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第7章:冥醒香(1)
湊が自分の家でこっそり調合を始めてから、注文書の山は片付き始め、店の売上は良くなりつつあった。さらに、作った薬が評判となり、客が途切れることは無かった。
客の中には「あんたが作った薬が欲しい」と湊を指名するものもいる。濁りや混ざりが少ないから気づかれてしまうのだろう。困った顔をしながら「アルダス様の薬こそ素晴らしいですよ」と差し出すのが、お決まりになっていた。
毎晩、クォークの母親に咎められるほど、遅くまで調合をしているから、いつも眠気が取れない。それでも、湊の気持ちは充実していた。
昼を過ぎた頃、いつものようにミレイユが薬を取りにやってきた。今日は見知らぬ女性を連れている。悲しげな表情を浮かべた、ミレイユと同じ年頃の女性。
「アルダス様に話があるのです」
そう言って、ミレイユは勝手に奥の作業場へ入ろうとする。
「困ります。まずは私に話してください」
湊が遮ろうとすると、奥からアルダスが出てきた。
「いらっしゃい、ミレイユ。うちの弟子が無礼を働いて済まないね」
と湊を睨みつける。湊は頬を膨らませながら、少し距離を置いて様子をうかがった。
その女性は城の近くにある小さな村で暮らしていた。彼女の父親は、少し前に原因不明の病にかかり、正気を失ってしまったらしい。目を離した隙に徘徊しては、村人や村中の建物、畑などに危害を与えてしまう。
村人たちからは生きながら土に埋めるよう促されるが、彼女は何とかして父親を助けてあげたかった。そんな時に「冥醒香 」という薬があることを知ったのである。
「冥醒香なら知っているよ。正気を失って魔物化した人間を元に戻す薬だ」
アルダスの言葉に、その女性やミレイユは期待を露わにした。湊も冥醒香の存在は図鑑で知っている。
「だが、冥醒香を作るにはカグラシダという花が必要なのだ。カグラシダを採取するには魔物や獣が住む森の中へ入らなければならない」
カグラシダは暗くて湿ったところを好む。森の中は生息するのに最適だった。しかも、カグラシダの匂いは魔物や獣を誘引すると言われている。
物語のとおりであれば、アルダスはその女性の頼みを断るはずだった。しかし
「アルダス様、お願いです。彼女を助けてあげてください。お父様は彼女のたった一人の家族なんです」
ミレイユにそう言われて、アルダスは考え込む。そして
「クォーク。おまえが採りに行ってくれるか?」
と湊に声をかけた。なぜ自分が……と思ったが、アルダスの頼みであれば断れない。断ってしまえば、また邪険に扱われてしまうだろう。
「……分かりました」
と小声で承諾するしかなかった。
「ありがとうございます」とその女性は涙を流さんばかりに喜んだ。ミレイユもアルダスの手を握りしめて、精一杯感謝の意を表す。湊だけが面白くないと言わんばかりの顔をしていた。
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