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4:やくやく様は自らやって来る!【完結】

 調理場へと移動した面々は綺麗な服に着替えて、もちろん手足を洗って中へ入った。  というのも、なんの準備もなしにそのまま現れた彼らに、調理長が鬼の形相になったからだ。  しかもシュケルだけきちんと準備していたので、他の面々が追い出されるなか、一人だけいつものようにフフフと笑っていてたちが悪い。  気を取り直し、きちんと支度をしてきちんと事情を説明すれば、鬼の形相は今や女神の微笑み。  ケーキ作りに積極的に協力してくれ、厨房にいた皆も手が空いているからと言ってわくわくと手伝いはじめた。 「坊っちゃんと一緒に作るケーキかぁ~ひっさびさで腕が鳴りますね~」  カインと一番親しい年嵩の調理人が嬉しそうにそう言った。  こちらに来てから何度か厨房を借りてお菓子作りをしたことがあるのだ。  ちなみに魔族はあまり菓子に馴染みがない。そんな彼らに人間のお菓子作りのイロハを教えたのはカインだったりする。 「へっへ~おじちゃんもしかして寂しかった~?」 「そりゃあもう、坊っちゃんのいない厨房ときたら、砂糖を入れない紅茶のようなもの、あるいは味付けをしていない肉のように味気ないったら」 「でも砂糖を入れない紅茶の方がおじちゃんは好きなんだろ?」 「違いない」  どっと笑いに溢れた。厨房の者たちと他愛ない話をしながら、卵にバター、蜂蜜に砂糖、野いちごを準備して、手慣れた様子で調理器具を扱う。  カインはいったん手を洗ってシュケルの元へ行く。  シュケルは材料の分量を計っていた。実際シュケルは繊細なことが得意なので、適材適所だ。  水晶は残念ながら調理長に立ち入り禁止令を出されたため、調理場の外でたぶん泣きながら待機している。  調理長いわく「足元をうろちょろされちゃかなわん」とのこと。 「シュケル」 「どうかしましたか」 「いやその、本当に本当に大丈夫なんだよな?」 「えぇ問題ありませんよ」  最後のプレゼントやくやく様はまだ見つかっていない。  だがシュケルいわく〝待っていればあちらからやって来る〟そう言うのだ。 「本当に本当だよな?」 「本当に本当ですよ。ところでカイン、城にいる使用人含め全員ともなれば、かなりの数を作らなくてはならないのでは?」 「うん、そうなんだよなぁ。それで俺思ったんだけど四角いケーキにしようと思って」 「四角いケーキですか?」  カインは頷いて、大きな四角い型を取り出す。 「これ、本来は団体客の時にまとめて食材を焼くために使ってるらしいんだ。でも普段は使い道がないんだって、これに生地を流してさ焼こうかなって」  魔族はもともとあまり食事をしない。わざわざ毎日食べなくとも生きていけるからだ。  そのためカインがここに来た頃は、そこまで調理器具や食材が揃っていなかったのだが、今ではこの厨房に無いものはないと思えるほど色んな物が充実している。 「そんでさ、四角いケーキをたくさん並べて大きな大きな一つのケーキにしようぜ!」 「なるほど妙案ですね。しかし、あまり大きすぎると運ぶ際に崩れてしまうのでは?」 「この型、ちょうどワゴンと同じ大きさなんだ。あとちゃんと半分に切るつもりだぜ。それなら崩れにくいだろ?」 「えぇそうですね。それでは私が次にやるべきは――」  シュケルがそう言った時。 「あーーーー!」  まるでその言葉に被さるようにカボチャの叫び声が木霊した。  慌ててカインが駆け寄る。 「カボチャ!?」  そこにはコゲコゲに焦げたスポンジが……。 「やってられますかこんなこと、材料の無駄遣いもいいとこです!」  子供姿のカボチャがいた。  可愛らしいがちょっと生意気な顔付きと、その短い手足で苛立たしげに癇癪をおこしている。 「だからやめとけって言ったのに……」  カインは呆れて、焦げたスポンジを大きなトレイに寄せていく。  本当はカボチャには会場のセッティングをお願いしたのだが、シュケルが余計なことを言ったせいで、カボチャはケーキを作るとムキになってしまったのだ。  カボチャは意外と人を使うことに慣れている。  だからここにいるより断然会場のセッティング向きなのである。 「カボチャ、ここはいいからさ、これは俺のおやつにするし」 「しなくていい。