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第26話 星降る夜に#7

「……流星群の正体が星じゃない、ってことは、前にも話したっけ? 彗星が残した宇宙の塵とか、小さな岩石が正体なんだ。ダストトレイルって呼ばれるやつ。それが地球の大気に秒速数十キロメートルの速さで突入して、空気と衝突して高温になって、燃えて光を放つ。流れ星って一瞬輝く儚さが凄く綺麗、だとは思うんだけど、正体は塵なわけで、流れ星にお祈りしても叶う訳ないじゃん、とか思ったりも――あ、僕も流れ星一個見っけ」 「昴って、ロマンチストだけど、案外そういうドライなところあるよね……」 「ドライなのは、りっちゃんもそうでしょ。でも流れ星って、夜空に光ってる星と違って、今この瞬間の光なんだよね。今この瞬間の、一瞬の光を一緒に観られる、っていうのが良いなって思うよ。りっちゃんと一緒に、同じ光を観られて嬉しいなって」  昴は夜空を見上げながらぽつぽつと話す。ロマンチストのような、リアリストのような。 「今この瞬間の光、か……そうだね。そういうものを共有出来るって、なんだか嬉しい」  昴との付き合いも、あっという間に六年だ。六年の歳月を、お互い忙しい中でも共有してきた。そしてこれからも、共有出来たら良いなと思う。   「うん。りっちゃんと観られて嬉しい。流れ星に心の中で願っても伝わらないだろうから、りっちゃんにお願いするね。また一緒に、りっちゃんと流星群が観たいな。来年再来年はりっちゃんアメリカだけど……もし観られれば、来年も再来年も。何年後でも、ずっと先まで。りっちゃんのことが、大好きだよ」  そう言われて、夜空を見上げていた目をふっと昴に向ける。昴も夜空ではなく、理月に顔を向けていた。ぱちりと視線が交差する。暗闇に慣れてきた目は、昴の表情をはっきり捉えた。    ちゃぷん、と音が鳴る。昴の右手が頬に触れた。左の頬を大きな手ですっぽり包まれる。昴の手は、出逢った時より随分と大きくなった。高校の間に二十センチ近く身長が伸びたのだから、そりゃそうだ。大きくなった手は指が長くなり、以前よりも骨張った。なんだか、頬がひどく熱い。  もしかしたら、気付きたくなくて、今まで目を逸らしていたのかもしれない。気付いてはいけないと思っていたのかもしれない。  真っ暗い中でも分かるほど昴が真剣な目で真っ直ぐ見つめてくるから、息を飲んだ。目は口ほどにものを言う、という。昴の目は分かりやすかった。こんな目で見られたら、どれだけ鈍いやつだって、きっと分かる。    気付いたと同時に、強烈に自覚した。自分も昴と同じ思いだということを。  夜空ではまた、彗星の塵が燃えて闇の中で一筋光る。身体が熱いのは湯に浸かっているから、というだけではないことも理解した。じわりと汗が額に浮かぶ。涼しい風が顔を撫ぜても、熱くて熱くて堪らない。 「……僕も、同じ気持ちだよ。この先もずっと先まで、一緒に観たいなって思う。……だって、」  頬に触れた手にそっと手を添えて、同じ気持ちだと伝えた。だけど、分かっちゃいけないことだった。流れ星に願ったって叶わない。昴に願っても、それは同じだ。   「昴は、僕の一番の……大事な友達だからね。ずっと、大事な友達として、何年先でも一緒に観られたら良いなって思うよ。それが僕の、昴にして欲しいことかな」  笑顔を作って、そう言った。顔色が分からない真っ暗な中で良かったなと思う。昴が「僕は――」と何か言い掛けたけれど、聞こえないふりで「それから、」と被せて話を遮った。 「昴に、世界で一番のピアニストになって欲しいな。応援してるよ。なんだか、のぼせてきたかもしれない。熱くなってきた。僕、そろそろ出るね」  昴の手をそっと頬から離させて、風呂すぐ横のランタンを点けて風呂から上がる。   「……うん。