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【拾壱】シュケルという男

 二人が鏡の中へ消えて直ぐ、砦の崩壊が始まった。  一同は瞬時にその場から離れて、上空からその崩壊を見守る。  不思議な事に崩壊した砦は、その瓦礫を地面へ残す事なく、まるで吸収されたかのようにその姿を消した。 「……まぁそりゃあ忘れんだろうな」  カインを片腕に抱き上げている魔王が呟く。 「えぇ、こんな事が度々起こるようであれば、嫌でも忘れられませんよ」  隣にいるシュケルはその言葉に頷く。  何を言っているのか分からないのはカボチャとカインだけだ。 「なぁ、なぁなぁ! 俺ってセオドアと両想いじゃなかったのか!? 俺の初恋って(みの)ってなかったの!?」  魔王の胸ぐらをぶんぶん引っ張るカイン。無理もない。 「安心しろ(みの)ってる。(みの)ってるから落ち着け」  カインを宥めて、魔王はつまりだと語り出す。 「あのマハルの家系にシュケルは好かれる傾向にあるということだ」  カボチャとカインは「はい?」と頭にはてなを浮かべた。すると今度はシュケルが話し出す。 「かれこれ何百年か前の話です。ある一人の少女が此方に迷い込みました。私はその少女を助けたのですがその二十年後、大きなった彼女は私の元へ現れました。求婚された私は仕方がなく〝恋人〟がいると言いました。実物を見ないと納得いかないと言われたので私は魔王さまを呼ん」 「ちょっと待て、長いししかも覚えのある話ですね!?」  耐えきれず口を挟んだカボチャにシュケルはフフフと笑う。 「まぁそう言う訳でかれこれ何百年もこのやり取りを繰り返しているのですよ。子孫代々。もちろんマハルの父親の話もありますが聞きたいですか?」 「聞きたくないし、とんでもない血筋ですねそれ……てかなんで僕は知らなかったんだ」 「それは教えていなかったので、教えると今回のようにややこしくなりますし」  カボチャは内心でコンッノヤロォと拳を握った。 「てか助けなきゃいいでしょうが! それに今回は僕もいたんですから、別に僕でもいいでしょう!」  シュケルは少し黙ってから「カボチャだと説得力に欠けますので」とあっさり言った。  頭にくるが正直ぐうの音も出ない。 「じゃ、じゃあさ、本当に……なんもないんだな!? なっ!?」  眉を八の字に不安そうに返答を待つカイン。シュケルはフフフと笑ってハッキリと言った。 「えぇ、まったく、これまでもこれからも」  良かった~とカインはほっと胸をなで下ろし、魔王へ抱き付く。 「ですが、嘘をついた訳ではありませんよ。上司と部下として、という意味ではあながち間違いではありませんので」 「実際シュケルがいなくなるとかなりの痛手だからな」 「それなら別にぜんっぜんいいよ! 俺もシュケルとカボチャに心許してるもんな!」  ニッとカインは上機嫌に笑う。 「はぁ~もういいですよ。全てまーるくおさまったんですから、さっさと帰りましょう。もう僕は疲れました」 「そうですね。水晶もそろそろ根を上げる頃でしょう」 「帰ったら晩ご飯にしようぜ!」  カインが言う通り、いつの間にか辺りが暗くなっていた。  ◇◇◇    晩御飯を食べ終えると、一同は各々に散った。  シュケルは部屋へ戻ると備え付けの風呂へ入り、暫くして上がると寝台へと向かう。  そこには何故か水晶と共に寝転ぶ子供姿のカボチャがいた。  彼も風呂から上がったばかりなのか寝間着姿で、しかもその黒い長髪が湿っている。  仕方ないと、シュケルは寝台へ座りその髪を丁寧にタオルでポンポンと拭く。  すると気付いた水晶が眠そうにしながらこちらへ転がってきた。 「水晶、今日は貴方のお陰で助かりましたよ。流石ですね……」  ――城に戻った頃には水晶がしっかりとお役目を果たし、集まっていた民は皆、家へと帰っていた。  本日一番の功労者はこの水晶だろう。  水晶は、眠いながらも嬉しそうに左右に揺れて、そしてまた動きを止めた。どうやら眠ったらしい。 「おやすみ水晶」  そしてまたシュケルはカボチャへと視線を落とす。  本人は否定するだろうが、ほんのごくたまにこうやって、部屋を間違えた振りをするのだ。  シュケルとカボチャの部屋はそこまで近くはない、そう簡単に間違える筈もなければ、隣の魔王の部屋へ誤って入ったとは聞いた事もない、そもそも、自室の風呂に入った後、自身の寝台へ向かうつもりで、なぜかシュケルの寝台に辿り着くなど、おかしな話だ。 (……起きませんね)  もともと綺麗に切り揃えられていたカボチャの濡羽色の長髪は、マハルとの戦闘で今は片側が散らばってしまっている。  その髪をポンポンと暫く拭いて、 (これは……起きてますね)  普段のカボチャならこうやって少しでも触れれば今頃飛び起き、ギャーギャー文句を言っているところなのに、一向に起きる気配がない。ということは敢えて起きないのだと言える。つまり狸寝入りだ。 「フフフ、貴方も疲れる事があるのですね」  ようやく髪が乾いてきた。 「やけに素直ですが、変な物でも食べたのでは?」  