そもそも僕は甘いものは苦手なんですよ。だってのにこの僕にこんなことをさせるなんて」 「もう分かったよ」  カボチャの苛立ちはカボチャを煽ったシュケルに向いているのを知っているので、カインは適当に話を流す。 「そう言えばさっきさ、なんで濡れてたんだ?」  聞くタイミングをすっかり逃していた。  赤べこを持って来たカボチャはどうしてかこの寒空の下でびっしょびしょに濡れていたのだ。 「あぁ……仕方ないだろ。水晶が映し出した場所へ転移してみれば、滝の中だったんですから」 「滝の中? 滝の奥に洞窟があったとか」 「違います。んなもんなかった。ただの滝、滝がドバーと流れてるのはだいたい岩面なんですよ。つまりそのドバーの後ろ、岩肌の窪みにあれが引っ掛かってたんです」 「え、えー」 「しかも滝のど真ん中に」 「わー」 「そうとも知らず転移した僕は一瞬にして水浸しですし、予想だにしてなかった水の勢いに押されてかなり流された上にパンプキンの被り物は顔から外れて失くすし、水晶は見失うしで」 「うひゃあ」 「必死に川底を流れていく透明な水晶を探してやっと見つけ滝に戻ってあれを取ってきたんです。流石に大人姿でないと何かと不便で……感謝してくださいよ」  カインはうんうんと何度も深く頷いた。 「カボチャごめん。ほんっっっっとありがと、大好き」 「軽い」 「すっごく感謝してる。だからもう休んでくれよ。ホントに」  カインはカボチャの華奢な肩をひしっと抱いた。 「じゃあお言葉に甘えて――その前に」  カボチャはバッと後ろを振り返る。  その目に飛び込んで来たのは、 「シュケケエル、僕が作ったスポンジ食べるなー! ってドチクショウ! 食べやがりましたね!」  カボチャはシュケルのそばに飛んで行き、その胸ぐらを掴み上げる。 「絶対やると思ったんだよコンチクショウ! このバカ! それ焦げてんですよ! 以前僕の作ったクッキー食って具合悪くなったの忘れたんですか!?」 「フフフ、バレていましたか」 「バレたも何も目の前で喰った翌日から体調崩してたろがい!」 「そうはいっても、他に誰が食べるんですか?」 「食わんでいい!」 「それだと材料費がもったいないですから」  カボチャは子供の背丈で腕を伸ばし胸ぐらをギリギリと締め上げながら、ハッと気付いた。 「お前っこれが狙いだったのか! 僕をムキにさせて作らせて失敗させて、そんでバカにするのが目的だったんですね!」 「フフフ、まさか」 「まさかのまさかだろ!」 「いえ、私は」  カボチャは「もういい」と怒鳴ると調理場の外までズカズカと駆ける。 「貴様なんか一生僕の作ったものだけ喰って、一生体調崩して苦しんでろバッキャロー!」  捨て台詞を吐いて、どこかへ行ってしまった。 「久々に、食べたかっただけなんですけどね」  シュケルは珍しくぽけっとした顔で、そしてやはりいつもの穏やかな、けれど何かを秘めたような微笑を浮かべ。 「一生作ってくれるそうですよ」  おかしそうに、カインにそう言った。  ◇◇◇  さて、途中で昼休憩をはさみ、おやつの時間に差し掛かった頃。  ようやく全ての準備が整った。  皆が綺麗に飾りつけてくれた大広間に、中央には沢山並べられ大きくなったケーキ。  大きな大きなバンケットホールテーブルにのせられたそれは、見たこともない光景だった。  全て同じ味や見た目だと味気無いのでチョコケーキやフルーツケーキなど色々分けてある。  ケーキの他にも豪華な料理が並び、まるでちょっとしたパーティーだ。  城で働く者達が話を聞きつけ、楽しみにしていた皆々が広間に集まる。 「カイン、誕生日会だって?」 「カイン、どうしたの? こんな豪華なデザート」 「カイン、本当にいいのかい?」 「こりゃすげーや、カイン、ありがとう」 「いったい誰を祝うんだ?」 「誰でもいいさ、おかげで今日はこれ食ったら仕事上がりだとよ」  わいわいと揃って来たところで、カインは言う。 「今日は俺の旧友の友達の友達の知り合いの親戚の知り合いの友達が誕生日なんだ!」  どこからか「誰だそれー」と声が上がる。 「それとね。俺みんなと出会って本当に良かったと思ったから、生まれて来て良かったから、みんなが生まれて来てくれて本当に良かったと思ったから、だから今日、一緒に祝おう! 