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第2話 白い薔薇の誓い2

 聡様の部屋の近くにある小さな薔薇園に僕らは到着した。聡様は白い薔薇を探している。  この薔薇園は先代の当主の奥方、聡様から見ればおばあ様にあたる方が庭師に作らせたと聞いている。国内外の薔薇が揃う小さな規模ながらも各種多様な薔薇が見られる薔薇園だ。当主の奥方、正妻である章子様や聡様のお母様である雪絵様もこよなく愛した100はある薔薇の園。今は雪絵様の愛息子の聡様と聡様にお仕えする僕が来ている。 「聡様、どうか薔薇の棘にはお気を付けください」  薔薇には棘がある。それで聡様が怪我をしてはいけない。僕は聡様に注意を投げかける。 「大丈夫だよ。それ位わかっているよ。巧は心配性だなあ」  また聡様はクスリと笑う。はにかんだ笑顔がなんともあどけなくて放っておけなくなる。僕と同じ歳ではあるが、聡様は次男とはいえ名門、一条家を背負っている方だ。何かあっては困る。 「密集しててなかなか見つからないな。すぐに見つかると思ったのに」  聡様は咲き誇る薔薇たちを見ながら、短くため息をこぼす。 「僕も手伝います、聡様。二人で探せば見つかる筈です」 「頼むよ、巧。思ったより難しい」  白い薔薇。どうか咲いておくれ。聡様のためにもその美しい姿を僕らに見せてくれ。薔薇を愛でるだけでもここにきて十分に当初の目的は果たしているが、聡様が白い薔薇にこだわるのなら、それに付き合うのが、聡様にお仕えしている僕の仕事だ。  密集して咲いている薔薇。その中から白い薔薇を探す。単純なように見えた作業だったが、薔薇の種類の多さに根負けしそうになる。  五月の昼下がり。  まだ夏に入るのには早いが、少し汗ばむこともあるそんな五月の雲一つない青空の下。  空をふと見上げると、吸い込まれそうに透き通った青色と燦燦と輝く太陽が僕らを照らしてる。 「あった!あったよ!巧、白い薔薇見つけた!母様の好きだった白い薔薇!」 「あったんですね、聡様。良かったですね」  聡様の方に体を向け、聡様の巧をねぎらう。聡様は、薔薇の中に分け入って白い薔薇を見つけたようだ。 「一本だけかと思ったら、三本もあったよ、白い薔薇。これなら母様も喜ぶね」 「でも、聡様薔薇の中に入ってしまってお怪我は?」  薔薇には棘があり、そこから派生して感染症もあると聞く。庭師のように袖口の締まった丈夫な素材の長袖の上着や長ズボン、棘が貫通しにくい厚手の皮手袋等がないと危ない。聡様は下は長ズボンだが、それほど丈夫な素材ではない。上は絹のシャツ一枚だ。とても薔薇の中に入って無害な服装だとは思えない。 「ちょっとやらかしちゃったかな…」  聡様はバツが悪そうに頭をかいている。よく見ると、袖口から見える手は棘に刺されて赤くなっている。  僕は聡様を薔薇の中から出るようお願いした。聡様は薔薇の中から出ると、僕の前で軽く服を叩く。  僕が居るのに、聡様に怪我させてしまった。僕が守ると誓ったのに。 「聡様、大丈夫ですか?すぐ医者に診せましょう」 「このくらい大丈夫だよ、巧。医者なんかにかかるほどでもないよ」 「でも、万が一の事があります。薔薇の棘を甘く見てはいけません」 「大丈夫だよ」 「ダメです、僕のためにもお医者様に診てもらってください」 「大げさだな、巧は」  また聡様は笑う。 「大げさでもいいです。聡様が怪我をされて痛い目に遭うのは見ている僕が嫌なので」  もし感染症になったなら大事だ。僕は懸命に聡様に懇願する。 「森井に頼んどくよ、巧のお父上の」 「そうしてください、お願いします」 「でも、白い薔薇は見つかったよ!巧、白い薔薇咲いてた」  目を輝かせてほほ笑む聡様。屈託のないその柔らかな笑みは子供の頃から変わっていない。光をまとって天使のごとく清らかで尊い存在。僕にとってかけがえのない唯一無二の存在である聡様。  聡様は三つの白い薔薇を見つけた。白い薔薇の花言葉はその本数によって変わる。確か三本は「愛しています」だったか。これが九十九本になると「永遠の愛」になるという。花に明るい母に聞いていた、豆知識。 「さあそろそろ帰りましょう、聡様。父に聡様はいう事がおありでしょう」 「ええー。もう少し居ようよ、巧。せっかくこんなに薔薇が咲いてるのに。愛でる人が居なくてはこの薔薇も可哀そうだよ」 「ダメです。お医者様に診せましょう」 「僕が大丈夫だって言ってるのにぃ…」  聡様は口を尖らせている。無邪気で可愛らしくて大目に見てあげたくなるが、ここは引いてはならない、これも聡様を護る為だ。 「薔薇はいつでも見れますよ、今は聡様の具合が心配です。どうか僕の言う事も聞いてください」  聡様は小首をかしげている。僕と同じ歳なのにこういう仕草が似合う、愛らしい方だ。 「わかった、今日は巧の顔を立てとく」  ホッとして僕は聡様の顔を見る。聡様は笑んでいる。太陽の光と合わさって、僕にはとても眩しく見える。 「巧、行こう」 「はい、聡様」  僕は聡様の後ろにまわり、聡様をいつでも支えられるように体制を整える。僕と聡様は薔薇園を後にする。 「巧、この後僕は何をすればいいんだっけ?」 「今日は聡様の兄君、広樹様のお見合いがあるとか」 「兄様のまたお見合い?」 「ええ。候補が二人いらっしゃってそこから選ぶとか」 「兄様は体調がすぐれないっていうのに…」  聡様の兄君、つまりは一条家の嫡男である広樹様は|(よわい)22歳の青年だ。小さい頃から病弱で、今も難儀な病に伏せっている。  22歳は結婚適齢期となり、一条家の親族たちが親族会議で決めた嫁候補者とお見合いをさせている。広樹様は一条家の嫡男、跡取りだ。病弱な広樹様に早く跡継ぎをと願う親族たちの急ぐ気持ちもわからなくはない。 「叔父様がまた来るのか…」  ポツリと聡様がつぶやく。    聡様は次男とはいえ、妾の子。平民でも敬遠されることが多い。ましてや上流貴族の子爵家、一条家の息子ともなると風当たりは強い。  特に叔父の政公(まさきみ)は、執拗に聡様に嫌がらせをしてくる。時には口で、時には態度で。その陰湿さとしつこさに僕はその度、はらわたが煮えくり返る。執事(見習いだけど)の立場だからそれを露わにできないのが悔しい。 「大丈夫です、聡様。僕がついてます」 「でも…」 「僕が聡様をお守りしますから!」  僕は聡様の手を握る。 「でも…」 「僕じゃ頼りにならないでしょうけど、僕が聡様を絶対お守りします!」  僕は聡様がみつけた三本の白い薔薇に誓う。聡様を護る。叔父様の好きにはさせない。僕が泥をかぶってもいい。  聡様、貴方だけは護りぬく。

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