あえて挑発してみるが、ピクリともしない。 「はい、終わりましたよ」  湿ったタオルをそばにある椅子の背もたれにかけ、シュケルは背中を向いているカボチャの頭へ片手をぽんとのせ、耳にかかっている髪を寄せた。 「……すみません。今夜は……いえ、しばらく貴方の相手をする余裕がないもので」  カボチャは僅かに身動(みじろ)ぎするとゆっくり愛嬌のある顔を上げた。  チャームポイントのちょっと太めの眉を寄せ、少し赤らな頬をぷくっと膨らませて、仕方無いから起きましたと言わんばかりの赤い瞳をシュケルへ向ける。 「……やっぱり体調悪いのか?」  マハルに追い回されていた時点でヘトヘトで、おまけに変な木の実と密かに戦いながらカボチャ達にまで気を配ったうえに最後にあのバカみたいな攻撃の数々を一瞬で消滅させ、おまけにマハルとカボチャをこてんぱんにのした。  虚弱体質の者がやることではない。  シュケルは「どうでしょうか」と微笑する。傍から見ればいつもと変わらない。 「……納得いかないと顔にでてますね」  いつもの怒った顔でも、子供のように不貞腐れた顔でもない。カボチャは子供の見目をして大人のような眼差しをシュケルへ向けている。 「お前〝あえて〟追い払わなかったんだろ。なんでだ?」  そう、マハルなぞシュケルにしてみれば赤子を捻るようなもの。逃げ回らずとも見つけたその場で元の世界に強制的に還そうと思えば出来たのだ。  だが、シュケルはそうはしなかった。 「赤子だからですよ」  穏やかにそう答えたシュケルの言葉にカボチャは鋭い声色で「は?」と返した。 「昔助けた赤子が、少しばかり成長してわざわざ会いに来たんです。それなら多少なりとも遊んでやらないと、そう思いませんか?」 「思いませんかって、お前……」 「それに、子供は有無をいわぬ態度でいれば癇癪をおこして余計暴れますから、ある程度付き合って、満足したら返す。少なくとも今までの経験ではこれがもっとも効率的です」  たとえ強制的に返したところで、またあの異界の門からやって来る。そんな鼬ごっこになるよりは、納得させて返したほうが後々面倒が少ない。  つまり、シュケルはどこまでも〝子供の戯れ〟としてマハルと接していたのだ。  それに気付いたカボチャは「なんだ、そうか」と気の抜けた声で呟いた。  張り詰めていた表情が一瞬にして愛嬌のある顔つきに変わる。 「ところで」とシュケルが言うと「どうした」とカボチャが起き上がって身を乗り出す。  真剣な顔で間近に迫るものだから、シュケルは心の中で小さく笑った。 「私はこの姿の貴方に無体は働きませんよ」  一瞬ピンと来なかったカボチャだが、ギクリと肩を揺らし、弾かれたように身体を反らす。 「なっ、ちが」  そして口を一文字に引き結び、固まった。 「ちがわい!」  かと思うと頭を抱えて布団に突っ伏する。  顔を隠したいのか身を隠したいのか、どちらにしろ耳が真っ赤だ。 「……今日は、ありがとうございました」  ――カボチャが顔を上げると、そこにシュケルはいなかった。  窓から射し込む月明かりを頼りに真っ暗な室内を見渡して、魔力で自室に戻されたのだと気付く。  おもむろに後ろ頭を触った。  戻される前に確かに軽くキスを落とされた感触があったと。まるで子を宥めるような、そんな。  わしゃっと乱暴に髪を鷲掴む。 「~~っ大人姿になっときゃ良かった」  ついでに思い出す。シュケルは子供姿のカボチャを本当に子供のようにしか思っていないことを。  ただ本人に尋ねればまさかそんな事はないと言うだろうが、これとそれとは別なのだ。本気でそんな感情を抱かないらしい。 (これだから嫌なんですよ)  カボチャは枕をボスッと軽く殴った。  ――翌日から暫く、シュケルは高熱を出し寝台から動けなくなった。  大量の魔力を消耗し、その反動がきたのだ。  周りに全くそんな素振りを見せていなかったが、やはり相当無理をしていたらしい。  こうなってしまうと流石のシュケルも回復には時間がかかる。  カボチャは代わりに仕事を片付けながら。 「これだからシュケルは!」  そう言いつつ、誰よりも進んで仕事を片付け、誰よりも看病するカボチャ。  だが様子を見に行くたびにシュケルは身を起こし、ケロッとした顔でのんびり本など読んだり水晶の相手をしたり、見舞いがてらに長々と話し込むカインの話し相手になっていたり、部下が当たり前のように報告に来て当たり前のように指示出しをしていたりするので、カボチャはその度に「寝てろ!」と怒鳴って忙しい。 「っなんで貴様はあ、こんな時ですら大人しくできんのだあああ!」 「……フフフ、そんなに怒るのは〝私がいないと困る〟からですか?」  なんの事だと怒鳴ろうとして、自分がマハルに言った言葉だと気付きとっさに言葉に詰まる。  真っ赤な顔に青筋を立てたカボチャは 「これだから……これだから嫌いなんですよ……!」  と、言わずにはいられなかった。  

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