでして、ワタシを拒絶するのか……」  シュケルは、焼かれるような熱と苦しさに堪えながら、多少マハルを(あなど)っていたことを反省していた。  まだ体調が万全とは言えない。  あちらの世界へ連れて行かれる前に振り切るには、体力が足りなかった。  だからといって、飛び降りたところで意味などない。風を操るマハルにかかれば、すぐに捕まる。  分かっていてそうしたのは、一瞬の動揺から隙を作り、身を隠すつもりだったからだ。  予想外だったのは、地中から突然現れ、自分を呑み込んだこの十字の柱。  風を操ったとは思えない。だが、おそらく――マハルの力だ。  そう、マハルはまだ、力を隠していたのだ。  目の前の、今にも泣きそうなマハルの瞳が、ふと明るく(きら)めいた。 「だがもういい。そんな事をせずとも、この()を取り込んだからにはソナタはワタシの嫁となり、子をもうけることになる」 「……それは、困りましたね」  シュケルはまったく困ってなさそうな顔で、いつもの調子で微笑する。  その笑みは穏やかなのにどこか冷ややかで、何ひとつ読み取れない。  ――ただ、言葉は嘘ではない。  先程から、覚えのある二人の気配が、確実にこちらへ近づいている。  シュケルが気にしているのは、むしろそちらのほうだった。 (やはり、来ましたか……さて)  尚も続く、内側から焼かれるような熱。  それはまるで、身体そのものを作り替えようとするかのようで―― 「一時ほど、苦しいだろうが……今暫くの辛抱だ」  一時(いっとき)というのは、一瞬を意味する場合もあるが、マハルが言うのはおそらく〝二時間〟の方だ。  ――そう、二時間である。  これがカボチャなら「長すぎる」と怒鳴っていただろう。  その時、マハルが突如として後ろを振り返った。  その瞳に映ったのは、雲一つない西の空。橙色に燃えたぎる夕日、そして―― 「マハル貴様、シュケルを放せ!」 「シュケルになんかしたら許さねーかんなー!」  それを背景に真っ青な長髪の青年とお化けのようなカボチャの姿が、まっすぐ此方へ向かっていた。  ◇◇◇  ようやく追いついたカボチャとカインは、(はりつけ)にされたどこか扇情的(せんじょうてき)なシュケルと、その横でシュケルに触れたまま此方(こちら)へ振り向いたマハルの姿に、正直、ものすごく動揺していた。 「な、なんだよこの状況~! カボチャ、説明してくれよ~!」 「うるっさい! そんなの僕が知るはずないでしょうが! てか、出来れば他人に好き勝手されてるシュケルなんか見たくなかったわ!」  ただひとつ分かるのは―― 「あ、あの野郎…………人のもんに、あんなにベタベタベタベタと、嫌がるシュケルに触りまくりやがって! キモチワルイ。殺す、燃やす、駆逐する!」  ベタベタ触れているわけではないが、カボチャにはそう見えているらしい。  小声でブツブツ言っているとカインがじーとこちらを神妙な面持ちで見ているのに気付いた。 「な、なんですか?」 「分かるよその気持ち。カボチャ、シュケルのこと大好きだもんな」  突如として空気が変わる。  あまりの言葉に、カボチャの思考が一瞬だけ真っ白になった。 「…………は?」 「俺ですらめっちゃ嫌だもん。カボチャにしてみればそりゃもう」 「な、は、バッ、そうじゃなくて!!」 「いいんだカボチャ、無理しなくていいよ。カボチャは素直じゃないもんな」 「は、はあああ!?」  ガツンと頭を金槌で殴られたような衝撃だった。 (まてまてまてまてまてそんな片鱗一切見せてませんけど!? ないだろないはず! ってかただもう異常に胸糞悪いってだけで!)  あまりの衝撃にワナワナと震えながら言葉を失うカボチャを他所に、カインは珍しく思い詰めた様子でマハルへ視線を向ける。 「カボチャ……俺、正直さ……マハルのやってること、昔の自分にちょっと似てるな~って思ってたんだ。俺もあんなだったのかな……そりゃあ、魔王も断るよね」  確かにカインには、魔王と結婚したいがために城へ押しかけて求婚していた少年時代がある。  ついでに城に住み着いて、あれこれ勝手に手伝っていた。  魔王の「もっと視野を広げろ」という言葉に、一時期は傍を離れて旅に出た。  だが結局、諦めきれず舞い戻り、今に至る。  ちょっと落ち込んだカインの頬を、カボチャはバシンッと平手打ちした。 「いった~!」 「バカ言ってんじゃないですよ! 貴様とあの野郎を一緒にするな! ぜんっぜん違う! 確かに押しかけ女房さはありましたが、少なくともお前のほうが可愛げや愛嬌があったし、あそこまで自分本位じゃなかったわ!!」 「そ、そかな?」 「えぇ! それに、魔王さまだって嫌がっていたのではなく、ただ困って……って、今はそんな事どーでもいいんですよ、クソボケが!」  到着するなり口論し出す二人に、マハルは鼻で笑う。 「ごちゃごちゃと騒がしい。ウヌら、一体ここへ何しに来た? まぁなんにしろ、もう遅いぞ」 「なんだと!?」  マハルは、まるで自分のモノであるかのように、シュケルの白い髪に触れる。  そして、挑発するような瞳で、カボチャを見据えた。 「すでに宝玉の()はシュケルの中だ。シュケルは嫁となり、ワタシの子を宿す」  今度はカインの思考が一瞬止まった。 「な、何言ってんだ? シュケルは男だぞ。灰の魔族ならともかく、子供なんて……だよな、カボチャ?」  そう、カインの言っていることに、間違いは何一つない。  魔族には黒の魔族、白の魔族、赤の魔族、そして――灰の魔族が存在する。  黒と白は男、赤は女と決まっているのだ。  だが灰の魔族だけは例外で、自らの意思でどちらの性にもなれる特異体質。  それだけではない。  灰の魔族は、生まれてくる数が少なく、寿命も短いため、極めて珍しい存在。  だが、シュケルは白の魔族なのだ――つまり、男。  子を宿すことなど、できるはずがない!  

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