俺たちの誕生日を!」  それぞれがそれぞれの仕事の格好で、別に仲悪い奴もそうでない奴もいるし、ただの仕事仲間だってのもあるけれど、実は夫婦もいたり、こっそり付き合ってる奴もいたりするけれど、互いに顔を見合わせて、ぷはっと吹き出すように笑う。 「またカインの思い付きね」 「坊っちゃんの思い付きはいい、いつも素敵な時間をくれる」 「いつも突拍子もないけどね」 「付き合うこっちの身にもなれって」 「たく、仕方ないな、付き合ってやるか」 「楽しい美味しいに越したことないわ」 「この機会を逃したら損よ」  〝誕生日おめでとう〟と口々にそう言って互いにグラスを掲げた。  ――そうこうしていると、城の扉が開いて一人の男が入って来た。 「思ったより時間がかかってしまったな」  黒を基調に紺と紅の意匠が施された衣服は露出があるのだが本日はそれなりに冷えた為、その上に厚手の外套を羽織って出ていた。  鍛え上げられた肉体はその外套に隠され、浅黒い肌には右の額から肩、腕、指先にかけて焼け焦げたような痣が走っている。  真っ黒な短髪から、湾曲した角が二本覗き、真紅の瞳が城の中の楽しげな雰囲気に気付く。 「随分と大広間が騒がしいな」  そちらへ向かっていると、大広間の立派な扉からカインがその真っ青な瞳を輝かせて顔を出す。 「セオドア!」  駆け寄って魔王の腕を引っ張って、大広間に入る。  驚いて、言葉を失った。 「…………今日は何か、特別な日だったか?」 「うん、俺が特別な日にした!」 「そ、そうか」  魔王は助けを求めて、ちょうどそばで椅子に座り水晶の相手をするシュケルを見る。 (どうなっている?)  シュケルはフフフと笑って、誰とも気付かぬ素振りで軽く指をさし、魔王の外套の内ポケット、そこにある物を問う。 「これがどうし――」 「あーーー!」  魔王が内ポケットから取り出したのは、見た目が真っ赤なまんまるのドーナツをくっつけて輪にしたような顔の―― 「やくやく様!」  カインは魔王の手首をガシッと掴む。 「や、やくやく様?」 「どうしたんだよこれ!?」 「どうしたもこうしたも、今日は祝いの日だから、お前の所のシスターに渡す物があってな。行ってみたら子供がお礼にこれを――」 「お礼?」 「あっ」 「なんで行ったんだ?」 「いや、その」  魔王が気まずそうに視線を反らす。 (しまった。カインには黙っていたのだった……)  どうせバレるのなら言ってしまおうか、と思ったがどうも言い出しづらい。 (わざわざ言う程のことでも)  だか魔王の焦りとは裏腹に、カインは嬉しそうに微笑んだ。 「そっか、お礼に貰ったんだ。その子に、会ったんだ」 「あ、あぁ……?」 「喜んでただろ?」 「ん、あーそうかもしれないな?」 「絶対そうだぜ」 「そうか」 「うん、ありがとう」 「こ、こちらこそ?」 (機嫌がいいのならまぁいいか)  その時二人の間に白い光が輝いた。  突然のことに驚いていると、だんだんと光がおさまってその姿を現す。 「カインごめん! 遅くなって……あれ?」  前と後ろをキョロキョロと見て「お、お邪魔だったかな?」とユメハが頬をかく。 「ユメハ!」  カインがその名を呼ぶと、ユメハは気まずそうに、ふと下を見て。 「あ、やくやく様!」  魔王の手にあるやくやく様に飛び付く。 「良かった~見つかった~」  喜ぶユメハにカインは赤べこも見せる。 「はい、ユメハ。これで全部だろ?」  ユメハは感極まって、その小さな瞳に涙をたくさん浮かべた。 「うわ~ん、本当に良かった、良かったよ~」  そのままカインの頬にしがみつく。 「本当はね、本当はね。もう過ぎちゃってるの、誕生日。必死に探したけど、あたし一人じゃ全然ダメで、見つからなくて、過ぎちゃって、だから、だからっ」  カインはユメハの小さな背中をとん、と擦る。 「知ってた。だってユメハ、冷静じゃなかったもん。俺の知ってるユメハは賢くて落ち着いてて……良かったなユメハ、今度は落とすなよ」 「うん、うん。ありがとう、ありがとうカイン」 「あれ? ユメハ、片目だけ黒くなってるよ?」  ユメハの綺麗な金色の瞳は、カインの知ってる朝焼けを持つ夜空のような黒い瞳。 「あれ? カラコン、落としちゃったのかな」 「あはは、ユメハ色々落とし過ぎ」  そうだねと、ユメハもくすっと笑う。  