僕、もうちょっとだけ入ってるね」 「のぼせないように気を付けなよ。上がったら望遠鏡設置しよう」  笑顔でそう言い、ひとり真っ暗い部屋の中へと戻る。ランタンの明かりではっきりと見えてしまった昴の悲しげな顔に気付かないふりをして。    昴から自分への気持ちは恋で、それから、自分から昴への気持ちも恋だった。昴から自分への気持ちがいつからそうだったのかは分からないけれど、自分から昴への気持ちは――思い返してみれば出逢った日、昴のきらきら星変奏曲を聴いてから、ずっと好きだったのだろう。  最初は、その才能に惹かれて、焦がれた。軽やかに弾む、美しい音色だった。恋にときめく音がした。そういえば、きらきら星の原題は恋の歌らしい。優しい眼差しで自分を見詰める彼に甘ったるく口説かれ続けて、想いに応えるラブソング。 『リヅキ、かあ。綺麗な名前だね。名前に月が入ってるから、月が好きなの? 最初に『月光ソナタ』弾いてたし』 『どうして? 月って、すっごく綺麗だと思うけどな。理月って名前だって、字面も響きも凄く綺麗だよ』  昴は出逢った日からこの調子だったから、昴からの気持ちに気付くのが遅くなったというのもあるかもしれない。最初から綺麗だ綺麗だと言って、理月の名前や月そのものを褒めそやしていたから。 『りっちゃんは衛星なんかじゃないよ。りっちゃんが僕を照らしてくれるから、一生懸命頑張れる』 『僕も星の昴みたいに、きらきら光れてたら良いんだけど。それとも、ちゃんと光れてたのかな? だからりっちゃんに見付けてもらえたのかな』  理月を月に、昴を星になぞらえた話も幾度と聞いたけれど。昴は田舎育ちの、年下の純朴な少年だったから。昴は純粋でロマンチストだな、だとか思っていたし、そんなストレートな言葉がただ嬉しかった。昴の言葉はいつも優しくて、穏やかで、理月の心を温かくしてくれる。 『好きだよ。ずーっと好き。月もりっちゃんのことも。星の昴は恒星だから自分で光ってるけど、月の光には全然敵わない。僕はりっちゃんが月光を弾いてる姿を見て――本当に、月みたいな人だなって思った。今夜は夜空に月が出てないけど、僕にとってりっちゃんはいつでもぴかぴかに光ってるお月様だから、今日も月が綺麗だなあって思う。りっちゃんのことが大好きだよ』  こう言われた時のことは、よく覚えてる。茶化す訳でもなく、今日と同じように真剣な目をして言われたこと。  同性に対して恋することを、悪いことだなんて思わない。誰が誰を好きだって良いだろうと、そう思う。けれど――藤原の家に生まれた自分は、そうじゃない。藤原では、血筋を絶たさない生き方だけが正しいから。    昴に好きだと伝えて、付き合えたとしたら、きっと幸せだろうと思う。だけど一旦手に入れてから、手放さなくちゃならなくなった時。きっと自分には、耐えられない。それならずっと今のまま、傍に居られたら、それでいい。 「――月が沈んだから、さっきよりも星がよく見えるね。流星も沢山見えて、綺麗だ」 「うん。僕、りっちゃんにこの景色を見せたかったんだ。満天の星と、沢山の流れ星。だから、こうして一緒に観られて嬉しい」  湯から上がった後、上弦の月が一時に沈み、テラスの寝椅子に二人並んで星を見た。肉眼でも、望遠鏡でも。昴の声は穏やかで、けれど少しだけ、悲しそうにも聞こえた。だけど、昴はそれ以上踏み込んでこなかった。    昴とずっと一緒に居たい。この先も流星群を一緒に観たい。応えられないのならきっと手を離してやるべきなのに、そう願ってしまう狡い自分に反吐が出る。  暗闇の中、もう数えきれないほどの流星が燃え尽きる一瞬の光を放ち、流れては消えていく。自覚した想いは一瞬で燃え尽きるようなものじゃなく、じりじりと心を焦がす。

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