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第15話 Crescendori#4

「藤原マネージャー、なんだかご機嫌ですね?」  ――だから一ヶ月の出張を終えて、予定通り無事日本に帰国出来た今日はご機嫌だった。 「スケジュール通りクロージング前の条件を固められたんだ、当たり前だろ。地元議員も前向きで、土地交渉もスムーズに進んだ。君たちの下準備が良かったおかげだ。ありがとう」  羽田の国際線の到着ロビーに向かう最中、現地調査担当である部下の岡田に声を掛けられ、理月は上機嫌に返事した。今回の出張はチーム同行だ。  マネージャー以上はビジネスクラス、それ以下はエコノミークラスの利用で席が離れていたけれど、手荷物受取の頃にぱらぱらと理月の元にチームが集まってきて自然と合流した。    長引かずに予定通り帰れて嬉しい、という本音を誤魔化すように、理月は良かったことを並べ立てる。上手く誤魔化せたらしく、チーム一同嬉しげだ。    気持ち浮足立ったまま国際線の到着ロビーに足を踏み入れて――途端、ふっと大きな広告が目に留まり、ぽかんと目を丸くして立ち止まる。 「どうかしました? ――あ、日向昴だ。へえー、Crescendori(クレシェンドーリ)の広告に採用されるなんて凄いっすねー。藤原マネージャー、ファンなんですか?」  岡田はニコニコと人懐っこい笑みを浮かべて理月に問い掛ける。    Crescendoriは『次第に大きく』という音楽用語のCrescendoと、宝石職人を指す語尾であるoriをかけて文字ったイタリアのハイブランドの名前だ。  そのブランドの顏として、あの昴が使われている。なんだか、物凄く格好良い感じで。    モノクロを基調にした広告写真だ。画面いっぱいに、ふわりとした髪をきっちりとオールバックに撫でつけた昴の顔が映っていた。額に添えられた左手と白いジャケットの袖口との狭間、手首に漆黒のジュエリーウォッチが嵌まってる。唯一色を帯びるのはまっすぐこちらを射抜く深い琥珀色の瞳と、白いロゴを刻んだ黒の文字盤――スタイリッシュで、息をのむほどシックな一枚だった。    熱っぽく、恋しい相手を見詰めるような――そんな昴の瞳から目が離せない。 「……ああ。昔から、長いことファンなんだ。僕は、彼のピアノが好きで……君たち、昴のこと知ってる?」  チーム一同からきょとんとした顔を向けられる。普段理月の方から仕事に関係の無い雑談を振ることは滅多にないから、意外に思われたのかもしれない。   「ええ。うちの妻がファンです。妊娠中なので胎教に、とか言って家の中で四六時中CDがかかってますよ。コンサートのチケットもなんとか確保出来たので、妻と行く予定でいます」  構造エンジニアの村田が苦笑しながらも惚気て話す。次に建築設計士の内藤が「先日、テレビでドビュッシーの『月の光』を演奏されているのを見て知りました」と続けた。 「あまりクラシックに明るくないのですが、ピアノの演奏だけでもなんとなく恋の曲なんだろうなあと伝わってきて、ファンになりました。演奏後のトークがとても理知的で、きっと頭も良い人なんだなと思って調べたら、高校から彗上学園に入学と書いてあって納得しました。高校から彗上に入るって、かなりの狭き門ですよね」 「あれ? 彗上学園って藤原マネージャーの母校じゃないですか? 多分在学期間被ってますよね。学校で見たことあったりします? 日向昴ってイケメンで背も高いから目立ちそう」  内藤の話を受け、岡田がこてんと小首を傾げながら理月に問う。  彗上学園の同級生には理月と昴が友達だということは知れた話だが、大学を卒業して就職してからは一切昴との関係を他人に話していない。友達だということも、ましてや同居しているなんてことは言うわけがない。それは勿論、藤原の家にもだ。  同居からこれまで何も言われていないから、おそらく知られていないはず――だとは思っている。家族が知れば、男と同居だなんて世間体が悪いと言うだろうから。 「……ああ、知ってるよ。彼のピアノの才能はあの頃からとびきりで、昴って名前の通り、きらきらした演奏をする男だった。でも、昔は今よりずっと背が低くて、懐っこい犬みたいだったよ。すぐにスクスク伸びて、あっという間に僕の背を抜かしたけど……あの頃の、幼稚で子どもっぽかった彼を知ってるから、なんと言うか……大人になったんだなって、感慨深い」  けれど、つい話してしまった。一瞬シンとなり、ばつが悪い。目を丸くしながら岡田が口を開く。   「藤原マネージャーのそんな嬉しそうな顔、初めて見ました。あの日向昴と友達なんて凄いなあ」 「……すまない、つい懐かしくなって。ここで解散にしようか。みんな、お疲れさま。また来週、宜しく頼む」  ふっと我に返った理月がそう口にすると、チームメンバー達も「お疲れさまでした」などと挨拶をしてぱらぱらと帰っていく。 『ロビーに着いたよ。シャワー浴びてくるね』  到着したら連絡をするように昴から言われていたから、そう一言送信した。既読と共に『了解』と返ってきたことを確認し、シャワールームに赴きシャワーを浴びる。その最中、先ほどの広告を思い返した。   「――Crescendo、か」  ぽつりと呟き、まだ理月より背が低かった頃の昴を頭に浮かべる。昴にぴったりの言葉だと思った。背だけで言えば、次第に大きく、というか、あっという間に大きく、だったけれど。

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