ユメハの傍らでまた分厚い本が開いた。 「カイン本当に、ありがとう」  眩いあたたかな光が辺りを照らす。 「ユメハ、何があったのか分かんないけどさ、今のユメハも、俺の知ってるユメハも、俺は大好きだよ」  そうカインが伝えた時には、ユメハと、そのプレゼント達は消えていた。 「今のはなんだったんだい?」 「何か光ったような」 「あったかい光だったねぇ」  使用人達がどこか幸せそうに呟くと、やはり幸せそうにケーキを食べる。 「美味しい」 「毎日あってもいいくらいだ」 「やぁね毎日あったら特別じゃなくなるでしょ」 「違いない」  談笑する賑やかな会話。  魔王はなんとなくだがことの成り行きを理解した。  そして確認するように、シュケルを見る。  だがシュケルはどこ吹く風といった様子だ。 「カイン」  そこへ大人姿のカボチャが声をかけてきた。  おそらく食い意地と酒飲みたさに、大人姿になったのだろう。 「これはどうするんですか? なんか他と別にしてましたけど」  それは普通の大きさの四角いショートケーキ。 「あぁそれはね。()()()()()の人へのお祝いのケーキだから、寄せといて、特別だから!」 「はい? なんかよく分かんないですね。たく」  カボチャはそのケーキを、直ぐそばのティーテーブルへと置いた。 「そう言えば、ユメハからのお土産ってなんだったんです?」  カボチャが骨付き肉を頬張りながら、カインへ聞くと、カインもそう言えばと思ってポケットからそれを取り出した。  それは手のひらサイズのちょっとお高そうな箱。  それを開けてみれば、そこにはメッセージカードと素朴な二つの石。  ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━  カインへ。  婚約指輪って知ってる?  この石ね。最新のやつで、二人にぴったりな  サイズとぴったりなデザインに変わるのよ。  せっかくだから使ってねv  追伸:魔王さまとお幸せに  ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━  カインの瞳が今日一番に輝いた。  そして魔王の顔は今日一番に青ざめた。 「セオドア!」 「待て、まだ早い」  今にも飛び付かんばかりのカインに、魔王は、セオドアは、ジリジリと距離を取る。 「早いってなんだよそれ!」 「なんでもだ」  さっと踵を返して早足でカインから離れる。 「ちょっと待てよ! そんなこと言ってたら俺、先にあの世にいっちゃうだろ!」  カインもその背中を足早で追いかける。  もちろん魔王に向かって先程の箱を突き付けながら。 「バカ言うな、ちょっと待てと言ったら待て」 「だからなんでだよ!」  ぐるぐると、テーブルと皆を取り囲むように追いかけっこを始めた二人に「平和だねぇ」と呆れながらその様子を見守る面々。  それを窓際で眺めていたシュケルが、あることに気付いて立ち上がり、カボチャのそばへいく。 「飲み過ぎですよ」  ワインボトルを二瓶あけて、ふらふらと今にも倒れそうになったカボチャの腰を支える。 「しゅける、きさま、はなぜぇ」 「フフフ、離してさしあげてもいいですが、その場合、朝まで冷たい(ゆか)で寝ることになりますね」  ふと、テーブルの上に置かれたケーキを見て「おや?」とシュケルは呟いた。 「おやおや、カインときたら……忘れてますね」  白い皿の上で、四角い形をしたショートケーキは、まるで小さな雪の箱。  表面を覆う真っ白な生クリーム、その中央には可愛らしい野いちごが数個、飾られている。  シュケルはその野いちごへ、板状のチョコレートを立てかけた。  〝Happy Birthday to you〟  そう書かれた、チョコレートのプレートを――。  ◇◇◇ 「そう言えば、どうして四角いケーキなのかしら?」 「あぁそれは坊っちゃんが、丸と違って隙間がないからと」 「隙間?」 「あぁそうさ、四角なら隣も前も後ろもぴったりくっつけられるだろ?」 「えぇ」 「そうすればずっと一緒にいられて、誰も寂しくないからだとさ」 【Happy Birthday to you】おわり  

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