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第10章:油断ならない弟子(4)

 エリックが弟子になって、一ヶ月が過ぎようとしていた。掃除や店番、薬草摘みなどの雑用を任せられるようになり、湊の負担は多少減っていた。だが、危険な森への採取は変わらず湊の仕事。アルダスが「まだ早い」と言って、エリックに行かせようとはしなかった。  今日は朝から雨が降っていた。爆弾の導火線は湿気って使いものにならない。仕方なく湊はナイフを振るって獣や魔物を追い払った。爆弾もナイフも、自分で買い揃えたものである。  今頃、エリックは何をしているだろうか。ちゃんと仕事をしているのか気になって仕方ない。材料の採取が終わると、湊は足早に店まで急いだ。  城下町に着く頃には雨足が強くなり、湊はすっかりずぶ濡れになっていた。濡れた外套の裾を重たく引きずりながら、ゆっくりと店の扉を押し開ける。途端に奥の作業場から笑い声が聞こえてきた。そこだけがランプに照らされて明るい。  アルダスとミレイユとエリックの笑い声。まだ湊が帰ってきたことに気づいてないのだろう。湊は息を潜めて耳をそばだてる。 「……上手じゃないか。この調子なら一人で調合できる日もそう遠くないな」 「アルダス様が丁寧に教えてくださるからですよ」  エリックに調合をさせていると知って、湊はうっかり声を上げそうになり、両手で口を押さえる。 「きっと才能があるのですわ。アルダス様みたいに」 「へへ。そうかな」  ミレイユに褒められて、エリックは照れ臭そうだった。  まるで家族の団らんのような温かい語らい。それは湊がこの店で経験したことのないものだった。 「ところで、クォークさんってダブラーと裏でつながってるんですか? 草原で会った時、ずいぶんと仲良さそうに話してましたよ」  エリックの無邪気な問いかけ。けれども、その声色に含まれた意図のようなものを、湊は聞き逃さなかった。 「そうかもしれないな。あいつは元々ダブラーの弟子になる予定だったんだ」 「まぁ、そうでしたの? だからお店で倒れた時、あんなに心配されたのね」  ミレイユが大げさに驚く。 「俺はあいつを、どうも信じきれない。……それに、気持ち悪いしな」  一瞬、湊の呼吸が止まった。 「いつもねっとりとした目つきで俺を見る。体に触れようとしてきたこともある。あいつ……男が好きなんじゃないか?」  笑い声が響く。ミレイユが短く悲鳴を上げ、エリックが「うわ~」と心底嫌がっているのが伝わってきた。 (違う……僕は……そんなつもりじゃ……)  いや、違うとは言い切れない。確かに、アルダスに対して特別な感情を抱いたのは事実だ。けれども、それを“気持ち悪い”と切り捨てるのか。アルダスの言葉は、伊堂寺に言われたあのセリフと重なった。 「マジで無理だわ、そういうの」  湊の体が震える。それは寒さのせいではない。心の奥に凍えるような感情が広がっていた。このまま店を出てしまおうと逡巡する。外はまだ雨が降り続いていた。  その時、店の扉が開き、顔なじみの客が入ってくる。湊を見るなり 「やぁ、クォーク。酷い雨だね」 と声をかけてきた。途端に奥の作業場で三人が慌てる音がする。湊はわざと大声で 「僕も今、帰ってきたんですよ。本当に酷い雨ですね」 と笑った。三人が奥から出てくる。ミレイユが 「おかえりなさい。雨に打たれて寒かったでしょう」 と、気遣わしげな顔をした。湊は平気なふりをしながら「大丈夫ですよ」と答える。けれども、雨だけでなく涙で顔が濡れているのは誰も気づかなかった。

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