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第1章:思い違い(2)

 地方暮らしの湊にとって、仕事以外の楽しみと言えばネット小説を読むくらいだった。今ハマっているのが「アルダスとダブラー:二人の錬金術師」という物語である。湊は登場人物の中でも「アルダス」という錬金術師に肩入れしていた。  真面目で誠実だが、不器用でいつも損をしてしまう。それゆえに「ダブラー」というライバルの錬金術師に手柄を奪われていた。ダブラーは何かとアルダスに絡んできては嫌味や皮肉を言う。その威圧的で狡猾なところが湊は苦手だった。  さらにダブラーには「クォーク」という子分がいる。こいつもダブラー以上に悪知恵が働き、邪魔なアルダスを陥れようとする。物語を読み進めながら、自分が登場人物ならアルダスの子分になって対抗できるのに、と湊は思っていた。  物語は終盤に近づき、不穏な空気が漂う。アルダスは王室のお抱え錬金術師になるためにダブラーと競っていたが、期限までに求められていたアイテムを完成させることができなかった。  さらに、新たに雇った「エリック」が過ちを犯してしまい、店自体も窮地に追い込まれてしまう。唯一の支えとなる「ミレイユ」という女性は、アルダスの子どもを身ごもってしまった。  まったく踏んだり蹴ったりである。きっと作者はアルダスを虐めて楽しんでいるのだろう。だが、最後にきっと希望があるはず。そう願って、湊は読み終えたスマホの画面を閉じた。  次の更新は一週間後。湊がカレンダーに目を向けると、すぐに嫌な予定が目に飛び込んできた。前の夜には研究室の飲み会が予定されている。 「飲み会か……」  湊は大きくため息をついた。彼は酒が苦手だった。少しの量でも酔う前に具合が悪くなってしまう。昨年までは年に一、二回しか飲み会がなく、それさえも仕事を口実に参加しなくても許された。  けれども、今回は違う。澄川と酒が飲みたいために研究室の皆が参加すると言い出したのだ。当然、湊も参加しなければ悪目立ちしてしまう。皆の前で澄川から 「春原先輩も参加してくださいね」 と上目遣いに言われ、頷くしかなかった。 「気乗りしないな……」  湊はまた深いため息をつく。地方に住んでいると驚くほど娯楽が少ない。だから、若い女の子が参加する飲み会程度で男たちは血眼になるのだろう。都会とは雲泥の差である。都会では当たり前のように存在していたゲイバーもハッテン場も地方には無い。  湊は、欲望の捌け口が無くて悶々としていた。だからだろうか。いつのまにか身近な伊堂寺に想いを寄せていたのかもしれない。四十過ぎて独身、女に興味が無さそうなのだから、期待してしまうのも無理はないだろう。  だが、伊堂寺は仕事の上司である。もし仲間でないのに打ち明けてしまったら、湊は石動製薬にいられなくなってしまう。だから、想いは胸の奥に秘めるしかなかった。  せめて妄想の中では伊堂寺を思い浮かべる。それくらいは許されても良いではないか。湊はそう寛容しながら、今夜もまた一人で慰めるしかなかった。

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